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40:願いと約束と首

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 ミオがトモダチの願いをかなえるという約束があった。



 約束と言う単語を口にするや、トモダチの雰囲気が変化し、ミオは脅威の急迫を感じ取っていた。



 トモダチの声に潜む感情の強さに、ミオは一瞬気圧された。



 ふざけた態度ばかりのトモダチが、迂遠さや余裕を示さずに、本気の感情をぶつけてきていたからだ。



 トモダチの決意が怒涛の勢いでもって、ミオの精神に向けて押し寄せているかのようだった。



 今のミオとトモダチの力関係は、あまりにも歪だ。



 トモダチが強すぎるのだ。



 口でどう強がっても、ミオは従うしかなかった。



 反撃に備えて、ミオは力を蓄えつつトモダチの弱点を探し出す時間を稼がねばならない。



 ミオは降伏文書にサインする全権大使のように、重々しく答える。



「わかっている。お前の願いをかなえると約束したこと覚えている」



 可能なら逃げを打つか、トモダチの暗殺も視野に入れているミオだったが、声色には全くブレがなかった。



「善きかな……なんてね」



 トモダチの口が、三日月の形を作った。



 数秒後、馬車が止まった。



 元妖魔の家臣たちを恐れているせいか顔を青くした御者が振りかえり、小窓から顔を覗かせる。



「到着しやしたぜ」



「降りようか。余の尊敬する先生が待っているよ」



「尊敬に、先生、だと」



 トモダチの口から出た単語に違和感を覚えたミオは、自然と首を傾げていた。



 すると――



「それだ! キミには才能がある! やっぱりだ!」



 トモダチは、急に感情を爆発させた。



「突然どうした」



ミオの訝る声を無視して、トモダチは叫び続ける。



「キミの持つどうしようもないほどの少女性! 余は確かに見たぞ! 死体のような青白い肌に、クマの浮いた黒目勝ちな目。ヘビのような長い黒髪。不吉な外見でありながら、首を傾げる仕草の可憐さときたら! 正に美少女! 美しくも麗しく可憐で優雅、あとはそう、妖しい艶が加われば、理想の美少女ができあがるというわけだ!」



 トモダチが何をいっているのか、ミオには欠片も理解できなかった。



 よくわからないがロクでもない内容に違いない。ミオは正しく偏見を発揮して、決めつけた。



「先に出るぞ」



「待ちたまえ」



 声をかけられるや、ミオの身体が小さく揺れた。



 トモダチに対する印象が、得体の知れなさよりも気持ち悪さが上回っていたミオは、知らぬうちに上半身を逸らしていたようだ。



「なぜだ?」



「エスコートしよう」



「いらん」



 トモダチの提案を切って捨て、ミオは馬車から降りた。



 密室な上に、トモダチと二人きりだった空間から抜け出したミオは、新鮮な空気と景色を求めた。



 が、目の前に薄紫色の壁があるばかりだった。



 トモダチにたばかられたか。一瞬疑いを持ったミオだったが、トモダチはミオには理解しがたいなりに意図をもっている。ここでミオを害する真似はしないだろう。



「おい、御者。壁しかないぞ」



「は? そんなもんありませんぜ。ここは王宮の入り口の一つなんすから」



「馬鹿を――」



 言うなと、続けようとしたミオのわきに、固く細いものがさしこまれた。



 ミオの背筋が冷える感覚がして、視界が急激に高くなった。



 白亜の王宮に通じる石畳や調えられた芝生、彫刻やオブジェで飾られた噴水や色取り取りの花壇が並び、庭園の美しさを支えるために技量を発揮する庭師たちが見えた。



 朴念仁なミオでさえ、戦闘を行う際の注意点――遮蔽物や地面の固さなど――を探す行為を中断して、見惚れそうになる光景だった。



 が、感想を吐露する間もなく、ミオの目の前に、能面が現れた。



 いや、能面ではなく能面のようにシワのない女の顔だ。



 そこで、恐ろしく背が高い能面顔の女に抱え上げられたのだと、ミオは理解した。



 能面女は、かなりの高長身であり薄紫色の壁に見えたものは、服だったようだ。



 身長百三十センチ少々と言ったところのミオが、はるか遠くを見渡せるほどに高く抱え上げられていた。



 ようは、あやされる子供のような格好をさせられているのだ。



 当然、ミオは気分を害した。



「初対面の相手に、高い高いとは、教育がなっていないな」



 ミオの減らず口を聞くや、能面女の顔が歪みシワが走った。



 見開かれた目は金色で、ネズミを狙うヘビのように、冷たく輝いていた。



 小さな唇が裂けるように開き、暗い口内で真っ赤な舌がうごめいて、高い声が吐き出される。



「かわいい子。調教のし甲斐がありそうね」



 突如として、能面女の放つ雰囲気が変化した。



 トモダチが時折放つ、ドス黒い精神を現すような禍々しい瘴気を、ミオは感じ取った。



 こいつはヤバイ奴だ。



 察するや、ミオは軽く顎を引きつつ貧弱なりに存在するインナーマッスルを操作して姿勢を保つ。それからモモ裏の筋肉を使って、抱えられたまま蹴りをはなった。



 ミオの中足――親指の付け根――が、女、その顎先を襲う。半瞬後、確かな手ごたえ――あるいは足ごたえというべきか――を、ミオは感じられた。



 いや、確かすぎる。まるで壁を蹴っているかのようだ。



 違和感を覚えるミオに、能面女の嘲笑を含んだすまし声がかけられる。



「いい蹴りだね。やはり仕込み甲斐がある」



 能面女は、顔をしわくちゃにして、笑っていた。




 小さくも作りの良い真紅のシューズに包まれたミオの足は、確かに能面女の顎に命中していた。



 しかし、ミオは自身の足よりも命中した顎よりも、能面女の首に注目すべきだったと今更気が付いた。



 能面女の首は、年輪を刻んだ大木を思わせる太さがあった。



 ミオの放った蹴りを受け止めたのは、能面女の顎ではなく鍛え上げられた首の筋肉だったのだ。


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