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33:トモダチ
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クレバーなサッカー選手のように周囲を見渡すミオの瞳には、ニコラスのマヌケ顔とアニータの緊張感触れる目、固唾を飲む特設戦闘科の顔だけが映っていた。
声の主は、ミオの目が届く範囲にはいなかった。
「まさか……おい」
「なにかようかね?」
上から目線の傲慢で癇に障る声は、ミオの脳内で響いていた。
不思議と不快感は覚えなかった。
むしろ、得体の知れない声を聞いて、頼もしさと親しみを感じてしまったと自覚したことが、ミオには不快だった。
「貴様は何者だ」
「余はしがないステッキさ。問答するよりも、なすべきことをしようじゃないか。余をあの腐肉に向けたまえ」
声に導かれるままに、ミオは腐鬼王へステッキを向ける。
「いいぞ幼くも美しく、猛々しい余のトモよ。もう少し力を込めてくれたまえ。そうすれば、あの汚物を消し去って進ぜよう」
ミオに脅され、怯えたような態度を見せていた少し前のステッキとは、様子が全く違っていた。
得体の知れない不気味さを感じ、ミオはステッキに警戒感を持った
ステッキに力を込めつつ、呼吸を集中力を整えつつ、ステッキを睨む。
「お前は、まさか神とか言わないだろうな」
激痛と恍惚のはざまで、ミオは声の主に問うた。
「余はそんなロクでなしじゃあないよ。キミに寄り添うトモダチさ」
「俺には、友達を選ぶ権利くらいあるはずだ」
「ま、誰でもいいじゃあないか。怪しい味方より目の前の強敵に集中したまえ余の小さきトモよ」
自称〝トモダチ〟が低く笑うや、ミオの狭い視界が、漆黒に染まった。
何も見えない。
トモダチの仕業だろうか。
それとも、集中が行き過ぎたせいだろうか。
視界を失っても、ミオは慌てなかった。
激痛や痒みに耐えつつ、視覚をよりも聴覚と嗅覚に意識を集中させる。周囲の環境を思い出しながら鼻呼吸をしつつ、連続して舌打ちをする。
「チッチッチ」
淑女としては無作法な行為を、ミオは十数秒続ける。すると、頭の中で、徐々に周囲の風景が、朧気ながら形作られていった。
現代社会と違って、昔の夜は漆黒の闇だ。そのため、古い武術の流派では、暗闇で戦う状況を想定した鍛錬を行っていた。
場の記憶と、舌打音の反響によって、脳内で視界を確保する方法が伝えられていた。
前世で山田剛太郎だったころのミオが通っていた道場で、免許皆伝の高弟だけに伝えられる流派の秘奥だった。
ミオの脳内の景色に、濃い黒色をした人影が現れた。
肌が黒いのではなく、浮かび上がる輪郭が深い黒色をしていた。
途端に、強烈かつおぞましい負荷が、ミオの脳にかかった。
ステッキのもたらす痛みとはまた異質な感覚だった。
脳を無遠慮に撫でられたかのようで、痛みに加えて強烈な頭痛と吐き気がミオを襲った。
気が付けば、吐瀉物が小さな口からから垂れ流されていた。
泥と黄色い吐瀉物が跳ねて、豪奢な黒いドレスの白いすそを、汚した。
痛みと痒みと頭痛と吐き気が、ミオの体内を駆け巡り、ついで酩酊したような視界が揺れた。
ミオはアメリカン・フットボールの選手か、空手家のように膝を内側に入れて、何とか姿勢を保った。
「余を知覚するのは、よしたほうが良い。脳が焼き切れるよ」
言われるまでもなく、ミオはトモダチを探る行為をやめていた。
うっすらとある気配だけを頼りにして、ミオはトモダチとやらに雑言を与える。
