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Chapter10(続テツオ編)
Chapter10-⑨【恋の去り際】
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横殴りの雨が窓を叩き付ける。
これでは傘を差しても無駄だろう。
大粒の雨が景色を奪っている。
それは何かを訴えている様に聞こえた。
「雨が降ってきた。」
雨は陽子も濡らす。
「シオンさんの写真ばかり出てきたわ。
学生時代の。
まだ知り合う前で、見知らぬシオンさんに嫉妬したの。
新しい職場でシオンさんを見た時は本当に驚いたわ。
殺してやろうかと思った位。」
陽子が首を絞める仕草をした。
「おい、冗談はよしてくれよ。
まさか、あの残業の晩に…。」
「それ程憎らしかったって意味。
でもシオンさんの優しさに触れて、勝てないなぁて思い知ちゃったんだ。
彼は私の写真なんて一枚も撮らなかったわ。」
陽子がストローをティッシュで拭う。
そして頬を押さえた。
「それで彼の背中を押しちゃったの。
柄にもなく、格好付けちゃったんだ。」
「身を引いたって事?」
「そんなんじゃないわ。
オカマの彼氏を振っただけよ。」
陽子が明るく笑う。
「陽子さんは強いな。」
「強くなんかないわ。
本当の事を言うと、きっと戻ってくると信じていたの。
やっぱり陽子が一番だって、笑った彼が迎えに来ると。」
テツオなら言いそうだ。
昔、休講の暇潰しに二人で『卒業』を見た。
それ以来テツオの鼻唄だった『サウンド・オブ・サイレンス』が甦る。
「だけど戻って来なかった。
シオンさんと縒りを戻して。
それで当て付けで、ホクトと付き合ったの。
彼に振り向いて欲しくて。
ホクトには悪い事をしてしまったわ。
妊娠が分かって、動揺しゃったの。
ホクトには何も言わずにこっちへ帰ってきてしまったわ。」
慰めの言葉は浮かばない。
『優しさが、時として…。』
以前、陽子に言われた発言を思い出す。
あの時点で陽子を傷付けていたのだ。
「知らなかったとはいえ、ゴメン…。」
唯一浮かんだ言葉だった。
不幸は連鎖する。
主任もその連鎖に取り込まれていたのだ。
テツオと陽子の逢瀬を薄い窓越しに見ていたのだろう。
テツオの事だから、きっと破廉恥な体位を陽子に求めた筈だ。
『汚れていく陽子ちゃんを見たくなかった。』
主任からすれば、テツオは綺麗な海を汚すプラスチックゴミに見えたとしても仕方な
い。
破棄されたゴミは環境を破壊していくのだ。
『あっ、もしかして…、あの事故は!』
封印していた事故の映像を再生する。
ブレーキの音が喧騒を飲み込む。
何かを避けたバイクが斜めになって突っ込んできた。
暴走するライトがテツオに突き進む。
光の輪の中から影が消える。
『何を避けたんだ?』
シーンを巻き戻すが、既にバイクはバランスを失っていた。
そして耳にスマホを当てた大門の姿で映像は終わる。
肝心な所が切れていた。
『大門は誰と話していた?』
何か大事な事を忘れている気がした。
「もし彼が生きてたら、今頃シオンさんとは恋敵だったわね。」
陽子の冗談で思考は遮断された。
衝動が沸々と沸き上がり、口が勝手に動く。
「なあ、結婚しないか?」
雨音に誘導された。
「えっ?」
「オカマで良ければだけど…。」
只でさえ大きな瞳を更に見開く。
虹彩に能面が映る。
ラバーマスクを被り続けた所為で、表情の変化が乏しくなっていた。
「シオンさんは変わったわ。
外見だけでなく、内面も。
でも、優しさだけは変わらないのね。
私でいいの?」陽子が首を傾げて微笑んだ。
(つづく)
これでは傘を差しても無駄だろう。
大粒の雨が景色を奪っている。
それは何かを訴えている様に聞こえた。
「雨が降ってきた。」
雨は陽子も濡らす。
「シオンさんの写真ばかり出てきたわ。
学生時代の。
まだ知り合う前で、見知らぬシオンさんに嫉妬したの。
新しい職場でシオンさんを見た時は本当に驚いたわ。
殺してやろうかと思った位。」
陽子が首を絞める仕草をした。
「おい、冗談はよしてくれよ。
まさか、あの残業の晩に…。」
「それ程憎らしかったって意味。
でもシオンさんの優しさに触れて、勝てないなぁて思い知ちゃったんだ。
彼は私の写真なんて一枚も撮らなかったわ。」
陽子がストローをティッシュで拭う。
そして頬を押さえた。
「それで彼の背中を押しちゃったの。
柄にもなく、格好付けちゃったんだ。」
「身を引いたって事?」
「そんなんじゃないわ。
オカマの彼氏を振っただけよ。」
陽子が明るく笑う。
「陽子さんは強いな。」
「強くなんかないわ。
本当の事を言うと、きっと戻ってくると信じていたの。
やっぱり陽子が一番だって、笑った彼が迎えに来ると。」
テツオなら言いそうだ。
昔、休講の暇潰しに二人で『卒業』を見た。
それ以来テツオの鼻唄だった『サウンド・オブ・サイレンス』が甦る。
「だけど戻って来なかった。
シオンさんと縒りを戻して。
それで当て付けで、ホクトと付き合ったの。
彼に振り向いて欲しくて。
ホクトには悪い事をしてしまったわ。
妊娠が分かって、動揺しゃったの。
ホクトには何も言わずにこっちへ帰ってきてしまったわ。」
慰めの言葉は浮かばない。
『優しさが、時として…。』
以前、陽子に言われた発言を思い出す。
あの時点で陽子を傷付けていたのだ。
「知らなかったとはいえ、ゴメン…。」
唯一浮かんだ言葉だった。
不幸は連鎖する。
主任もその連鎖に取り込まれていたのだ。
テツオと陽子の逢瀬を薄い窓越しに見ていたのだろう。
テツオの事だから、きっと破廉恥な体位を陽子に求めた筈だ。
『汚れていく陽子ちゃんを見たくなかった。』
主任からすれば、テツオは綺麗な海を汚すプラスチックゴミに見えたとしても仕方な
い。
破棄されたゴミは環境を破壊していくのだ。
『あっ、もしかして…、あの事故は!』
封印していた事故の映像を再生する。
ブレーキの音が喧騒を飲み込む。
何かを避けたバイクが斜めになって突っ込んできた。
暴走するライトがテツオに突き進む。
光の輪の中から影が消える。
『何を避けたんだ?』
シーンを巻き戻すが、既にバイクはバランスを失っていた。
そして耳にスマホを当てた大門の姿で映像は終わる。
肝心な所が切れていた。
『大門は誰と話していた?』
何か大事な事を忘れている気がした。
「もし彼が生きてたら、今頃シオンさんとは恋敵だったわね。」
陽子の冗談で思考は遮断された。
衝動が沸々と沸き上がり、口が勝手に動く。
「なあ、結婚しないか?」
雨音に誘導された。
「えっ?」
「オカマで良ければだけど…。」
只でさえ大きな瞳を更に見開く。
虹彩に能面が映る。
ラバーマスクを被り続けた所為で、表情の変化が乏しくなっていた。
「シオンさんは変わったわ。
外見だけでなく、内面も。
でも、優しさだけは変わらないのね。
私でいいの?」陽子が首を傾げて微笑んだ。
(つづく)
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