上 下
1 / 144

プロローグ

しおりを挟む
 冬、月のない深夜、薄暗い路地裏で、青年と少年が顔を近づけて囁き合っている。


「アニキ。マジでやるんすか」


「当たり前だ。俺たちの稼業は、舐められたら終わりだぞ。よそ者のチンピラ相手にイモ引いたら、この街で食っていけなくなる」


 緊張と恐怖、興奮がない交ぜになった感情をあらわすかのように、二人の息は荒かった。


 青年は二十代前半で、筋肉質な体を、白い糸で刺繍されたアルファベットだらけの黒ジャージに包んでいる。
整った顔には小さな傷がいくつかあり、険しい目つきと相まって、チンピラにしか見えない風体だった。


 対して少年は線が細く、少女のような可愛らしい顔立ちをしていた。


 声変わりもまだのようで、アニメのヒロインのような甘い声だ。話し方を少し変えただけで、男女問わず誰からも好意を得られるようになるだろう。


 ちぐはぐな印象はあるが、街のチンケな不良と子分の年少者といったところだ。


 不良とその子分に相応しく、両者ともに小学生用の短い金属バットを持っていた。


 大して重くもない金属バットを抱えるように持つ少年には、怯えの色が強くでていた。


「そりゃそうっすけど。ボクらだけはキツイっすよ。誰か呼べないんすか。後輩とか先輩とか」


「心当たりは全員、断られた」


「アニキ人望なさすぎっす」


「違う。他の奴らの勇気がないんだ。よそ者に好き勝手されてたまるか。上等だ」


「二人だけじゃ無理っすよ。今回は見送りましょう」


「静かに、きたぞ」


 青年の向けた視線の先に、いつのまにか人影が立っていた。


「本人なんすか?」


「こんな時間にこんなところにくる奴なんて、アイツしかいない」


 標的である半グレのリーダーだと、青年は確信した。


 女の家に向かうという情報を地元の先輩から得ていた青年は、待ち伏せをしていたのだ。


「やるぞ。別に殺すわけじゃない。痛めつけて警告するだけだ。今更、ビビってんなよ。相手は一人なんだぞ」


「え? いや一人じゃないすよ」


「なにを馬鹿な――」


 少年の言う通りだった。


 人影は急激に増えていた。


 僅か十数秒の間に、人影は十人を超えた。


「よう、月のない良い夜だな。ここじゃ目撃者も現れねえし、いたとしても何も見えねえ」



 最初に現れた人影が、青年と少年に対して、口を開いた。


 あざけりを込めた口調だった。

 
 当然だった。


 待ち伏せをしているはずの青年と少年が、逆に待ち伏せをされていたのだから。


「なんでお前が待ち伏せしてんだよ!」


「お前片倉っつー名前だろ。隣の小さいのは村田とかいったよな。地元の連中に売られたんだよ」


「はあ! そんなわけが」


「あるんだよ。ロクにケツモチもいないってのに、俺らともめようとするバカは、お前らくらいしかいないっつーだけの話だ。じゃあなマヌケ。くたばれ」


 人影が腕を振るった。


 金属バットや刃物で武装した十数人男たちが、二人に殺到してくる。


「畜生! ミズキ逃げろ」


「イヤっす。アイツ、ボクのことチビっていったんすよ」


 身体の小さな少年は、背のことでからかわれると、向こう見ずになるのだった。


 金属バットを担いで、少年は男たちを迎え撃つ構えだ。


「この馬鹿野郎が! 兄貴分の言うことを聞きやしねえ」


 青年は、弟分を見捨てるような性分ではない。迷うことなく少年に続いた。


 二人は十数人の男たちに立ち向かうが、人数差はどうしようもない。二人は、タコ殴りにされた挙句に、ナイフで刺されて路上に転がった。


 冷たいアスファルトから、血だまりから湯気が立つ中、二人は顔を近づけ囁き合う。


「……畜生、すまん」


「アニ、キ」


 よりそった二人の遺体は、翌日になって通勤途中のサラリーマンに発見されニュースとなり、数日で世間から忘れ去られた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

女神のチョンボで異世界に召喚されてしまった。どうしてくれるんだよ?

よっしぃ
ファンタジー
僕の名前は 口田 士門くちた しもん。31歳独身。 転勤の為、新たな赴任地へ車で荷物を積んで移動中、妙な光を通過したと思ったら、気絶してた。目が覚めると何かを刎ねたのかフロントガラスは割れ、血だらけに。 吐き気がして外に出て、嘔吐してると化け物に襲われる…が、武器で殴られたにもかかわらず、服が傷ついたけど、ダメージがない。怖くて化け物を突き飛ばすと何故かスプラッターに。 そして何か画面が出てくるけど、読めない。 さらに現地の人が現れるけど、言葉が理解できない。 何なんだ、ここは?そしてどうなってるんだ? 私は女神。 星系を管理しているんだけど、ちょっとしたミスで地球という星に居る勇者候補を召喚しようとしてミスっちゃって。 1人召喚するはずが、周りの建物ごと沢山の人を召喚しちゃってて。 さらに追い打ちをかけるように、取り消そうとしたら、召喚した場所が経験値100倍になっちゃってて、現地の魔物が召喚した人を殺しちゃって、あっという間に高レベルに。 これがさらに上司にばれちゃって大騒ぎに・・・・ これは女神のついうっかりから始まった、異世界召喚に巻き込まれた口田を中心とする物語。 旧題 女神のチョンボで大変な事に 誤字脱字等を修正、一部内容の変更及び加筆を行っています。また一度完結しましたが、完結前のはしょり過ぎた部分を新たに加え、執筆中です! 前回の作品は一度消しましたが、読みたいという要望が多いので、おさらいも含め、再び投稿します。 前回530話あたりまでで完結させていますが、8月6日現在約570話になってます。毎日1話執筆予定で、当面続きます。 アルファポリスで公開しなかった部分までは一気に公開していく予定です。 新たな部分は時間の都合で8月末あたりから公開できそうです。

異世界のんびり冒険日記

リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。 精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。 とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて… ================================ 初投稿です! 最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。 皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m 感想もお待ちしております!

処理中です...