1 / 145
Chapter1(リクルート編)
Chapter1-①【就活センセーション】
しおりを挟む
「就職、おめでとう。」
ヒロムが目線の高さにグラスを掲げた。
「うん…、ありがとう。」
それに合わせて、グラスを重ねる。
思いの外、大きな音が出てしまい、慌てて周囲を伺う。
やはりこんな高級店は自分には合わない。
「付き合いだして、半年経つな。」
そんな戸惑いを知る由もなく、ヒロムは微笑む。
早く食べて、ここを出たい。
居酒屋の方が余程居心地が良かった。
ヒロムと出会ったのは去年の秋だ。
面接を受けた会社の人事担当だった。
大手の中途採用は人で溢れている。
見るからにエリート然とした応募者に囲まれて、来た事を後悔していた。
面接官の一人として、ヒロムが口を開く。
「当社を落ちたら、次はどうしますか?」
想定外の質問に混乱する。
ネットの想定には載っていない質問だ。
「えっ、えっと…。」
言葉が出てこない。
「すみません、意地の悪い質問でしたね。
では質問を変えましょう。
では当社に受かったと仮定しましょう。
勤めてみたら、実はブラック企業だと分かりました。
あなたはどうしますか?」
代わり映えのない質問だった。
頑張り続けるか、辞めるかの二択だ。
返答に困り、質問者を睨む。
窮屈そうな胸で『釘崎』のプレートが光った。
「釘崎さんの様な聡明な方がいらっしゃる会社がブラック企業とは思えません。
応募して良かったと、思っております。」
両手を握り、神頼みする。
午前中の不出来をリカバリーしたい。
この手の質問に正解はない筈だ。
如何に正解かと思わせるかが、審査のポイントだろう。
どうせ落ちるのだと思うと、気が楽になった。
「どうして私が聡明と思ったのですか?」
「スーツの上から分かる程の筋量です。
理論的なトレーニングでなければ、その肉体には至りません。
理論と実践を兼ねたトレーニングを行っているとお見掛けしたので、聡明と思いまし
た。」
覚悟を決めると、口は勝手に動くものだ。
すらすらと言葉が出てきた。
「あの時のヒュウガの返答には一本取られたよ。
他の面接官がざわついたからな。」
ヒロムも半年前を思い出していた。
「折角面接は満点だったのに、勿体ないことしたな。
一般常識が半分以下じゃ、流石に無理だ。
それでも採用にしろって言ってた面接官もいたけどな。」
ワインを含んだ口は饒舌だ。
「もうその話は止めてくれよ。
調子悪かったんだからさ。」
顔が火照るのはアルコールの所為ばかりではない。
「それよりこのスーツありがとう。
評判良かったよ。」
話題をすり替える。
就活の為にヒロムが買ってくれた物だ。
吊しで良いと言ったのに、強引にオーダーメイド店に連れていかれた。
「既製品はマッチョに向かない。
太股に合わせたら、ウエストはブカブカだからな。
マッチョあるあるだ。」
「でも値段が天地ほど違うし。
プレゼント貰えるだけで、嬉しいよ。」
フィットした上質の生地が身体に馴染んだ。
「お前が毎日着てくれるんだ。
安いもんだぜ。
このスーツは俺の分身だ。
俺と一緒なら緊張しないだろ。」
穏やかな笑顔を肴にワインが進む。
高級なステーキが居心地の悪さを消し去ってくれた。
噛む事なく、口の中で溶けていく。
ヒロムと再会してなければ、こんな穏やかな日々は過ごしていないだろう。
あの日から全てが好転したのだ。
(つづく)
ヒロムが目線の高さにグラスを掲げた。
「うん…、ありがとう。」
それに合わせて、グラスを重ねる。
思いの外、大きな音が出てしまい、慌てて周囲を伺う。
やはりこんな高級店は自分には合わない。
「付き合いだして、半年経つな。」
そんな戸惑いを知る由もなく、ヒロムは微笑む。
早く食べて、ここを出たい。
居酒屋の方が余程居心地が良かった。
ヒロムと出会ったのは去年の秋だ。
面接を受けた会社の人事担当だった。
大手の中途採用は人で溢れている。
見るからにエリート然とした応募者に囲まれて、来た事を後悔していた。
面接官の一人として、ヒロムが口を開く。
「当社を落ちたら、次はどうしますか?」
想定外の質問に混乱する。
ネットの想定には載っていない質問だ。
「えっ、えっと…。」
言葉が出てこない。
「すみません、意地の悪い質問でしたね。
では質問を変えましょう。
では当社に受かったと仮定しましょう。
勤めてみたら、実はブラック企業だと分かりました。
あなたはどうしますか?」
代わり映えのない質問だった。
頑張り続けるか、辞めるかの二択だ。
返答に困り、質問者を睨む。
窮屈そうな胸で『釘崎』のプレートが光った。
「釘崎さんの様な聡明な方がいらっしゃる会社がブラック企業とは思えません。
応募して良かったと、思っております。」
両手を握り、神頼みする。
午前中の不出来をリカバリーしたい。
この手の質問に正解はない筈だ。
如何に正解かと思わせるかが、審査のポイントだろう。
どうせ落ちるのだと思うと、気が楽になった。
「どうして私が聡明と思ったのですか?」
「スーツの上から分かる程の筋量です。
理論的なトレーニングでなければ、その肉体には至りません。
理論と実践を兼ねたトレーニングを行っているとお見掛けしたので、聡明と思いまし
た。」
覚悟を決めると、口は勝手に動くものだ。
すらすらと言葉が出てきた。
「あの時のヒュウガの返答には一本取られたよ。
他の面接官がざわついたからな。」
ヒロムも半年前を思い出していた。
「折角面接は満点だったのに、勿体ないことしたな。
一般常識が半分以下じゃ、流石に無理だ。
それでも採用にしろって言ってた面接官もいたけどな。」
ワインを含んだ口は饒舌だ。
「もうその話は止めてくれよ。
調子悪かったんだからさ。」
顔が火照るのはアルコールの所為ばかりではない。
「それよりこのスーツありがとう。
評判良かったよ。」
話題をすり替える。
就活の為にヒロムが買ってくれた物だ。
吊しで良いと言ったのに、強引にオーダーメイド店に連れていかれた。
「既製品はマッチョに向かない。
太股に合わせたら、ウエストはブカブカだからな。
マッチョあるあるだ。」
「でも値段が天地ほど違うし。
プレゼント貰えるだけで、嬉しいよ。」
フィットした上質の生地が身体に馴染んだ。
「お前が毎日着てくれるんだ。
安いもんだぜ。
このスーツは俺の分身だ。
俺と一緒なら緊張しないだろ。」
穏やかな笑顔を肴にワインが進む。
高級なステーキが居心地の悪さを消し去ってくれた。
噛む事なく、口の中で溶けていく。
ヒロムと再会してなければ、こんな穏やかな日々は過ごしていないだろう。
あの日から全てが好転したのだ。
(つづく)
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる