上 下
30 / 41

30:狂気と正気

しおりを挟む
 ミオがステッキを振るうや、緑の地獄を、百足の形をした禍々しい電撃が束となって吹き抜け、黒土を巻き上げた。



 黒紫色をした電気の奔流が示す勢いは、見る者に虫の大群が地を這うさまを想起させた。



「……気持ちわりぃ」



 誰かが呟き、同意の頷きが続々と続いた。



 おぞましい光景を前にして、他の者が怖気を振るう中、一人ミオだけが楽しんでいた。



「腐、フヒヒ、発ッハー!」



 腐鬼の上げるような、音階の狂った笑い声を吐き続けながらも、ミオはステッキの力を操りつづけていた。



 力を使う反動なのか、ミオの身体は徐々に重くなっていく。細い足もステッキを振るう腕も機敏に動かせるが、身体は熱病にでも罹患したかのように重くなっていた。



 ステッキにも変化が訪れた。



 黒紫色の電撃を放つステッキは、ところどころに施されたドクロの装飾から、赤黒い煙を噴き出していた。



「姐さん、ドレスが」



 アニータから警告を受け、ミオは着衣を改める。



 ステッキから噴き出す煙に触れた部分が、ドス黒く変色して、ドレスから剥離していた。



「裸になっちゃうよ!」



「かまうか」



 ニコラスの叫びを男らしくあしらい、ミオは黒い感情に導かれるまま、ステッキを振るう。と、障壁を前に攻めあぐねる妖魔たちに向けて、空中を這いまわっていた黒紫色の奔流が、無数の鞭のようになって飛び込んでいった。



 ムカデ形の電光が、妖魔たちを捕らえていく。黒紫色の光が閃き、妖魔たちの腹部が裂ける。焦げた妖魔の身体から、破裂した臓器と、白煙を上らせる体液がまき散らされた。



「偽ニャ!」



「っ女ぶちゃ」



 妖魔たちは、死を約束されながらも即死を免れる羽目となっていた。



 奇怪で醜い妖魔たちの断末魔を、美しい旋律のように楽しむミオの顔には、朗らかとは程遠い笑みが浮かんでいた。



 
無残な死の量産速度は、好景気における自動車工場のように増加していった。



 同時に、築かれる死体の山は、ニュータウンのマンションのように増え続けている。黒土を染める血の量は、堤防が決壊した後の河を思い起こさせた。



 生徒たちの周囲は、死肉とドス黒い血で満たされていく。



「姐さんが、味方で良かった」



「本当に味方なんだよね?」



 青ざめた顔で呟くアニータに、ニコラスの震え声がかけられた。



 他の生徒たちは、弓や槍を持ったまま立ち尽くしていた。



 勝っている戦闘中に肝を冷やす仲間たちを他所に、ミオの精神は加速して過熱していく。



 肉塊となった妖魔たちが放つ悪臭を、ミオが気にならなくなったころ、喉の奥から笑いが漏れた。



「クックク。フハッ」



 ミオの陰気な外見に見合う禍々し笑みは、児童の心理に詳しくない者でも危機感を抱くほど、心に潜む深い闇を表現していた。



 アニータなど、青くした顔を引きつらせている。ミオよりも顔を白くしたニコラスなどは、失神寸前の有様だ。



 至近距離で悪霊の王と行き会ったかのように恐怖する妹分と弟分を他所に、ミオは喜びの感情を爆発させていた。



 楽しい、癖になりそうだ。



 ミオが楽しく妖魔を屠っていると、恐怖するアニータと目が合った。



 アニータの瞳に、ミオの姿が映りおんでいる。



 悪魔の眷属がいた。



 甦りたての死者よりも青白い顔には、赤く光る瞳が並び、目の下のクマはメジャーリーガーのアイブラックよりも濃くなっている。波打つ黒い長髪はヘビのようにうごめき、怪しい艶の輝きが周囲を圧していた。



 幼女と少女の間に位置していたミオの姿は、少女と妖女から出来上がっているかのように、変化していた。



 傍から見れば、ミオが奇怪なステッキに操られていというより、ミオが力を持つステッキを操っているように見えているだろう。異常な言動をとり、死と呪いを司る悪魔の眷属を連想させる姿を、ミオはしているのだから。



