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Chapter13(生誕編)
Chapter13-①【君が思い出になる前に】
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ボディビルを初めて、丁度一年が経過した。
どんなに辛いトレーニングも苦にならない。
自分に合う競技と出会えた事が大きかった。
順調に肥大していく筋肉を目の当たりにし、一層ボディビルにのめり込んだ。
この一年はリョウにとって、最高の年だった。
先月の躓きを除けばだが。
今年、ロサンゼルスで開催されるオリンピックには、活躍が期待されるレスリング選
手が大勢いた。
同じ57キロ級の富山英明選手と1つ上の階級の赤石光生選手に注目している。
特に1学年しか変わらない赤石選手は憧れの存在だ。
リョウにとってリアルにオリンピックを体験するのは初めてだった。
日本は前回のモスクワをボイコットしたので、その前のモントリオールになると小学
生だったので記憶がない。
同じ時に憧れの選手を応援出来るかと思うと、弥が上にも気分は盛り上がった。
レスリングではインターハイに出場し、校長から表彰状を貰った。
体育館の舞台から眺めた景色は決して忘れないだろう。
ボディビルでもジュニアの部で入賞出来た。
会長はえらく喜び、窓一面にリョウの名前を張り出したくらいだ。
校内新聞からも取材を受け、一躍時の人となった。
結果が伴えば、益々やる気が出る。
レスリングは進学先にあるか分からない。
それを加味すると、ボディビルに比重が傾いた。
躓きはその進学先について、両親と揉めた事だった。
リョウは東京にある映像関係の専門学校を望んだ。
しかし自分の会社を任せたい父親は頑なに反対した。
何が何でも、経済学部のある大学以外は認めないと言い張る。
12月に入っても、そんな言い争いが続いた。
そのうち折れると高を括っていた父親が、頑として翻意しない。
父親を見くびっていたのだ。
同じ血が流れている事を実感する。
そこでリョウは作戦を立てた。
冬休みに入った昼下がり、普段から持ち歩いているナイフで手首を切る。
狂言自殺だった。
少し手首を切り、昼飯に呼びに来る桃に発見させる作戦だ。
ところが思いの外、血が大量に出た。
リョウは驚き、階下に向かって叫ぶ。
「血が、血が止まらないんだ!」
溢れ出る血をただ眺め、桃に泣き付いた。
しかしそれが幸いして、父親が考えを翻した。
「死んだら、元も子もないからな。
但し大学には行ってくれ。
学部は問わんから。」
入院先に駆け付けた父親が寂しげに言う。
「ゴメン。ありがとう…。」
リョウは笑いを堪え、神妙さを装った。
後は簡単だ。
大学なんて、こちらが望んでも、落ちる事は目に見えている。
結果的には専門学校に行く事になるだろう。
布団に包まり、声を殺して笑った。
しかし誤算がひとつ出た。
映像学科のある大学の入試試験は空白ばかりの提出となった。
解答用紙を埋める事の出来なかったリョウは校門の手前で振り返る。
裸木の並ぶ道の奥に、重厚な校舎が見えた。
大学ならレスリング部もあるだろう。
少し惜しい気もする。
今更ながら、勉強不足を後悔した。
ここには二度と来ることはないと、北風に向かって駅へ向かう。
ところが大学から届いた通知は『合格』だった。
嬉しい誤算だ。
リョウは初めて世の中、金だと肌身で思い知る。
進学先も決まり、卒業までカウントダウンとなった。
リョウは二輪免許の取得の為に、教習所へ通い出す。
東京での生活にバイクは必需品だ。
お年玉を注ぎ込み、足りない費用は母親に無心した。
二輪免許さえ取ってしまえば、高校生活にやり残した事はない。
自転車で教習所に向かう。
時間に少し余裕があった。
駅前のファーストフードに寄って行こうと、自転車を停める。
店のガラス窓の向こうに、イオリと話しているジュンヤの姿が見えた。
ノートに何やら書き込みながら、笑っている。
ジュンヤは三年になると、進学クラスに移っていた。
クラスも変わり、四月以降一切話していない。
『やり残した事が、ひとつあった!』
ジュンヤの屈託のない笑顔を見ていると、メラメラと憎悪を感情が沸き立った。
