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28:緑の地獄たち
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妖魔の鋭い鉤爪と、鈍く光る剣先を確認するや、ニコラスは動く。
「うひゃああっ!」
情けない声を発しながら、ニコラスは味方の後ろへ回り込んだ。
ニコラスの回避技能は、先ほどまでの鈍さからは想像もできないほど、俊敏で無駄がなかった。
先手を取られた者としては、正しい行動だった。
ヘタに反撃を試みたり、今いる場所を堅守したりしても、致命傷を負うだけだからだ。
逃げに徹したニコラスは、結果としていい囮となった。
ミオと、アニータたち特設戦闘科の生徒たちが防衛行動に移る時間を、ニコラスは与えてくれた。
「俺がステッキで障壁を作る。弓隊は中から射ろ」
ミオがステッキを振るうと、黒紫色に閃光を発する雷の壁が周囲を包み、皆を守った。
黒紫色の電撃の動きは、巨大なムカデのようだった。
移動中に身に着けた、新しいステッキの力だ。
ステッキには、様々な使い方があるようだ。
ミオが駄馬の上でステッキをいじくりまわしている間に〝声〟が様々な技能を教えてくれていた。
ステッキから「オネエサン。ボクタチハ、デンキモツカエルンダヨ」とメッセージを受け取った際、ミオは全く無警戒に受け入れていた。
お陰でミオは、習いもせずに電術を扱えるようになった。
「ほう、なかなか縁起のいい電気じゃないか」
ミオはほくそ笑んだ。
元々日本の武人であったミオにとって、ひたすら前進しかしないムカデは、好ましい生物だったからだ。
しかし、生徒たちには不評のようで、ネガティブな言葉が自然に湧きでてきた。
「うわ、気持ちワル」
「電の動きじゃないぞこれ。意思があるみたいだ」
「触ったら俺たちもヤバくないか」
喧噪の中、一人の女生徒が呟く。
「あたしたち、閉じ込められたの?」
「姐さんが守ってくれてるんだ! 文句ばっか垂れるな」
雷の障壁を、防壁ではなく檻と解釈した発言が女生徒の口から出るや、アニータがしかりつけた。
「アニータ、手筈通りにしろ」
ミオが命じるや、アニータから指示が飛び、生徒たちは応じた。
周囲の敵対者たちも、行動を開始する。
「芽ッキャ!」
「井ッキャ!」
ニコラウスを殺しそこなった妖魔は、小さな角の生えた一つ目の小鬼――小腐鬼――だった。
目をギラつかせ、ただれた体からは極彩色の体液がにじみ、甘い腐臭を放っている。
「うわあ、なんか増えてるんだけど」
ニコラスの上げた悲鳴は、事実を端的に表現していた。
ミオがつい十日と少し前に会った小腐鬼が、アリが巣穴から這い出るかのように、木々の影や茂みから出現してきていた。
小腐鬼は秒単位で数を増やしていく。
草木の色とは微妙に色合いの異なる小腐鬼の肌色が視界を埋めていき、緑の濃淡でモザイクができていた。
ミオたちの征く森が、なぜ〝緑の地獄〟と呼ばれているのか、誰もが理解できる光景が出現していた。
ニコラスが襲撃されてから数十秒の間に、木々と土の濃い匂いは、濃厚な腐臭によって上書きされた。
「くそ、中継拠点まであと少しってところで、ついてないね」
「こんな浅い場所で、こんな大群に遭うなんて、きいてないっすよ!」
「泣き言いうんじゃないよ!」
ボヤく男子生徒をアニータが叱咤する間に、小腐鬼の背後からより小さな影が、群れを形成して現れた。
「毛―ん」
「化っけチュー」
体長の倍以上にもなる角を持つ、一つ目で紫色をしたウサギのような妖魔の群れが現れ、包囲に加わってきた。
「貫きウサギまで来やがった!」
「角を使った頭突きに注意しろ」
「あのクソウサギに障壁が突破されても、防ごうと思うな。避けてから首か腹を狙え」
ミオが「あのウサギみたいなのはなんだ?」と聞く前に、生徒たちが名前と特徴と対処法まで叫んでくれた。
ありがたいと思うものの、障壁が突破される心配をされているとわかり、ミオは機嫌を害する。文句を言う間もなく、妖魔たちの攻撃が開始される。
「眼っちゃー!」
「偽ヨッケー!」
