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Chapter12(青い鳥編)
Chapter12-⑦【僕らのユリイカ】
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三月に入ったある日、母親が声を掛けてきた。
「ねぇ、リョウちゃん。
月末に沖縄で講演を頼まれたの。
春休みの時期だから、一緒にどうかしら。」
「留守番してるから、一人で行ってきなよ。」
リョウはテレビに視線を向けたまま納豆を掻き回す。
春休みは集中してトレーニングが出来る大切な時期だ。
母親と呑気に旅行している場合ではない。
「そう、残念ね。
ねぇ、桃さん、悪いけど日焼け止めを買っておいてもらえないかしら。
沖縄の四月って、もう日差しが強くて、日焼けしてしまうらしいの。」
母親は大して残念そうな素振りも見せず、桃に買い物を頼む。
この一言がリョウの気持ちを一変させた。
ビルダーはトレーニング以上に日焼けする事が重要だ。
会長は自宅を改装し、大きなベランダを作ったと自慢していた。
真冬でも黒々とした会長の筋肉はとても質が良く見える。
高校生のリョウは昼間に焼く事が出来ず、常日頃から色白の筋肉に不満を抱いてい
た。
「沖縄はもう日焼け出来るの?」
箸を置いて聞く。
「お天気にもよるけど、晴れると汗ばむ陽気らしいのよ。」
色白の母親が顔を顰める。
「なら、行ってみようかな。
もうこの寒さにはウンザリなんだ。」
リョウは霜焼けの手で箸を持ち直した。
「なら、行って来るよ。」
ドアから顔を出した母親に声を掛ける。
ビデオの重みが両肩に伸し掛かった。
「六時からここでパーティーだから、遅れないで頂戴。
それとちゃんと学生服を着てくるのよ。」
母親が招待状と一万円札を手渡す。
「うん、分かってるよ。
じゃあ、行って来る。」
リョウは招待状と札をポケットに捩込むと、エレベーターホールへ向かう。
自動ドアを出ると、ムッとした熱気が襲って来た。
見上げると、青と白のコントラストが眩しい。
発達した入道雲はもう夏を感じさせた。
交差点脇の電話ボックスに入る。
テレフォンカードを入れ、手慣れた番号を押す。
大阪と同じ要領だといいのだが。
祈る気持ちで暗証番号を入れてみる。
すると最初のメッセージが流れてきた。
「ビンゴ!」次々に聞いていく。
目的のメッセージは入ってない。
諦めた瞬間、耳に強く受話器を押し当てた。
『今日も暑いな。
する事ないからミイバルで日焼けしてる。
誰か来んかな?』
「ミイバルに行きたいのですが。
幾らくらい掛かりますか?」
道端でタバコを吸っていたタクシーの運転手に声を掛ける。
運転手は値踏みする様にジロジロと見た。
この一週間、髭を剃っていない。
この風貌に加え、自慢の筋肉に張り付いたタンクトップとスパッツ姿では、まず十代
には見られない筈だ。
「ビーチまでか?
まあ、三千円ちょいで着くやろ。
乗ってくか?」
運転手は靴でタバコを揉み消した。
「今日は道が空いとるな。
去年は復帰10周年で、12月のパレードには機動隊も出てきて大変な騒ぎだったさ。」
運転手がバックミラー越しに話し掛けてくる。
余程人相が悪く見えるらしく、落ち着かない様子だ。
「そうなんすか。
10年前、ここは外国だったんすね。」
曖昧な感想を口にすると、重くなった瞼を閉じた。
もう30分近く歩いているが、それらしき人はいない。
タクシーを降りて最初に着いた浜には結構人が集まっていたが、段々疎らになってき
た。
砂浜には岩場が増え、もう諦めようかと後ろを振り返る。
目印にした建物が陽炎の中で揺れていた。
後10分頑張ってみ様と、重い足を先に進める。
岩を跨ぎ、見えないゴールを目指すが、砂浜は遂に海へ没した。
誰もいないのは不本意だが、本来の目的は日焼けだと諦める。
ビニールシートを敷けそうな空間を探すと、崖の下に白砂が見えた。
手前の大きな岩を上り、小さな空間を見下ろす。
「あっ!」思わず声が漏れる。
空間には全裸で寝てるた先客がいた。
気配を感じた男が薄目を開ける。
掌で太陽を遮り、逆光となったリョウをジロジロと見た。
砂浜のスペースを考えると、二人では狭い。
岩場の上から辺りを見回す。
男の足元に奇っ怪な形の岩があり、その反対側により小さな砂場を発見した。
足を延ばせそうもないが、何とかなるだろう。
勢いをつけてジャンプし、その空間へ飛び降りた。
タンクトップと脱ぎ捨て、Tバック姿になる。
持ってきたサンオイルをふんだんに塗りたくった。
暫く寝ていると、滝の様な汗が全身を覆う。
タオルを取ろうとして、半身を起こす。
先程見た奇っ怪な岩の下が、空洞になっている事に気付いた。
