決闘で死んだ俺が凶悪なロリ令嬢として転生してしまったので、二度と負けないために最強を目指して妖魔との戦いに身を投じることにした

呉万層

文字の大きさ
上 下
31 / 41

31 王現る

しおりを挟む
 ミオが自らに放った一撃は、強力だった。



 衝撃が頸椎を経て脳に達し、視界にカスミがかかる中、ミオは笑う



「ヨシ」



 意識を朦朧とさせながらも、正気を取り戻したミオは、満足して頷いた。




 口の端から血が垂れていても気に留めない。自力で、ステッキに宿っていると思われる名状し難い邪悪な意思を、退けてやったのだ。



 精神はともかく、ミオの身体を構成するパーツは、細いか薄いかだ。



 例外は、繁茂する髪の毛だけであり、同世代ではトップクラスに貧弱な子供の身体をしていると確信できた。



 貧弱で貧相な幼女と少女の中間に位置する体で、恐るべき黒き死呼ぶステッキの支配を打ち破ったのだ。



 電撃の障壁を張り続けながら、ミオは自賛した。



「妖魔たちを先日のように沼に引き込まずに、電の力を俺に使わせたのか疑問に思っていたが、得心がいったぞ。俺が電を操っている間に、俺の精神を飲み込もうとしたな」



 ステッキを睨みつける。黒いドクロが、小刻みに震えた。



 怯えているかのようだ。



 生き物のような動揺を示した禍々しい杖に、ミオは勝者としての笑みを浴びせた。



 勝利というのは、老若男女も時代背景も関係なしに、嬉しいものだ。



「自分で顔を殴るなんて、キミは何を考えているんだい。もっと自分を大事にしないといけないよ。女の子なんだし。あとね、ボクは女装とか嫌いだよ」



 自分の顔面を殴っておきながら得意になってるミオに、ニコラスがつまらない正論で諭してきた。



 ニコラスの言葉には、小賢しくも自己防衛の言葉がプラスされていた。



 機嫌がいいのでニコラスの不作法を聞き流し、心配顔で自分を見つめる赤毛の女に、ミオは声をかける。



「アニータ」



「は、はい」



 顔を引きつらせるアニータに、ミオは笑みを浮かべる。アニータの瞳に映るミオの姿は、先ほどよりマシな顔をしていた。



 肌は青白く、目のクマは濃い。切れた口の端からは、血が一筋流れている。ゆるく上がる口角は、占師がネガティブな予言をする前段階を想起させた。



 相変わらず不吉な外見だが、まだ女児の範疇であり、許容できた。



「もう大丈夫だ。あとは俺に任せろ」



「正気に戻ったんですね。姐さん」



「攻撃に出る」



 〝正気〟という単語を聞き流したミオから放たれた端的な言葉を聞くや、アニータの顔が陰った。



 攻撃策が勇気から出ているのではなくて、ミオの精神が内包する狂気と錯乱によって産み落とされたのではないかと、疑う表情だった。



 電撃の壁によって、襲い来る妖魔たちを撃退している最中とあって、アニータの反応は当然と言えた。



「攻撃って、打って出るんすか? こう森が深いと、視界が利きません。どこにどれだけ妖魔が潜んでいるのかもわからないんですよ。大物だっているかもしれない。時期尚早ではありませんか」