「きゅっキュ!」
奇妙な叫び声を上げて、小腐鬼と貫きウサギが、障壁内部のミオたちに殺到してきた。
「うひゃああっ!」
情けない声を発しながら、ニコラスは味方の後ろへ回り込んだ。
ニコラスの回避技能は、先ほどまでの鈍さからは想像もできないほど、俊敏で無駄がなかった。
先手を取られた者としては、正しい行動だった。
ヘタに反撃を試みたり、今いる場所を堅守したりしても、致命傷を負うだけだからだ。
逃げに徹したニコラスは、結果としていい囮となった。
ミオと、アニータたち特設戦闘科の生徒たちが防衛行動に移る時間を、ニコラスは与えてくれた。
「俺がステッキで障壁を作る。弓隊は中から射ろ」
ミオがステッキを振るうと、黒紫色に閃光を発する雷の壁が周囲を包み、皆を守った。
黒紫色の電撃の動きは、巨大なムカデのようだった。
移動中に身に着けた、新しいステッキの力だ。
ステッキには、様々な使い方があるようだ。
ミオが駄馬の上でステッキをいじくりまわしている間に〝声〟が様々な技能を教えてくれていた。
ステッキから「オネエサン。ボクタチハ、デンキモツカエルンダヨ」とメッセージを受け取った際、ミオは全く無警戒に受け入れていた。
お陰でミオは、習いもせずに電術を扱えるようになった。
「ほう、なかなか縁起のいい電気じゃないか」
ミオはほくそ笑んだ。
元々日本の武人であったミオにとって、ひたすら前進しかしないムカデは、好ましい生物だったからだ。
しかし、生徒たちには不評のようで、ネガティブな言葉が自然に湧きでてきた。
「うわ、気持ちワル」
「電の動きじゃないぞこれ。意思があるみたいだ」
「触ったら俺たちもヤバくないか」
喧噪の中、一人の女生徒が呟く。
「あたしたち、閉じ込められたの?」
「姐さんが守ってくれてるんだ! 文句ばっか垂れるな」
雷の障壁を、防壁ではなく檻と解釈した発言が女生徒の口から出るや、アニータがしかりつけた。
「アニータ、手筈通りにしろ」
ミオが命じるや、アニータから指示が飛び、生徒たちは応じた。
周囲の敵対者たちも、行動を開始する。
「芽ッキャ!」
「井ッキャ!」
ニコラウスを殺しそこなった妖魔は、小さな角の生えた一つ目の小鬼――小腐鬼――だった。
目をギラつかせ、ただれた体からは極彩色の体液がにじみ、甘い腐臭を放っている。
「うわあ、なんか増えてるんだけど」
ニコラスの上げた悲鳴は、事実を端的に表現していた。
ミオがつい十日と少し前に会った小腐鬼が、アリが巣穴から這い出るかのように、木々の影や茂みから出現してきていた。
小腐鬼は秒単位で数を増やしていく。
草木の色とは微妙に色合いの異なる小腐鬼の肌色が視界を埋めていき、緑の濃淡でモザイクができていた。
ミオたちの征く森が、なぜ〝緑の地獄〟と呼ばれているのか、誰もが理解できる光景が出現していた。
ニコラスが襲撃されてから数十秒の間に、木々と土の濃い匂いは、濃厚な腐臭によって上書きされた。
「くそ、中継拠点まであと少しってところで、ついてないね」
「こんな浅い場所で、こんな大群に遭うなんて、きいてないっすよ!」
「泣き言いうんじゃないよ!」
ボヤく男子生徒をアニータが叱咤する間に、小腐鬼の背後からより小さな影が、群れを形成して現れた。
「毛―ん」
「化っけチュー」
体長の倍以上にもなる角を持つ、一つ目で紫色をしたウサギのような妖魔の群れが現れ、包囲に加わってきた。
「貫きウサギまで来やがった!」
「角を使った頭突きに注意しろ」
「あのクソウサギに障壁が突破されても、防ごうと思うな。避けてから首か腹を狙え」
ミオが「あのウサギみたいなのはなんだ?」と聞く前に、生徒たちが名前と特徴と対処法まで叫んでくれた。
ありがたいと思うものの、障壁が突破される心配をされているとわかり、ミオは機嫌を害する。文句を言う間もなく、妖魔たちの攻撃が開始される。
「眼っちゃー!」
「偽ヨッケー!」
「きゅっキュ!」
奇妙な叫び声を上げて、小腐鬼と貫きウサギが、障壁内部のミオたちに殺到してきた。
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