波の侵食により、削り取られたのだろう。
「…!」その空洞の奥から鋭い眼光が覗いていた。
(つづく)
「ねぇ、リョウちゃん。
月末に沖縄で講演を頼まれたの。
春休みの時期だから、一緒にどうかしら。」
「留守番してるから、一人で行ってきなよ。」
リョウはテレビに視線を向けたまま納豆を掻き回す。
春休みは集中してトレーニングが出来る大切な時期だ。
母親と呑気に旅行している場合ではない。
「そう、残念ね。
ねぇ、桃さん、悪いけど日焼け止めを買っておいてもらえないかしら。
沖縄の四月って、もう日差しが強くて、日焼けしてしまうらしいの。」
母親は大して残念そうな素振りも見せず、桃に買い物を頼む。
この一言がリョウの気持ちを一変させた。
ビルダーはトレーニング以上に日焼けする事が重要だ。
会長は自宅を改装し、大きなベランダを作ったと自慢していた。
真冬でも黒々とした会長の筋肉はとても質が良く見える。
高校生のリョウは昼間に焼く事が出来ず、常日頃から色白の筋肉に不満を抱いてい
た。
「沖縄はもう日焼け出来るの?」
箸を置いて聞く。
「お天気にもよるけど、晴れると汗ばむ陽気らしいのよ。」
色白の母親が顔を顰める。
「なら、行ってみようかな。
もうこの寒さにはウンザリなんだ。」
リョウは霜焼けの手で箸を持ち直した。
「なら、行って来るよ。」
ドアから顔を出した母親に声を掛ける。
ビデオの重みが両肩に伸し掛かった。
「六時からここでパーティーだから、遅れないで頂戴。
それとちゃんと学生服を着てくるのよ。」
母親が招待状と一万円札を手渡す。
「うん、分かってるよ。
じゃあ、行って来る。」
リョウは招待状と札をポケットに捩込むと、エレベーターホールへ向かう。
自動ドアを出ると、ムッとした熱気が襲って来た。
見上げると、青と白のコントラストが眩しい。
発達した入道雲はもう夏を感じさせた。
交差点脇の電話ボックスに入る。
テレフォンカードを入れ、手慣れた番号を押す。
大阪と同じ要領だといいのだが。
祈る気持ちで暗証番号を入れてみる。
すると最初のメッセージが流れてきた。
「ビンゴ!」次々に聞いていく。
目的のメッセージは入ってない。
諦めた瞬間、耳に強く受話器を押し当てた。
『今日も暑いな。
する事ないからミイバルで日焼けしてる。
誰か来んかな?』
「ミイバルに行きたいのですが。
幾らくらい掛かりますか?」
道端でタバコを吸っていたタクシーの運転手に声を掛ける。
運転手は値踏みする様にジロジロと見た。
この一週間、髭を剃っていない。
この風貌に加え、自慢の筋肉に張り付いたタンクトップとスパッツ姿では、まず十代
には見られない筈だ。
「ビーチまでか?
まあ、三千円ちょいで着くやろ。
乗ってくか?」
運転手は靴でタバコを揉み消した。
「今日は道が空いとるな。
去年は復帰10周年で、12月のパレードには機動隊も出てきて大変な騒ぎだったさ。」
運転手がバックミラー越しに話し掛けてくる。
余程人相が悪く見えるらしく、落ち着かない様子だ。
「そうなんすか。
10年前、ここは外国だったんすね。」
曖昧な感想を口にすると、重くなった瞼を閉じた。
もう30分近く歩いているが、それらしき人はいない。
タクシーを降りて最初に着いた浜には結構人が集まっていたが、段々疎らになってき
た。
砂浜には岩場が増え、もう諦めようかと後ろを振り返る。
目印にした建物が陽炎の中で揺れていた。
後10分頑張ってみ様と、重い足を先に進める。
岩を跨ぎ、見えないゴールを目指すが、砂浜は遂に海へ没した。
誰もいないのは不本意だが、本来の目的は日焼けだと諦める。
ビニールシートを敷けそうな空間を探すと、崖の下に白砂が見えた。
手前の大きな岩を上り、小さな空間を見下ろす。
「あっ!」思わず声が漏れる。
空間には全裸で寝てるた先客がいた。
気配を感じた男が薄目を開ける。
掌で太陽を遮り、逆光となったリョウをジロジロと見た。
砂浜のスペースを考えると、二人では狭い。
岩場の上から辺りを見回す。
男の足元に奇っ怪な形の岩があり、その反対側により小さな砂場を発見した。
足を延ばせそうもないが、何とかなるだろう。
勢いをつけてジャンプし、その空間へ飛び降りた。
タンクトップと脱ぎ捨て、Tバック姿になる。
持ってきたサンオイルをふんだんに塗りたくった。
暫く寝ていると、滝の様な汗が全身を覆う。
タオルを取ろうとして、半身を起こす。
先程見た奇っ怪な岩の下が、空洞になっている事に気付いた。
波の侵食により、削り取られたのだろう。
「…!」その空洞の奥から鋭い眼光が覗いていた。
(つづく)
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