村の籤屋さん

呉万層

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9:いじめ

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 籤屋から妹を賭けるよう迫られた秋山は、縋るような目を一郎に向けて、すぐに顔を逸らした。



 瞳には明確な意思が映っており、一郎は敵なのだと、秋山は理解したのだ。



 秋山は未練がましくも、助けを求めて首を可動範囲いっぱいに巡らせた。



 軟骨が磨り減る音が、静かな森に響いた。



 秋山の眼球は、高速で動いていた。



 そうして、周囲には、ただ梅や松の木々に雑草、土埃、籤屋、ついでに裏切り者しかないと、秋山は確認した。



 顔に悲壮感が張り付けた秋山は、肩を抑えたまま籤屋から離れようとしていた。



 激痛に苛まれている秋山の歩は、ナメクジよりも少しだけ速い程度でしかなかった。



 半開きになった秋山の口からは、荒い息と涎、黄色い胃液が小刻みに垂れ流されていた。



 無様で、見るに耐えないなと、一郎は秋山を自然に見下していた。



 一郎は、秋山の服を引っ張って、歩みを止めた。



「痛い痛いよ。引っ張らないで」



 外れた肩を刺激された秋山は、抗議と悲鳴の混ざった声を上げた。



 直後、決して仲が悪かったわけではないクラスメート・秋山に、一郎は傲慢かつ下品な言葉を浴びせた。



「逆らえやしないんだ。どうせ、賭けるようになるんだからよぉ、グズグズしないで、賭けるって言えよ!」



 この時に秋山が見せた表情は、豊かだった数秒前とは打って変わって、人形のように無機質になっていた。




 縋り付こうとしていた一郎から――秋山にとっての――裏切りの言葉を与えられ、ストレスの許容量を超えたのだろう。全てを諦め、感情を殻に閉じ込めて、心のセーフモードに移行したようだ。



 秋山は老人のようにゆっくりと立ち上がると、傍目からは落ち着いた様子で、籤屋の屋台前に、のろのろと進んだ。



 一郎が〝もっと早く動けよ〟と、目で訴え、顎をしゃくる中、屋台の前についた秋山は、肩を抑えながらしばし俯き、ゆっくりと顔を上げた。



「妹を、結衣を賭けるよ。だから、怪我を治して」



 秋山のか細い声を聞いて、一郎は胸を撫で下ろした。



「毎度ありー。さあ、籤を引いて引いて」



 言わされている感アリアリの秋山に、籤屋は嬉しげに籤の入った箱を差し出した。



 籤屋は、金属質の声に、朗らかさをを加えていた。



 機械的でありながら媚びた声の不自然さが、籤屋から出る不気味さを、かえって強調していた。



 加えて、長い黒髪が蛇のようにざわめいていて、籤屋に対する恐れもまた、増大させていた。



「ひぃ」



 秋山は、籤屋の異常さに、一瞬我に返った。



「なにか?」



「い、いえ」



 籤屋が問いかけるや、怯んでいた秋山は、おずおずと籤の入った台に手を伸ばしていった。



 動きの鈍い秋山に向けて、一郎は再び心の中で、早く籤を引けと秋山に向けて念じていた。



 籤屋に会ってから、たかだか十分二十分そこらで、一郎はガキ大将の仮面の下に隠していた本性を露わにさせられていた。



「お前が籤を引けば、俺は助かるんだ。生贄を差し出したから、俺は見逃してもらえるはずだ」と、自分勝手な妄想をしていた。



 ろくなものではなかった。



 当時の一郎が、自らの醜くさに対する自覚が足りていなかったという愚かさを合わせると、より救いようのない醜悪さだった。



 薄汚い精神活動を続ける一郎の前で、籤屋は、古いゼンマイ仕掛けの玩具がするような手拍子をしながら、秋山を籤に誘っていた。



「はいはい。さあ、引いて引いて引いてよー」



 籤屋が箱を差し出した。



 あとは秋山が籤を引くだけ、一郎が胸を撫で下ろしかけた時、異変が起きた。



「あの、ところで、籤ってどんな風に、その、仕組みになってるんですか? 引く前に教えて欲しいんですけど」



 この後に及んで、秋山は籤屋のシステムを遠慮がちに問い質したのだ。



 時間をてい稼ごうというのだろうか? 一刻も早く解放されたがっている一郎は、酷いイジメにでも遭っているかのように感じた。

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