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ミオが、他者のコミュニケーション能力に対する考察について発言するや、トモダチは押し黙った。
実は、ミオも言えた義理ではないと理解していた。
敢えて身の程知らずなツッコミを入れたのは、トモダチの切り返し方に、興味があったのだ。
言葉や態度などの選択は、自己紹介のようなモノだ。
積極的か消極的か、正道か詭道か、トモダチは、どのような態度で臨むだろうか。
将来トモダチと戦う機会があった場合に、良い判断材料になるだろう。武術家ならば、仮想敵の戦力や思考・思想の評価は、怠ってはならない。
ミオはトモダチの返事を待った。
「……痛いところをついてくれるね」
ミオの頭に響いたトモダチの声は、しょげた子供のようだった。
これには、ミオも酷い言いがかりをつけたように感じてしまいで、バツの悪い思いをした。
刀剣による斬撃に自信はあるが、口舌の刃を誇る気は、ミオにはなかった、
「家臣にしてやる。ああ、そいつらをな」
甘いかと思いつつ、ミオは元妖魔の戦士たちを、受け入れてやった。
「ありがとう! でも彼らは君の眷属として作ったけど、油断をしたらだめだよ。寝首をかかれてしまうからね」
気を良くしたようで、弱気なトーンから一転、トモダチは脅かすような口調となった。
ミオは、そっけなく返す。
「その時は、その時だろうよ」
「ほうほう。自信があるのかね。裏切られないと、信頼されると」
「信頼は力で得よう。裏切られても、対応できる自信はある。この身体にも大分なれたからな。やりようは、いくらでもある」
セリフの半分は、ミオの虚勢だった。
身体に慣れてきたのは確かだが、所詮子供の身体だ。
ステッキの力なしで肉弾戦を演じれば、薄く小さなミオの体では、女子供老人相手であっても不利だ。
それでも虚勢半分なのは、体格差を埋める武技の心得があるからだ。
針や苦無を用いる暗器術と、関節技に自信があった。
人体急所の知識も豊富だ。
なにより、鍛錬と試合の日々を通じて身に着けた武人としての精神こそ自負の源泉だった。
ミオは、前世で所属していた古武術の道場で、特殊な精神鍛錬を身に着けていた。
神心鬼心法と呼称され、呼吸法と自己暗示で脳内物質の分泌を促し、感情を操作する精神鍛錬法だ。
神心鬼心法を用いれば、強いストレス下でも冷静に振舞えもするし、落ち着いた雰囲気の場所で凶暴性を発揮することもできた。
ミオは、その場その場で必要とされる精神状態を、三秒とかからずにつくれるのだ。
小さく端正な顔を傲然と上げ、きゃしゃな体で仁王立ちをするミオの脳内に、トモダチの揶揄するような声が響く。
「そんなに小さくて、大丈夫かい?」
「身体は小さくとも、心は雄大だ」
「そんなに非力で、敬意を得られるのかな?」
「武術の技と強靭な精神力がある」
「でも、しょせんは素手じゃないか」
「心には、常に刃を備えている」
精神論で一点突破を図るミオに、トモダチは呆れたようにため息をついた。
「口が減らないね」
「これで舌は回るほうでな」
「わかったよ。キミは凄いヤツだ。ああ、心は戦士なのだね。彼らを任せよう。キミ専属の戦士団だ。強いよ」
ミオの脳内で、呆れと感嘆の成分の含まれたトモダチの声が響いた。
揶揄するような口調のトモダチを無視して、立ち尽くしていたままの元妖魔たちに、ミオは向き直る。
「おまえたち、きいたな」
元妖魔たちからミオに向けて、様々な種類の視線が浴びせられた。
好意的なモノは少ない。繁忙期の職場に居座る飛び込みの営業マンへ送るような視線がほとんどだった。
例外は二人、いや二体いて、微笑を浮かべていた。
細目の優男風と複眼青髪の女性風の二体だった。
笑っていても、好意的なモノとは限らない。表情を消すための微笑は、猜疑の表れかもしれなかった。
ミオは、敵意と謎の視線、その双方に傲然と顎を上げる行為で答えた。