『ジュンヤが泣き叫び、懺悔する映像を撮っておかないとな。』
別のファーストフードに入り、シナリオ作りに没頭する。
(つづく)
どんなに辛いトレーニングも苦にならない。
自分に合う競技と出会えた事が大きかった。
順調に肥大していく筋肉を目の当たりにし、一層ボディビルにのめり込んだ。
この一年はリョウにとって、最高の年だった。
先月の躓きを除けばだが。
今年、ロサンゼルスで開催されるオリンピックには、活躍が期待されるレスリング選
手が大勢いた。
同じ57キロ級の富山英明選手と1つ上の階級の赤石光生選手に注目している。
特に1学年しか変わらない赤石選手は憧れの存在だ。
リョウにとってリアルにオリンピックを体験するのは初めてだった。
日本は前回のモスクワをボイコットしたので、その前のモントリオールになると小学
生だったので記憶がない。
同じ時に憧れの選手を応援出来るかと思うと、弥が上にも気分は盛り上がった。
レスリングではインターハイに出場し、校長から表彰状を貰った。
体育館の舞台から眺めた景色は決して忘れないだろう。
ボディビルでもジュニアの部で入賞出来た。
会長はえらく喜び、窓一面にリョウの名前を張り出したくらいだ。
校内新聞からも取材を受け、一躍時の人となった。
結果が伴えば、益々やる気が出る。
レスリングは進学先にあるか分からない。
それを加味すると、ボディビルに比重が傾いた。
躓きはその進学先について、両親と揉めた事だった。
リョウは東京にある映像関係の専門学校を望んだ。
しかし自分の会社を任せたい父親は頑なに反対した。
何が何でも、経済学部のある大学以外は認めないと言い張る。
12月に入っても、そんな言い争いが続いた。
そのうち折れると高を括っていた父親が、頑として翻意しない。
父親を見くびっていたのだ。
同じ血が流れている事を実感する。
そこでリョウは作戦を立てた。
冬休みに入った昼下がり、普段から持ち歩いているナイフで手首を切る。
狂言自殺だった。
少し手首を切り、昼飯に呼びに来る桃に発見させる作戦だ。
ところが思いの外、血が大量に出た。
リョウは驚き、階下に向かって叫ぶ。
「血が、血が止まらないんだ!」
溢れ出る血をただ眺め、桃に泣き付いた。
しかしそれが幸いして、父親が考えを翻した。
「死んだら、元も子もないからな。
但し大学には行ってくれ。
学部は問わんから。」
入院先に駆け付けた父親が寂しげに言う。
「ゴメン。ありがとう…。」
リョウは笑いを堪え、神妙さを装った。
後は簡単だ。
大学なんて、こちらが望んでも、落ちる事は目に見えている。
結果的には専門学校に行く事になるだろう。
布団に包まり、声を殺して笑った。
しかし誤算がひとつ出た。
映像学科のある大学の入試試験は空白ばかりの提出となった。
解答用紙を埋める事の出来なかったリョウは校門の手前で振り返る。
裸木の並ぶ道の奥に、重厚な校舎が見えた。
大学ならレスリング部もあるだろう。
少し惜しい気もする。
今更ながら、勉強不足を後悔した。
ここには二度と来ることはないと、北風に向かって駅へ向かう。
ところが大学から届いた通知は『合格』だった。
嬉しい誤算だ。
リョウは初めて世の中、金だと肌身で思い知る。
進学先も決まり、卒業までカウントダウンとなった。
リョウは二輪免許の取得の為に、教習所へ通い出す。
東京での生活にバイクは必需品だ。
お年玉を注ぎ込み、足りない費用は母親に無心した。
二輪免許さえ取ってしまえば、高校生活にやり残した事はない。
自転車で教習所に向かう。
時間に少し余裕があった。
駅前のファーストフードに寄って行こうと、自転車を停める。
店のガラス窓の向こうに、イオリと話しているジュンヤの姿が見えた。
ノートに何やら書き込みながら、笑っている。
ジュンヤは三年になると、進学クラスに移っていた。
クラスも変わり、四月以降一切話していない。
『やり残した事が、ひとつあった!』
ジュンヤの屈託のない笑顔を見ていると、メラメラと憎悪を感情が沸き立った。
『ジュンヤが泣き叫び、懺悔する映像を撮っておかないとな。』
別のファーストフードに入り、シナリオ作りに没頭する。
(つづく)
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