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12:ステッキ

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 鋭い爪と太い牙を誇示しながら、獣鬼がミオに向けて突っ込んでくる。



  銃器の赤い瞳と目が合うや、殺意みなぎる声が放たれた。



「ギャアアオン!」


 
 口の両端から涎を垂らした獣鬼が、見た目よりもしなやかな動きで跳躍した。



 捕食者である獣鬼の姿はおぞましく、観る者を恐怖で委縮させるには充分だった。



 しかし――



「せい!」



 ミオが弧を描くステップで懐に飛び込むや、半棒術の要領でステッキを振るう。体重が十分の一以下と思われるミオの一撃のより、獣鬼はあっさりと跳ね返されていた。



「ギャワン!」



 強打者のバットに捕らえられたボールのような軌道で、獣鬼の身体は壁に叩きつけられた。



 ミオに、手ごたえらしい手ごたえはなかったにもかかわらず、効果は絶大だった。


 
 調度品が破壊され、骨の折れる乾いた音が鳴った。
 獣鬼の長い胴体部からはみ出す潰れた内臓から、ドス黒い体液がしたたり落ち、口からは血を吐きだしていた。



 メイドたちが悲鳴を上げる。



「きゃあ」



「きゃああ」



「きゃあきゃあ」



 ミオの一撃を受けた獣鬼は、首は折れ、目玉も飛び出すなど酷い有様だ。



 騒ぐメイドも汚らしい獣鬼の死骸にも目をくれず、ミオはステッキを掲げるように持った。



 黒い蛇に絡まれたドクロからは、禍々しいオーラが放たれている。ステッキを制御したミオは、恐れよりも、体内に充実する力の存在に、頼もしさを覚えていた。



「力がみなぎってくる。このステッキは業物だな」



「感心している場合か、まだ来るぞ!」



 警告を発すると同時に、いつの間にか乱入してきた新手の妖魔に対し、ハイテが軍刀を振るった。



 両断された小さな影は、血と内臓をまき散らして室内に落ち、絨毯を汚した。



 新手の妖魔は、人の子供程度の大きさしかなかった。
 顔の大部分を占める一つだけの目は大きく、頭頂部の角と背中の羽、身体を支える足は貧弱だ。
 ミオと同様に細い手には、刃渡り二十センチ程度の黒い短剣があり、薄い瘴気をまき散らしていた。



「小型の妖魔か。色々な種類がいるのだな」



 観察し感想を漏らしつつ、ミオは破れた窓や壁から入り込んでくる小型の妖魔を、ステッキでまとめて粉砕していく。紫色の返り血を浴び、黒い服はまだらに汚れていった。



 戦闘における返り血は男の勲章なので、ミオは誇らしく思った。



 ステッキを振り下ろすたびに汚れていくミオとは対照的に、軍刀で妖魔を切り刻んでいるハイテの服は、なぜかほとんど汚れていなかった。



 ハイテは、返り血を避けているようだ。



 闘争における価値観の違いに、ミオはなんだか不愉快になった。



 ミオの内心を知ってか知らずか、ハイテは淡々と解説をはじめる。



「小腐鬼だな。腐敗の神に仕える低級の眷属だ。あの黒い短剣は、腐敗の神からの祝福が授けられている。カスリでもしたら、たちまち肉が腐敗を始めるぞ。周辺部の肉をこそぎ落とさないと、全身が腐って死ぬ羽目になる。気を付けろ」



「小さいが厄介そうなヤツだ」



「キミのようにかね?」



 ハイテのイヤミを受けても、ミオは自信満々な態度で受けて立つ。



「馬鹿な。厄介どころか、俺は素晴らしい淑女になるつもりだ」



 ミオは何の疑いも持たずに言い切った。



 前世である山田剛太郎だったころは、大抵の努力で困難を克服してきたとあって、上手くやれると確信しているのだった。



 道場に通い剣・棒・槍・薙刀などの武器術に加え、唐手や柔道、日本拳法などの徒手格闘術を修め、並行して返済不要の奨学金を獲得して、大学を卒業していた。



 睡眠時間をできるだけ確保しつつ、武術の鍛錬と勉学に励み結果を残した。



 このわけのわからぬ世界でも、生き抜いていけると、ミオは確信していた。


 しかし――



「淑女の一人称が〝俺〟というのは、どうかとおもうぞ」



「なん、だと」



 ハイテの口から飛び出した的確なツッコミは、ミオに衝撃を与えた。



「お嬢様、窓に、窓に!」



 メイドの一人がが叫ぶや、窓から新手の小腐鬼たちが、手に手に黒い短剣を持って、続々と乱入してくる。



「鬼ッシャ亜ッ!」



 小腐鬼たちが飛び掛かってきた。



 ミオの反応は遅れた。

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