腐鬼の親玉にして妖魔の王が立てる地響きで視界が揺れる中、沈黙がおりた。
騒がしい沈黙ってあるのだな。
ミオが無感動に状況を分析していると、震える生徒たちよりもこらえ性のない元妖魔の一体が、一歩進み出た。
「それでワシらは……」
なにをと、カニのハサミのような右腕をした甲殻類のような上半身をした元妖魔が口を開きかけてところで、ミオは言葉をかぶせる。
「これから、俺がすることを見ていろ」
「言葉使いのなっていないお嬢ちゃんじゃあないのぉ。そのちっちゃい身体で、しかも一人で、なにをするつもりなん? あん?」
細目男が、チンピラのような口調で問うてきた。
言葉は汚いが、囁くような美声だったので、ミオは意外に思った。
感情を一切出さずに、ミオは数百メートルほどまで近づいてきた腐鬼の王を、両手で持ったステッキで示した。
「あの汚物を滅ぼす。見ているがいい」
「は?」
細目男が、呆れと驚きと疑いの混合物からなる息を吐くや、ミオはステッキを腐鬼の王へ向けた。
一瞬、ミオの全身を、赤色と黒色をした何かが駆け抜けた。
明らかな異常。痛みも痒み熱もあるが、慣れたものでミオは気にも留めない。
「やってしまえ」
ミオが静かに命令するや、ステッキからドス黒く汚らしい奔流が噴き出した。
丘のように高さがあり幅も広い腐鬼の王へ、ドス黒い奔流は向かう。命中する寸前、死と呪いの洪水のような奔流は、空中で細かく分かれた。
数え切れないほどのヘビやムカデの形をしたドス黒い奔流が、空を這うように進んでいく。不吉な躍動感があふれる動きで、ドス黒い奔流の群れは、あっという間もなく腐鬼の王に絡みつき、締め上げて、飲み込んだ。
「な」
誰かが声を漏らした。
ニコラスかアニータか、特設戦闘科の生徒か、あるいは元妖魔の戦士たちか、誰の声かは、わからない。少なくとも、声色には、仲間の活躍を喜ぶ調子は含まれていなかった。
むしろ、冒涜的な存在に対する恐怖と嫌悪の響きだけがあった。
腐鬼の王にして妖魔の王が、何もできずに弄ばれるという非現実的な光景は、数十秒間に渡って続いた。
「コイツは、中々に気持ちがいいじゃないか」
ステッキの力を開放する行為は、便意に身をゆだねる行為に似ているな。汚らしい力の奔流を制御しながら、ミオは下世話な感想を持った。
力の源を握る自分に、ミオは酔っていた。
どこかで「自身の力でもあるまいに」と、ささやく声がする。理性の声を無視するミオの降格は、自然と上がった。
ほくそ笑むミオを他所に、周囲の者は悪霊たちすら情景の異様さに圧倒されていた。
もはや声を漏らす者はいなかった。
ミオがステッキを降ろすと、ドス黒く彩られたかつて妖魔の王が、巨大な残骸となって佇立していた。
「よし……うん?」
ミオが、短い言葉で満足と勝利を表明すると、上半身を違和感が包んだ。
一瞬後、両腕と肩が破砕される音が、衝撃と共にミオの体内を駆け抜けた。
「――――――!」
声にならない悲鳴を上げて、ミオは両膝を黒土についた。
足に感覚はなく、力も入らない。壊れているな。冷静な判断の声は、ミオ自身のものだった。
ミオの身体は熱を帯びていても、痛みはなかった。
脳が、激痛に精神が耐えられそうもないと判断し、痛覚を遮断したのだ。
垂れ下がる両腕を見て、ミオは脳の下した判断を推測した。
引きつった喉では呼吸法も使えず、麻痺状態の脳で自己暗示をかけるための集中力は、残されていなかった。
急に無力な存在となったミオの脳に、トモダチの声が滑り込む。
「キミは本当に、自分の力だけで、余の力に耐えられていたと思っていたのかな?」
嘲笑を含むトモダチの声に、悪霊たちのネガティブな響きだけでできた快哉がつづいた。
「クダケタ、クダケタゾ」
「手首肘肩クダケタゾ」
「足もクダケいやがるゼ!」
「これからが大変だねェ」
「先が思いやられるねェ」
ミオからは、反論や怒声の言葉は出なかった。
