妄想日記8<<FLOWERS>>

YAMATO

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Chapter5(落日編)

Chapter5-⑦【Negative】

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「明日の10時迄にエクセルを送って下さい。
私の分もそれまでに送りますので、お互いに検証しましょう。」
「ああ、分かった。
必ず時間厳守で送るよ。」
「絶対に今日は直帰して下さい。
間違っても何処かに寄って、パソコン紛失させないで下さいよ。」
別れ際、菜摘が念を押す。
「ああ、約束する。」
手持ちバッグを抱き締め、後ろ姿を見送った。
 
網棚にバッグを置かず、取っ手を握り締める。
パソコンが入っているだけに、かなりの重量だ。
最寄の駅までがひどく遠く感じた。
ポケットの中でスマホが震える。
ヒロムからのラインだ。
『今、INLETにいるんだ。
顔出せないか?』
久し振りの連絡は最悪のタイミングだ。
この二週間、ヒロムから連絡はなかった。
知り合ってから、ヒュウガからラインした事はない。
付き合ってもらっているという負い目が、自分から連絡する事を遠慮させていた。
ヒロムの時間が空いた時に連絡をくれればいい。
自分のラインで、忙しいヒロムの邪魔をしたくない。
そんなネガティブな思考が自らの発信を妨げていた。
 
いや、それはヒロムに対してだけではない。
誰に対しても自分から連絡した事はない。
「そーいえばさ、ヒュウガって自分から連絡してこないよね。」
一度、ソラに聞かれた事がある。
「そっ、そうかな…。
ラインしようと思ったタイミングで、だいたいソラから連絡があるからじゃないかな。
やっぱ俺達って、強く繋がっているからだよ。」
冗談ではぐらかした事をはっきり覚えている。
俺からの連絡を喜ぶ奴はいない。
返信が面倒と思われる位なら、連絡しない方がマシだ。
それに独りには慣れている。
自由気ままな筋トレはそれ程、嫌いではなかった。
 
『ごめん、まだ仕事中なんだ。』
久し振りの返事は嘘から始まる。
『遅くてもいい。
大事な話なんだ。
来てくれないか?』
いつになく強引だ。
ヒロムにしては珍しい。
海外転勤の話を思い出し、不安が過る。
『分かった。
終わり次第向かう。』
次の駅で降り、また逆の電車に乗り換えた。
 
葵ママにエスコートされ、ラウンジに通された。
ジャケットを脱いだヒロムのシャツははち切れそうだ。
その隣でカノンが接客している。
「いらっしゃいませ。」
立ち上がり、隣を空けてくれた。
「連絡出来なくてごめんな。
昨日まで、アメリカに行ってたんだ。
これ土産のネクタイ。」
膨らんだ腕がブランドの袋を差し出す。
「ありがとう。」
真っ赤な顔を初めて見た。
「鞄をお預かりしましょうか?」
膝の上に置いたままのバッグを見て、カノンの手が伸びた。
『絶対に今日は直帰して下さい。』
菜摘の言葉を思い出す。
「いや、大丈夫。
大事な物が入っているから、ここに置いておく。」
見えない菜摘に言い訳をする。
「はい、畏まりました。
ヒロム様と同じソーダ割りで宜しいですか?」
ソフトドリンクの方が良いが、別注文をするのも気が引けた。
「同じ物をお願いします。」
バッグさえ失くさなければ大丈夫と、自分に言い聞かす。
グラスには口を付けるだけだ。
飲みさえしなければ、酔う事はない。
「で、大事な話って何?」
赤い顔に問い掛ける。
「前に転勤の内示が出た話はしたよな?
正式な辞令が出たんだ。」
不安は的中した。
そしてその先が聞きたい。
遠距離で続けるか、それとも終止符を打つのか。
 
(つづく)
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