「心配するな。安全圏から攻撃を加えるだけだ」



「そんなことが、できるのですか?」



「俺は、オスロン家の黒き死招くステッキを、支配してやった。今なら能力を最大限に引き出せる。小さな妖魔の群れなど、千体いても敵ではない」



 確信はあっても、ミオに確証があるわけでもなかった。



 それでもミオが堂々と自信を表明すると、アニータは決意と喜びの笑みを浮かべた。



「お任せします」



「周囲を沼に沈めて、妖魔と森を一掃する。それまで障壁から出るなよ」



「沼、ですか」



 アニータの頬が再び引きつる。



 沼に沈められそうになった過去を、思い出したのだろう。



「不満か」



「いえ、了解です! 全員聞きな。これから姐さんが周りを全部ぶっ飛ばすから、大人しくするんだよ!」



 アニータが叫ぶや、ミオはステッキに意識を集中させる。



 電撃による障壁をはりつつ、黒土が沼となるビジョンを思い浮かべた。



 ついで、沼に引き込む黒い手たちを、脳内の光景に加えた。



 これで先日、特設戦闘科の不良生徒たちを沼に引きずり込んだ状況を、再現できるはずだ。



 どうしてか確信したミオは、ステッキへの意識集中を強くしていく。脳にしびれるような感覚が走ると、視界が赤黒く染まった。



 心臓は早鐘を打ち、胸は詰まり呼吸は荒くなる。発熱し、小さな体を悪寒と震えが襲う。関節部は痛み、肋骨を鈍いかゆみが這い回った。



 今になって、ミオはステッキの力が禍々しい代物であると理解した。



 本当に、今更の話だ。



 ミオは手の中にある、黒き死招くステッキを見やる。自然、口の端が自然と上がった。



 五十センチほどのステッキは、黒と銀色を基調とし、複数のドクロが並んでいる。コブシ大のドクロに、鈍色のヘビで装飾が施されていた。



 全体を茫洋とした黒紫色のオーラが揺らめいており、冒涜的で禍々しい力を放っていた。



 邪悪そのものの外見と、不吉で不穏な雰囲気を放つステッキが、尋常なもののはずはない。なぜ今まで、警戒をしなかったのだろうか。



 強さこそ正義という信念が、ミオの目を曇らせたのか。



 いや、違うな。黒き死招くステッキは、人の心を犯す作用がある。ならば、ミオが手に取った時点で、精神を汚染されていたのかもしれない。



 きっとそうだと、ミオは決めつけた。



 この世界に来て色々あったところで、ステッキに出会ったとはいえ、修行が足らんな。



 まあいい。切り替えよう。ミオは反省を切り上げると、ステッキに語り掛ける。



「俺の力となれ、逆らうことは許さん。沼と、ついでに電撃の力で周囲一帯を殲滅する。貴様の力を使わせろ!」



 ミオが傲慢さに暴力性と凶暴性を加えた命令を発すると、周囲は黒紫色の閃光に包まれ、地鳴りと轟音、破壊音が木霊した。



「うわああ!」



「っ……」



 ニコラスは狼狽え、アニータはくいしばって耐えた。



「芽メッタ!」



「キュール」



 妖魔たちは各々断末魔を上げ、沼に飲まれるか電撃にからめとられるかして、絶命していった。



 閃光と破滅の共演は数十秒続き、不意に終わった。



 あとに残ったのは、肉と木々が燃える音、高温で固まった黒土が割れる音、様々なものが一緒くたに燃えた際に出る臭気だけだった。



「終わったのかな?」



 首を巡らせるニコラスの声には、期待の成分が多く含まれていた。




 周囲の生徒たちも同様で、顔を見合わせながら喜びの声を上げる。



「え、勝ったの」



「やった。オレ生き残っちゃったよ」



「そもそも死傷者ゼロじゃね」



 能天気な声が沸き上がった。



「姐さん。やっと一息つけそうですね。アタシが周囲を警戒するんで、大休止なり小休止なりを――」



「静かに」



 アニータの喜びと疲れが滲んだ声を遮って、ミオは耳を澄ました。



 何かの気配を感じるが、耳に新しい音は入ってこない。



「姐さん、どうしたんです」



「臭うな」



「そりゃあ、小腐鬼とウサギの死体もあるんだし、当然でしょう」



「違う、もっと濃いやつだ」



 ミオが言葉を放ち、アニータが首を傾げると同時に、風が吹いた。



 途端、今まで嗅いだことのない腐敗臭が、顔面に叩きつけられた。



 ミオは前世で、本格派の道場通いをしていた。



 道場にはむさくるしい道場生たちと、その汗を吸った防具の匂いが充満しており、ミオは臭気に慣れていた。



「ウプ」



 が、それでもえずく声が漏れた。



 牛乳に浸した雑巾を一ヶ月放置してから角砂糖とハチミツをまぶし、サラダ油とごま油をかけたかのような臭いに襲われたとあっては、ミオでも耐えきれなくて当然だった。



「ゲェ!」



「エロエロエロ」



 ミオの反応はまだいいほうで、周囲は生徒たちの吐瀉物で地獄絵図となっていた。



 素早く布で顔の半分を覆ったアニータに向けて、ツバと胃液を飲み込んだミオが尋ねる。



「この臭いの元は、妖魔か草木か」



「こんな臭いを放つ草や木は、この非常識な森でもありはしません。並みの腐鬼が放つ臭気じゃありません。上位の腐鬼がいるかもしれません。撤退しましょう」



 腐鬼の上位となれば、単純に考えて中腐鬼のといったところか。どれほど強いかは知らないが、今のミオはステッキの力を使いこなしている。小腐鬼よりも大きく強いだろうが、一戦もせずに撤退するような相手とは思えなかった。



 ミオがアニータの怯懦を叱責しようとしたとき、足元が少しずつ揺れ始めた。



「地面が揺れているぞ」



「駄馬を落ち着かせろ!」



「助けてお母さま」



「一々慌てるな! 全周警戒を維持しろ!」



 生徒たちが慌て、駄馬がいななき、ニコラスが祈る。アニータが怒鳴る中、地震に慣れている元日本人であるミオは、冷静さを保っていた。



 そのせいか、慌てるニコラスと生徒たちを他所に、ミオは一人、揺れる視界の違和感に気が付いた。



 遠くで、黒い木々の塊が動いていた。



 風が吹いたとはいえ、強風というほどでもなかった。



 森が目に見えて、しかも上下に動くはずがなかった。



 ミオは目をこらす。



 巨大な黒い森の上方で、複数の何かが動いた。



 前後左右に動いたものは、大小複数の目だった。



 森ではない。巨大な妖魔だ。



 状況を理解すると、流石のミオも驚愕を隠せなかった。



 ミオは息をのみ、口を結んだ。



 敵前で感情を、それも負に属するものを露わにするなど、武術家の示す態度としては失格だった。



 自覚と恥の概念がミオの理性をつなぎ留める。ミオは浅く長い呼吸をして落ち着きを取り戻してから、アニータに視線を向けた。



「あれは……中、いや大腐鬼か?」



「どちらでもありません。アレは、腐鬼たちを生み出すモノ。妖魔の王に位置する個体です」



 凶敵を評するアニータの声は、震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

異世界召喚されたけど必要ないと言われて魔王軍の領地に落とされた私は『魔物使い』の適性持ちですよ?

はむ
ファンタジー
勝手に異世界に召喚しといて必要ないって分かると魔王軍の領地に落とすなんて信じられない! でも『魔物使い』の適正持ってる私なら… 生き残れるんじゃない???

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

ちょっっっっっと早かった!〜婚約破棄されたらリアクションは慎重に!〜

オリハルコン陸
ファンタジー
王子から婚約破棄を告げられた令嬢。 ちょっっっっっと反応をミスってしまい……

処理中です...