許容量を遥かに超える刺激に襲われた脳が、ミオの意思に反して、意識を断ち切ったからだ。
実は、ミオも言えた義理ではないと理解していた。
敢えて身の程知らずなツッコミを入れたのは、トモダチの切り返し方に、興味があったのだ。
言葉や態度などの選択は、自己紹介のようなモノだ。
積極的か消極的か、正道か詭道か、トモダチは、どのような態度で臨むだろうか。
将来トモダチと戦う機会があった場合に、良い判断材料になるだろう。武術家ならば、仮想敵の戦力や思考・思想の評価は、怠ってはならない。
ミオはトモダチの返事を待った。
「……痛いところをついてくれるね」
ミオの頭に響いたトモダチの声は、しょげた子供のようだった。
これには、ミオも酷い言いがかりをつけたように感じてしまいで、バツの悪い思いをした。
刀剣による斬撃に自信はあるが、口舌の刃を誇る気は、ミオにはなかった、
「家臣にしてやる。ああ、そいつらをな」
甘いかと思いつつ、ミオは元妖魔の戦士たちを、受け入れてやった。
「ありがとう! でも彼らは君の眷属として作ったけど、油断をしたらだめだよ。寝首をかかれてしまうからね」
気を良くしたようで、弱気なトーンから一転、トモダチは脅かすような口調となった。
ミオは、そっけなく返す。
「その時は、その時だろうよ」
「ほうほう。自信があるのかね。裏切られないと、信頼されると」
「信頼は力で得よう。裏切られても、対応できる自信はある。この身体にも大分なれたからな。やりようは、いくらでもある」
セリフの半分は、ミオの虚勢だった。
身体に慣れてきたのは確かだが、所詮子供の身体だ。
ステッキの力なしで肉弾戦を演じれば、薄く小さなミオの体では、女子供老人相手であっても不利だ。
それでも虚勢半分なのは、体格差を埋める武技の心得があるからだ。
針や苦無を用いる暗器術と、関節技に自信があった。
人体急所の知識も豊富だ。
なにより、鍛錬と試合の日々を通じて身に着けた武人としての精神こそ自負の源泉だった。
ミオは、前世で所属していた古武術の道場で、特殊な精神鍛錬を身に着けていた。
神心鬼心法と呼称され、呼吸法と自己暗示で脳内物質の分泌を促し、感情を操作する精神鍛錬法だ。
神心鬼心法を用いれば、強いストレス下でも冷静に振舞えもするし、落ち着いた雰囲気の場所で凶暴性を発揮することもできた。
ミオは、その場その場で必要とされる精神状態を、三秒とかからずにつくれるのだ。
小さく端正な顔を傲然と上げ、きゃしゃな体で仁王立ちをするミオの脳内に、トモダチの揶揄するような声が響く。
「そんなに小さくて、大丈夫かい?」
「身体は小さくとも、心は雄大だ」
「そんなに非力で、敬意を得られるのかな?」
「武術の技と強靭な精神力がある」
「でも、しょせんは素手じゃないか」
「心には、常に刃を備えている」
精神論で一点突破を図るミオに、トモダチは呆れたようにため息をついた。
「口が減らないね」
「これで舌は回るほうでな」
「わかったよ。キミは凄いヤツだ。ああ、心は戦士なのだね。彼らを任せよう。キミ専属の戦士団だ。強いよ」
ミオの脳内で、呆れと感嘆の成分の含まれたトモダチの声が響いた。
揶揄するような口調のトモダチを無視して、立ち尽くしていたままの元妖魔たちに、ミオは向き直る。
「おまえたち、きいたな」
元妖魔たちからミオに向けて、様々な種類の視線が浴びせられた。
好意的なモノは少ない。繁忙期の職場に居座る飛び込みの営業マンへ送るような視線がほとんどだった。
例外は二人、いや二体いて、微笑を浮かべていた。
細目の優男風と複眼青髪の女性風の二体だった。
笑っていても、好意的なモノとは限らない。表情を消すための微笑は、猜疑の表れかもしれなかった。
ミオは、敵意と謎の視線、その双方に傲然と顎を上げる行為で答えた。
腐鬼の親玉にして妖魔の王が立てる地響きで視界が揺れる中、沈黙がおりた。
騒がしい沈黙ってあるのだな。
