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Chapter12(青い鳥編)
Chapter12-①【Perfect Crime】
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「先生、どう思う?」
勉強が終わると、ジュンヤが相談してきた。
リョウの変貌振りに戸惑っていたのだ。
「幾ら何でも、シカトしなくても!」
ジュンヤは憤慨を装い、淋しさを押し隠す。
「そうだな。
ベクトルの方向性が変わったんだろう。
ジュンヤ君も図書館通いの奴とは友達にならないだろ?
思春期だから、趣味嗜好は変わるさ。
そのベクトルがジュンヤ君と少し離れただけだよ。
また元に戻るかもしれないし、このまま疎遠になるかもしれない。
これは自然の流れに任せた方がいいぞ。
それにリョウ君の家庭教師はクビになったんだ。」
イオリはそう締め括ると、教材を片付け出す。
「ク、クビって?
俺が指定席のバカ一を脱出したから、あいつがクラスのドンケツだぜ!」
ジュンヤが仰天した。
「リョウ君は塾に通うそうだ。
やっとやる気を出したと、お母さんも喜んでいたよ。」
母親から聞いた事を伝える。
「リョウが?塾に?」
ジュンヤは信じていない様子だった。
ヨウは新年会で遅くなると言っていた。
久し振りに飲みに行く事を思い立つ。
『人間万事塞翁が馬』
ふとこの故事を思い出す。
本人より早く、イオリはリョウの中に潜む怪物に気が付いていた。
『怪物が覚醒しつつあるんだ。』
リョウの変貌はなるべくしてなった。
だから二人が疎遠になる事は、却って好都合だ。
今は不実に思える事が、後に幸いとなる事がある。
ジュンヤは今後も日向を歩き続ける人間だ。
このままリョウと共にいれば、必ず足元を掬われる。
そうなる前にリョウと距離が出来た事に、胸を撫で下ろす。
だがイオリはひとつ大きな失考をしていた。
リョウの中の怪物は既に覚醒していたのだ。
イオリは大阪に来てから、数える程しか飲みに出ていない。
当然、顔見知りの店などない。
途方にくれていると、ブーツを穿いた男がイオリを追い抜いて行った。
男はタイトなジーンズと革のライダースを着ている。
忙しなく歩く男のローライズジーンズから、尻が見え隠れする。
『100%ゲイだな。』
イオリはクスリと笑う。
男の後を追ってみる。
雑居ビルの一階の扉を開け、姿を消した。
閉まった扉で、会員制スナックと書かれたプレートが揺れている。
余程乱暴に閉めたのだろう。
暫く待ってから、イオリもその扉を引いてみる。
「あの野郎、今度見付けたら、ぶっ殺してやる!」
中から男の声が聞こえてきた。
躊躇いがちに扉を閉める。
「いらっしゃい!
あら、ナリさん、穏やかじゃないわね。」
ママが前半はイオリに、後半は男に言った。
店内はママと客一人だけだ。
イオリは男からひとつ席を置いたカウンター席に通された。
「高校生だと思って油断したぜ。ロックおかわり!」
男はロックを一気に空けると、空のグラスをカウンターに置く。
「あんな風に意識を失った事なんか、今まで一度もないぜ。
絶対、一服盛りやがったんだ!」
男の怒りは納まらない。
イオリはビールを飲みながら、黙って話を聞いていた。
「まさか、高校生がそんな事するかしら?
何か取られたの?」
ママがイオリの前にお通しを置くと、男に聞く。
「ああ、色々取られた。」
更にロックを呷る。
「だったら警察に届けた方がいいんじゃない?」
ママが助言した。
「…。」男は黙ったまま唇を噛んだ。
「最近の高校生は怖いですね。」
男に話し掛ける。
男は一時イオリの顔を眺め、口を開いた。
「あいつは特別だ。」
吐き捨てる様な言い方に苛立ちが滲む。
「あら、始めてかしら?」
ママが割って入る。
名刺をカウンターに置く。
「ええ、始めてです。
イオリです。」
それを受け取り、本名を名乗る。
「私はキャサリン。
この荒れているのはナリヒラさん。
宜しくお願いします。」
丁寧に頭を下げた。
「何がキャサリンだ。
本名はキヨシだろ。
おかわり!」
ナリヒラが茶々を入れる。
ママがナリヒラを睨んだ。
「高校生の名前や住所は分からないんですか?」
核心を聞き出す。
「名前はリョウ。
一度送った事あるけど、大通りで降ろしたから、詳しい場所までは分かんねぇんだ。
名前も本名か、分かんねぇしな!チッ!」
ナリヒラが悔しそうに舌打ちする。
『やはりリョウか!』
恐れていた事が遂に起こった。
こんなに早く犯罪を起こすとは想定外だ。
リョウが盗んだのは、きっと警察には言い難い物だろう。
「兄ちゃんもスキンヘッドの高校生には気を付けろよ。
あんなに色々…、面倒見てやったのによ…。」
ナリヒラが呂律の回らない口調で忠告した。
聞きたい事は山ほどあるが、乱れた語勢では無理そうだ。
イオリは暗い気持ちで、店を後にした。
(つづく)
勉強が終わると、ジュンヤが相談してきた。
リョウの変貌振りに戸惑っていたのだ。
「幾ら何でも、シカトしなくても!」
ジュンヤは憤慨を装い、淋しさを押し隠す。
「そうだな。
ベクトルの方向性が変わったんだろう。
ジュンヤ君も図書館通いの奴とは友達にならないだろ?