 ミオは驚きも委縮もせずに、今の自分を受け入れ、相応しい態度を取り始めた。



「ああ、そうだ。ニコラスの、いや、ニコラスちゃんのためにも、妖魔どもを皆殺しにしないといけないなぁ。他人を守りながらだと面倒だ……よし、この辺り一帯を、全て腐らせてしまおう! このステッキがあれば、俺は無敵――ムゴッ!」



 おぞましいなにかにより、精神が決定的に汚染される寸前、ミオの頬に痛みが走った。



 ミオの頬を殴りつけた者がいた。



 強烈な打撃を受けたミオだったが「誰だ」とは問わなかった。



 理由は二つあった。



 一つは、打撃で受けた衝撃のお陰で、正気に戻ったから。もう一つは、ミオを殴った者が、ミオ自身だったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界に転移したけどマジに言葉が通じずに詰んだので、山に籠ってたら知らんうちに山の神にされてた。

ラディ
ファンタジー
 日本国内から国際線の旅客機に乗り込みたった数時間の空の旅で、言語はまるで変わってしまう。  たった数百や数千キロメートルの距離ですら、文法どころか文化も全く違ったりする。  ならば、こことは異なる世界ならどれだけ違うのか。  文法や文化、生態系すらも異なるその世界で意志を伝える為に言語を用いることは。  容易ではない。 ■感想コメントなどはお気軽にどうぞ! ■お気に入り登録もお願いします! ■この他にもショート作品や長編作品を別で執筆中です。よろしければ登録コンテンツから是非に。

ちょっっっっっと早かった!〜婚約破棄されたらリアクションは慎重に!〜

オリハルコン陸
ファンタジー
王子から婚約破棄を告げられた令嬢。 ちょっっっっっと反応をミスってしまい……

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

遺跡に置き去りにされた奴隷、最強SSS級冒険者へ至る

柚木
ファンタジー
 幼い頃から奴隷として伯爵家に仕える、心優しい青年レイン。神獣の世話や、毒味役、与えられる日々の仕事を懸命にこなしていた。  ある時、伯爵家の息子と護衛の冒険者と共に遺跡へ魔物討伐に出掛ける。  そこで待ち受ける裏切り、絶望ーー。遺跡へ置き去りにされたレインが死に物狂いで辿り着いたのは、古びた洋館だった。  虐げられ無力だった青年が美しくも残酷な世界で最強の頂へ登る、異世界ダークファンタジー。  ※最強は20話以降・それまで胸糞、鬱注意  !6月3日に新四章の差し込みと、以降のお話の微修正のため工事を行いました。ご迷惑をお掛け致しました。おおよそのあらすじに変更はありません。  

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

【第二部連載開始】転生魔法少女のチート無双! キセキの力でSSS級ならず者チームを結成です?

音無やんぐ
ファンタジー
あなたの心に、魔法少女は届きますか?  星石と呼ばれる貴石に選ばれた者は、魔法の力を手にすることになる。  幼い頃魔法少女に救われ、魔法少女に憧れた女の子は、やがて自ら魔法少女となる。  少女のもとに集うのは、一騎当千、個性的な能力を持つ仲間たち。  そんな仲間と共に戦う少女の手にした力は、仲間――あらゆる人、生物、物体――の『潜在能力強化』。  仲間全員の力を爆発的に底上げするその魔法は、集団を率いてこそ真価を発揮する。  少女は、『ラスボス』にもたとえられて個人として無双。チームとして最強。  チート級の魔法少女たちは自由を駆け抜け、そしてやがて、『ならず者』を自認するにいたる。  魔法少女としての日常に幸せを感じる時、少女は少しだけ、少しだけ、なんだか星石にしてやられたと思うこともある。  そんな魔法少女たちに、あなたもしてやられてみませんか?  魔法少女たちが希い【ねがい】を叶える物語【ストーリー】  ご覧いただきありがとうございます。  【第二部 異世界編】連載開始しました。毎週一話ずつ、木曜日19時頃に公開させていただきたいと思います。  よろしくお願いいたします。

処理中です...