「なるほど、神ではないな。存在が邪悪すぎる。さながら邪神か悪神か、さもなきゃ邪霊だな」
「余にそこまでいう者に会うのは、久しぶりだ。流石は余のトモだ」
「俺に友などいない。第一、お前みたいなやつを友にしようとは思わない」
「寂しいね。それは」
トモダチの声色に、僅かな寂寥が窺えた。
悲しい過去でもあったのかもしれないが、ミオには興味がなかったので、あえてスルーした。
疑問はあとだ。まずは敵に対処しなければ。
当面の敵である腐肉の塊に、注意を向ける。
まだ遠い。もっと力を込めなければ。
「コォッ!」
ミオは、痛みや痒みで乱されがちな集中力を研ぎ澄ますために、鋭く息を吐いて呼吸を整えた。
吐き出した鋭く太い吐息と、ステッキの力が暴力的な形をとって現れる。大小の電撃が空を踊り狂い、蜘蛛の巣状に広がっていく。風にあおられて波打つ黒髪は大蛇のように中空をのたうった。
ステッキの力は増大し、変化はミオだけで終わらなかった。
「地震!」
「違うよく見ろ!」
特設戦闘科の生徒たちで、立っているもの誰もいなかった。
尻餅をつくか、蹲っていた。
地面の黒土は隆起し、大木は慄くように揺れており、常人では立つこともままならない。
「お前たちは死ぬのサ」
「そうだ。苦しんで死ぬのサ」
「アタタカイ体がうらやましい」
「われらのナカマになれ」
どこからともなく集まった邪悪な精霊や怨霊たちが、生者の周りを浮遊して、脅迫の言葉と恨み言を囁き始めた。
妖魔たちの死体は溶けて泥濘と混ざり、電撃に巻き込まれていた鳥獣や大小の虫が集まって、新しい体が出来上がっていく。鮮やかな緑色の肌をした新しい鬼たちが、緩慢に起き上がった。
「あたらしいカラダ、キモチいい」
「美味そうなガキがいるぞ。喰ってやろうか」
「御尊父様お許しあれ。我ら新しい母上様に従いまする」
ものの数分で、数十体の元妖魔たちは、姿を変えて顕現し、ミオたちを取り囲んでいた。
声の主は、ミオの目が届く範囲にはいなかった。
「まさか……おい」
「なにかようかね?」
上から目線の傲慢で癇に障る声は、ミオの脳内で響いていた。
不思議と不快感は覚えなかった。
むしろ、得体の知れない声を聞いて、頼もしさと親しみを感じてしまったと自覚したことが、ミオには不快だった。
「貴様は何者だ」
「余はしがないステッキさ。問答するよりも、なすべきことをしようじゃないか。余をあの腐肉に向けたまえ」
声に導かれるままに、ミオは腐鬼王へステッキを向ける。
「いいぞ幼くも美しく、猛々しい余のトモよ。もう少し力を込めてくれたまえ。そうすれば、あの汚物を消し去って進ぜよう」
ミオに脅され、怯えたような態度を見せていた少し前のステッキとは、様子が全く違っていた。
得体の知れない不気味さを感じ、ミオはステッキに警戒感を持った
ステッキに力を込めつつ、呼吸を集中力を整えつつ、ステッキを睨む。
「お前は、まさか神とか言わないだろうな」
激痛と恍惚のはざまで、ミオは声の主に問うた。
「余はそんなロクでなしじゃあないよ。キミに寄り添うトモダチさ」
「俺には、友達を選ぶ権利くらいあるはずだ」
「ま、誰でもいいじゃあないか。怪しい味方より目の前の強敵に集中したまえ余の小さきトモよ」
自称〝トモダチ〟が低く笑うや、ミオの狭い視界が、漆黒に染まった。
何も見えない。
トモダチの仕業だろうか。
それとも、集中が行き過ぎたせいだろうか。
視界を失っても、ミオは慌てなかった。