思春期だから、趣味嗜好は変わるさ。
そのベクトルがジュンヤ君と少し離れただけだよ。
また元に戻るかもしれないし、このまま疎遠になるかもしれない。
これは自然の流れに任せた方がいいぞ。
それにリョウ君の家庭教師はクビになったんだ。」
イオリはそう締め括ると、教材を片付け出す。
「ク、クビって?
俺が指定席のバカ一を脱出したから、あいつがクラスのドンケツだぜ!」
ジュンヤが仰天した。
「リョウ君は塾に通うそうだ。
やっとやる気を出したと、お母さんも喜んでいたよ。」
母親から聞いた事を伝える。
「リョウが?塾に?」
ジュンヤは信じていない様子だった。
ヨウは新年会で遅くなると言っていた。
久し振りに飲みに行く事を思い立つ。
『人間万事塞翁が馬』
ふとこの故事を思い出す。
本人より早く、イオリはリョウの中に潜む怪物に気が付いていた。
『怪物が覚醒しつつあるんだ。』
リョウの変貌はなるべくしてなった。
だから二人が疎遠になる事は、却って好都合だ。
今は不実に思える事が、後に幸いとなる事がある。
ジュンヤは今後も日向を歩き続ける人間だ。
このままリョウと共にいれば、必ず足元を掬われる。
そうなる前にリョウと距離が出来た事に、胸を撫で下ろす。
だがイオリはひとつ大きな失考をしていた。
リョウの中の怪物は既に覚醒していたのだ。
イオリは大阪に来てから、数える程しか飲みに出ていない。
当然、顔見知りの店などない。
途方にくれていると、ブーツを穿いた男がイオリを追い抜いて行った。
男はタイトなジーンズと革のライダースを着ている。
忙しなく歩く男のローライズジーンズから、尻が見え隠れする。
『100%ゲイだな。』
イオリはクスリと笑う。
男の後を追ってみる。
雑居ビルの一階の扉を開け、姿を消した。
閉まった扉で、会員制スナックと書かれたプレートが揺れている。
余程乱暴に閉めたのだろう。
暫く待ってから、イオリもその扉を引いてみる。
「あの野郎、今度見付けたら、ぶっ殺してやる!」
中から男の声が聞こえてきた。
躊躇いがちに扉を閉める。
「いらっしゃい!
あら、ナリさん、穏やかじゃないわね。」
ママが前半はイオリに、後半は男に言った。
店内はママと客一人だけだ。
イオリは男からひとつ席を置いたカウンター席に通された。
「高校生だと思って油断したぜ。ロックおかわり!」
男はロックを一気に空けると、空のグラスをカウンターに置く。
「あんな風に意識を失った事なんか、今まで一度もないぜ。
絶対、一服盛りやがったんだ!」
男の怒りは納まらない。
イオリはビールを飲みながら、黙って話を聞いていた。
「まさか、高校生がそんな事するかしら?
何か取られたの?」
ママがイオリの前にお通しを置くと、男に聞く。
「ああ、色々取られた。」
更にロックを呷る。
「だったら警察に届けた方がいいんじゃない?」
ママが助言した。
「…。」男は黙ったまま唇を噛んだ。
「最近の高校生は怖いですね。」
男に話し掛ける。
男は一時イオリの顔を眺め、口を開いた。
「あいつは特別だ。」
吐き捨てる様な言い方に苛立ちが滲む。
「あら、始めてかしら?」
ママが割って入る。
名刺をカウンターに置く。
「ええ、始めてです。
イオリです。」
それを受け取り、本名を名乗る。
「私はキャサリン。
この荒れているのはナリヒラさん。
宜しくお願いします。」
丁寧に頭を下げた。
「何がキャサリンだ。
本名はキヨシだろ。
おかわり!」
ナリヒラが茶々を入れる。
ママがナリヒラを睨んだ。
「高校生の名前や住所は分からないんですか?」
核心を聞き出す。
「名前はリョウ。
一度送った事あるけど、大通りで降ろしたから、詳しい場所までは分かんねぇんだ。
名前も本名か、分かんねぇしな!チッ!」
ナリヒラが悔しそうに舌打ちする。
『やはりリョウか!』
恐れていた事が遂に起こった。
こんなに早く犯罪を起こすとは想定外だ。
リョウが盗んだのは、きっと警察には言い難い物だろう。
「兄ちゃんもスキンヘッドの高校生には気を付けろよ。
あんなに色々…、面倒見てやったのによ…。」
ナリヒラが呂律の回らない口調で忠告した。
聞きたい事は山ほどあるが、乱れた語勢では無理そうだ。
イオリは暗い気持ちで、店を後にした。
(つづく)
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