ミオが無感動に状況を分析していると、震える生徒たちよりもこらえ性のない元妖魔の一体が、一歩進み出た。
「それでワシらは……」
なにをと、カニのハサミのような右腕をした甲殻類のような上半身をした元妖魔が口を開きかけてところで、ミオは言葉をかぶせる。
「これから、俺がすることを見ていろ」
「言葉使いのなっていないお嬢ちゃんじゃあないのぉ。そのちっちゃい身体で、しかも一人で、なにをするつもりなん? あん?」
細目男が、チンピラのような口調で問うてきた。
言葉は汚いが、囁くような美声だったので、ミオは意外に思った。
感情を一切出さずに、ミオは数百メートルほどまで近づいてきた腐鬼の王を、両手で持ったステッキで示した。
「あの汚物を滅ぼす。見ているがいい」
「は?」
細目男が、呆れと驚きと疑いの混合物からなる息を吐くや、ミオはステッキを腐鬼の王へ向けた。
一瞬、ミオの全身を、赤色と黒色をした何かが駆け抜けた。
明らかな異常。痛みも痒み熱もあるが、慣れたものでミオは気にも留めない。
「やってしまえ」
ミオが静かに命令するや、ステッキからドス黒く汚らしい奔流が噴き出した。
丘のように高さがあり幅も広い腐鬼の王へ、ドス黒い奔流は向かう。命中する寸前、死と呪いの洪水のような奔流は、空中で細かく分かれた。
数え切れないほどのヘビやムカデの形をしたドス黒い奔流が、空を這うように進んでいく。不吉な躍動感があふれる動きで、ドス黒い奔流の群れは、あっという間もなく腐鬼の王に絡みつき、締め上げて、飲み込んだ。
「な」
誰かが声を漏らした。
ニコラスかアニータか、特設戦闘科の生徒か、あるいは元妖魔の戦士たちか、誰の声かは、わからない。少なくとも、声色には、仲間の活躍を喜ぶ調子は含まれていなかった。
むしろ、冒涜的な存在に対する恐怖と嫌悪の響きだけがあった。
腐鬼の王にして妖魔の王が、何もできずに弄ばれるという非現実的な光景は、数十秒間に渡って続いた。
「コイツは、中々に気持ちがいいじゃないか」
ステッキの力を開放する行為は、便意に身をゆだねる行為に似ているな。汚らしい力の奔流を制御しながら、ミオは下世話な感想を持った。
力の源を握る自分に、ミオは酔っていた。
どこかで「自身の力でもあるまいに」と、ささやく声がする。理性の声を無視するミオの降格は、自然と上がった。
ほくそ笑むミオを他所に、周囲の者は悪霊たちすら情景の異様さに圧倒されていた。
もはや声を漏らす者はいなかった。
ミオがステッキを降ろすと、ドス黒く彩られたかつて妖魔の王が、巨大な残骸となって佇立していた。
「よし……うん?」
ミオが、短い言葉で満足と勝利を表明すると、上半身を違和感が包んだ。
一瞬後、両腕と肩が破砕される音が、衝撃と共にミオの体内を駆け抜けた。
「――――――!」
声にならない悲鳴を上げて、ミオは両膝を黒土についた。
足に感覚はなく、力も入らない。壊れているな。冷静な判断の声は、ミオ自身のものだった。
ミオの身体は熱を帯びていても、痛みはなかった。
脳が、激痛に精神が耐えられそうもないと判断し、痛覚を遮断したのだ。
垂れ下がる両腕を見て、ミオは脳の下した判断を推測した。
引きつった喉では呼吸法も使えず、麻痺状態の脳で自己暗示をかけるための集中力は、残されていなかった。
急に無力な存在となったミオの脳に、トモダチの声が滑り込む。
「キミは本当に、自分の力だけで、余の力に耐えられていたと思っていたのかな?」
嘲笑を含むトモダチの声に、悪霊たちのネガティブな響きだけでできた快哉がつづいた。
「クダケタ、クダケタゾ」
「手首肘肩クダケタゾ」
「足もクダケいやがるゼ!」
「これからが大変だねェ」
「先が思いやられるねェ」
ミオからは、反論や怒声の言葉は出なかった。
許容量を遥かに超える刺激に襲われた脳が、ミオの意思に反して、意識を断ち切ったからだ。
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