激痛や痒みに耐えつつ、視覚をよりも聴覚と嗅覚に意識を集中させる。周囲の環境を思い出しながら鼻呼吸をしつつ、連続して舌打ちをする。
「チッチッチ」
淑女としては無作法な行為を、ミオは十数秒続ける。すると、頭の中で、徐々に周囲の風景が、朧気ながら形作られていった。
現代社会と違って、昔の夜は漆黒の闇だ。そのため、古い武術の流派では、暗闇で戦う状況を想定した鍛錬を行っていた。
場の記憶と、舌打音の反響によって、脳内で視界を確保する方法が伝えられていた。
前世で山田剛太郎だったころのミオが通っていた道場で、免許皆伝の高弟だけに伝えられる流派の秘奥だった。
ミオの脳内の景色に、濃い黒色をした人影が現れた。
肌が黒いのではなく、浮かび上がる輪郭が深い黒色をしていた。
途端に、強烈かつおぞましい負荷が、ミオの脳にかかった。
ステッキのもたらす痛みとはまた異質な感覚だった。
脳を無遠慮に撫でられたかのようで、痛みに加えて強烈な頭痛と吐き気がミオを襲った。
気が付けば、吐瀉物が小さな口からから垂れ流されていた。
泥と黄色い吐瀉物が跳ねて、豪奢な黒いドレスの白いすそを、汚した。
痛みと痒みと頭痛と吐き気が、ミオの体内を駆け巡り、ついで酩酊したような視界が揺れた。
ミオはアメリカン・フットボールの選手か、空手家のように膝を内側に入れて、何とか姿勢を保った。
「余を知覚するのは、よしたほうが良い。脳が焼き切れるよ」
言われるまでもなく、ミオはトモダチを探る行為をやめていた。
うっすらとある気配だけを頼りにして、ミオはトモダチとやらに雑言を与える。
「なるほど、神ではないな。存在が邪悪すぎる。さながら邪神か悪神か、さもなきゃ邪霊だな」
「余にそこまでいう者に会うのは、久しぶりだ。流石は余のトモだ」
「俺に友などいない。第一、お前みたいなやつを友にしようとは思わない」
「寂しいね。それは」
トモダチの声色に、僅かな寂寥が窺えた。
悲しい過去でもあったのかもしれないが、ミオには興味がなかったので、あえてスルーした。
疑問はあとだ。まずは敵に対処しなければ。
当面の敵である腐肉の塊に、注意を向ける。
まだ遠い。もっと力を込めなければ。
「コォッ!」
ミオは、痛みや痒みで乱されがちな集中力を研ぎ澄ますために、鋭く息を吐いて呼吸を整えた。
吐き出した鋭く太い吐息と、ステッキの力が暴力的な形をとって現れる。大小の電撃が空を踊り狂い、蜘蛛の巣状に広がっていく。風にあおられて波打つ黒髪は大蛇のように中空をのたうった。
ステッキの力は増大し、変化はミオだけで終わらなかった。
「地震!」
「違うよく見ろ!」
特設戦闘科の生徒たちで、立っているもの誰もいなかった。
尻餅をつくか、蹲っていた。
地面の黒土は隆起し、大木は慄くように揺れており、常人では立つこともままならない。
「お前たちは死ぬのサ」
「そうだ。苦しんで死ぬのサ」
「アタタカイ体がうらやましい」
「われらのナカマになれ」
どこからともなく集まった邪悪な精霊や怨霊たちが、生者の周りを浮遊して、脅迫の言葉と恨み言を囁き始めた。
妖魔たちの死体は溶けて泥濘と混ざり、電撃に巻き込まれていた鳥獣や大小の虫が集まって、新しい体が出来上がっていく。鮮やかな緑色の肌をした新しい鬼たちが、緩慢に起き上がった。
「あたらしいカラダ、キモチいい」
「美味そうなガキがいるぞ。喰ってやろうか」
「御尊父様お許しあれ。我ら新しい母上様に従いまする」
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