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10:襲撃

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「入室を許可する」



 ミオは、身に着けたもろもろの重さに負けぬよう気を張りつつ、ハイテに入室を許可した。
 


「失礼する。準備はおわった。ならば出発だ。急げ、妖魔が迫っている」



 ハイテは片足をせわしなく動かしながら言った。



 意外に落ち着きのないヤツだ。そう言えばアイツもやたらと短気だったな、俺を殺した後、警察に捕まっていなければいいのだが……ミオは前世について思いを馳せた。
 それも、しばしのことだった。



「妖魔とやらがどんなモノかはしらんが。敵なのだろう?」



「そうだ。敬意も払えず、尊敬もできず交渉も不可能ない敵だ。殺すか逃げるしかない」



 ハイテは断定した。


 
 妖魔とは、話し合いの余地がある存在ではなさそうだ。



 知性やコミュニケーション能力に問題があるのかもしれない。



 妖魔について考えてミオは、ハイテが出発を急がせる意味に、気が付く。



「まさか、逃げるのか?」



「そうだ」



 ハイテはやはり、きっぱりと答えた。



 闘争ではなく逃走を主張するハイテに、ミオは蔑みの視線を送る。



「一戦もせずにか?」



 ミオの非難を聞くや、ハイテの声に険がこもる。



「少数ならともかく、妖魔は大群のようでね、キミの家が抱える騎士団が迎撃に出ているはずだ。任せればいい。第一、私は足手まといを抱えている身だ。退かざるを得ないのだよ」



「足手まといだと? 誰のことを言っている」



「キミのようなか弱い少女を意味するに、決まっているだろう」



 途端、ミオの感情は沸騰した。


 
 武術家相手に、か弱い、などと侮辱するとは許せん。ミオはメイドたちに向けて手を伸ばす。



「武器を持て! 軽いものだ!」



 部屋にミオの怒りと決意のこもった声が響き渡った。



 つい先ほどの敗北した事実を、ミオは忘れていなかった。


 
 素手ではなく武器で、軽い武器で勝負することを画策した。



 ミオは、凛とした声を発したつもりだったが、幼さと可愛らしさの成分が多分に含まれており、周囲を威圧する効果は全くなかった。



 二人のメイドは首を振り、肩をすくめる。



「ございません」



「ありません」



「こちらに」



 が、最後の一人が、恭しい態度で、五十センチほどの筒を差し出す。



 筒は、前世でも見た例のない、全てを吸い込むような、深い黒色をしていた。



「中身はなんだ?」



「わかりませんが、重いので、お嬢様には無理かと」



「とあえず寄こせ」



「ああ、ご無体な」



 ミオは、メイドから黒い筒をひったくり、中身を確認する。ステッキが入っていた。それも、女児向けのアニメに登場するおもちゃ然としたステッキでは、なかった。


 
 邪教の司祭が持つ、悪魔の力を得た杖のようなステッキだった。



 五十センチほどのステッキは、黒と銀色を基調とし、コブシ大のドクロに、鈍色のヘビで装飾が施されていた。全体を薄紫色のオーラが揺らめいており、禍々しい力を放っていた。



 冒涜的な薄紫色をした力の奔流は、恐れを知らぬ山田剛太郎を前世とするミオですら、戦慄を覚えるほどの圧力があった。



「軽いな」



 非力な体のミオが、羽毛を持っているかのように感じられるほどに、ステッキは軽かった。

 

「「え? ステッキがあるの!!」」



「そうなのよ! 御当主様に、お前が持っていろっていわれれ、ずっと隠し持っていたのよ」



「「気づかなかった!」」



「わたしも! 今まで忘れていたの!」



 二人のメイドだけでなく、ステッキを差し出したメイドも目を見開き叫んでいた。


 
 一人ハイテは、驚きよりも興味の勝った視線を、ステッキに注いでいる。ステッキの禍々しさに、興味がそそられたわけでもないようだ。



「取り出しておいて驚くのか……まあいい。オスロン家の黒き死招くステッキ、使いどころだ。キミ、用意をしたまえ。心の準備だ」



 腰の軍刀を引き抜きながら吐いては促し。ほぼ同時にミオはメイドからステッキを奪い取っていた。



 外見こそ禍々しさに加えて重々しいステッキは、小枝よりも軽く、ミオの小さな手に良くなじんだ。



「心得ている」



 ミオがステッキを握って感触を確かめるや、窓が破られ、異形の者が現れた。



「キッシャアっ!」



 誰から説明を受けなくとも、妖魔であるとミオは理解した。



 こいつとは交渉などできないだろうな。覚悟を決めるやステッキを握りしめ、ミオは妖魔に向けて駆けだした。
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