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44 死者と生者の事情

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 カタリンから迷惑と告げられたアンダウルスは、異文化を理解しかねる留学生のように、首を捻る。


「そうなのかね?」


「ハッキリと言ってしまえば。左様でございます。戦争ともなれば、多数の死者が出て、畑は荒らされ、町は破壊されてしまいます」


「そうだな」


 それだけ言って、アンダウルスは顎を撫でていた。


 しばし沈黙が下りる。アンダウルスは、次の言葉を待っているようだった。


 カタリンとしては予想外――そもそも次の予想を立てていたかは分からないが――の反応だったらしく、すがるような視線を政信に寄こしてくる。こっちに振るなと言いたいところだが、兄貴分として、黙ってばかりはいられない。政信は意を決して、口を開く。


「太守閣下、差し出口をお許しください」


「許そう。みなも自由に話してよい」


 アンダウルスは、鷹揚に頷いた。


「生者は築いたものを失いたくありませんし、死にたくもないのです」


「知っているぞ。知識としては、な。だが解せぬ。形あるものは、いつか崩れ廃れる。世の真理であろう。生者もいずれ必ず死ぬ。長命とされるハイエルフでさえ、寿命は千年程度だ。いずれ壊れ、いずれ死ぬのだ。今、失われ、死んだとて、何か問題になるのかね?」


 アンダウルスはいかにも「ピンときていません」とでもいうような顔をしている。アンデットからすれば、作ったり築いたりしたものはどうせ壊れるだろうが、作り直し新規に築けばいい。死んでも昇天するなりアンデットになるなり、次のステップへ進めばいい。その程度のことだ。などと考えているのだろう。


 これだから死なない奴はと、吐き捨てたくなる衝動を抑え込み、生に鈍感な使者の王に、政信は解説を続けてやる。


「壊れたものを直すのは手間です。好んでやりたがる生者はいません」


「生者は横着なのだな」


「時間が有限であればこその心情です」


「そういったものか。では、死を恐れるのも関係があるのか」


「いずれ死ぬからこそ、今が大事なのです。死ぬにしても、時期は自分で選びたいのです」


「おぬしたち定命の者は、大抵が事故や病気、戦争で死ぬではないか。それも、死んでもいいと思おうが思うまいが関係なしに、だ。ならば、余が起こす戦で死のうとも、同じことではないか」


 アンダウルスや死者たちは、戦争をいつ起こるかわからない自然現象とでも、とらえているのだろうか? それなら、さきほど政信たちを襲った理由もわかる。死ぬことも殺すことも重大だととらえていないから、見かけた生者を攻撃することに、躊躇がなかったのだろう。


 戦争が起ころうが起こるまいが、政信は逃げるなり勝ちそうな陣営について報奨を狙うなりするので、どうでもいい話ではある。だが、死者の邦は鉱人族の領域に近い。巻き込まれる可能性のあるムーナの手前、一応戦争が起きぬよう話を誘導してやる。


「事故や病気とは、対話ができません。しかし、太守閣下は違います。意思を疎通し合って、戦を思いとどまってもらえるかもしれない」


「余が戦争を思いとどまることはない」


「退屈を紛らわせる必要があるからですか」


「そうだ。平和も愛するし闘争も楽しむ。余だけではない。死してなお地に留まる者たちもそうだ。ここ百年ばかり平和な時代だった。そろそろ戦争の年にしてもよかろう」


「退屈を紛らわせることができれば、戦を起こす必要はないのでは?」


「退屈を紛らわせることができても、必要はなくとも、戦はする。それだけだ」


「しかし――」


 アンダウルスは、政信を片手で制した。
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