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Chapter5(楽園編)
Chapter5-⑦【ただ泣きたくなるの】
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「お前、馬鹿か?
あれ程、あの男には関わるなと言っただろう!」
ソウイチロウの大声が観覧車の中に響く。
イオリは返す言葉もない。
「あのジムのトレーナーが好きなのか?」
今度は声音を落として聞いてきた。
またしても返事に詰まる。
好きというよりも、同類相憐れむと言った感が強い。
「イソップのコウモリの話を知ってるか?」
唐突な質問だった。
「勿論、知ってるけど。」
イオリは質問の真意が分かり兼ねた。
「あのトレーナーはコウモリだ。
ゴウの前では獣を名乗り、イオリの前では鳥になる。」
ソウイチロウが降りる準備をする。
イオリは童話を比喩した話を理解した。
そういわれれば、ジョージにはそんな面があるかもしれない。
しかしそれは優しい男の持つ、優柔不断さの表れの様な気もした。
「もう二人とは会わないと、約束出来るか?」
扉が開き、降り際に聞く。
「でもジムに行けば、ジョージには会うし…。」
イオリはまだ納得しきれない。
階段を降りながら、ジョージの笑顔を思い出す。
『そんなに悪い奴じゃないんだけどなぁ。』
イオリは胸中呟く。
「破滅したかったら、好きにしろ!
大体、お前だって薄々感じていたから、おいらに相談したんじゃないか?」
ソウイチロウが図星を指す。
「ねぇ、少し歩かない?」
イオリは夜風に当たりたかった。
「構わんぜ。」
ソウイチロウは怒ったのか、すたすたと歩き出す。
イオリは広い背中を追った。
「ねぇ、待ってよ!」
イオリは息を切らす。
「あっ、わりぃ。考え事してた。」
ソウイチロウは歩みを止め、振り返る。
『別に怒ってた訳じゃないんだ。』
イオリは胸を撫で下ろす。
遠くに光り輝く観覧車が見えた。
「おいら、何故かイオリの事がほって置けないんだ。
一回やったくらいで、自分でも不思議なんだけど。」
ソウイチロウが照れ臭さそうに頭を掻く。
イオリは汗に濡れた張り裂けそうなタンクトップが気になった。
胸中を打ち明けてくれたのに、別の事に思考が向いている。
アナルの思惑が、思考より勝っていた。
もうイオリの中からヨウの姿は消えていた。
イオリはソウイチロウに歩み寄り、その手を握る。
「この拳が欲しいんだ。」
イオリの中で炎が燃え盛っていた。
「勝手な奴だ。
家に来るか?」
ソウイチロウが笑みを零す。
イオリは服を脱ぎ捨てる。
「おいおい、何してるんだ?」
さすがのソウイチロウも狼狽えた。
「暑いんだ。身体が火照るんだよ。」
下着姿になったイオリはソウイチロウに抱き着く。
湿ったタンクトップが顔に当たり心地好い。
「馬鹿か!」いつ人が来るかと、ソウイチロウは気が気でない。
「とりあえずこれを着ろ!」
ジャージを無理矢理着せる。
ソウイチロウは道端に落ちている服を拾い上げた。
イオリの手を引っ張り、大通りに向かう。
丁度通り掛かったタクシーを停め、イオリを押し乗り込む。
「今日は帰れ。相方に心配掛けるな。
家に着いたら、電話しろ。」
運転手に行き先を告げ、金を渡す。
ドアが閉まり、タクシーは流れに乗ってテールランプが小さくなる。
それを見送ったソウイチロウは口笛を吹く。
『やっぱ、こいつしかいない!』
イオリの豹変振りを目の当たりにし、ソウイチロウは確信した。
「窓開けていいですか?」
イオリが運転手に聞く。
「ああ、いいよ。ならエアコン切っとくよ。」
運転手はラジオに夢中らしく、イオリを気に留めている気配はない。
『嫌われちゃったかな。』
涙が夜風に飛ばされた。
恋よりも温かい、ぬくもりが欲しい。
都合のよい話だが、身体がヨウではなく、ソウイチロウを求めた。
それを伝える術を、今の方法しか思い付かなかった。
(つづく)
あれ程、あの男には関わるなと言っただろう!」
ソウイチロウの大声が観覧車の中に響く。
イオリは返す言葉もない。
「あのジムのトレーナーが好きなのか?」
今度は声音を落として聞いてきた。
またしても返事に詰まる。
好きというよりも、同類相憐れむと言った感が強い。
「イソップのコウモリの話を知ってるか?」
唐突な質問だった。
「勿論、知ってるけど。」
イオリは質問の真意が分かり兼ねた。
「あのトレーナーはコウモリだ。
ゴウの前では獣を名乗り、イオリの前では鳥になる。」
ソウイチロウが降りる準備をする。
イオリは童話を比喩した話を理解した。
そういわれれば、ジョージにはそんな面があるかもしれない。
しかしそれは優しい男の持つ、優柔不断さの表れの様な気もした。
「もう二人とは会わないと、約束出来るか?」
扉が開き、降り際に聞く。
「でもジムに行けば、ジョージには会うし…。」
イオリはまだ納得しきれない。
階段を降りながら、ジョージの笑顔を思い出す。
『そんなに悪い奴じゃないんだけどなぁ。』
イオリは胸中呟く。
「破滅したかったら、好きにしろ!
大体、お前だって薄々感じていたから、おいらに相談したんじゃないか?」
ソウイチロウが図星を指す。
「ねぇ、少し歩かない?」
イオリは夜風に当たりたかった。
「構わんぜ。」
ソウイチロウは怒ったのか、すたすたと歩き出す。
イオリは広い背中を追った。
「ねぇ、待ってよ!」
イオリは息を切らす。
「あっ、わりぃ。考え事してた。」
ソウイチロウは歩みを止め、振り返る。
『別に怒ってた訳じゃないんだ。』
イオリは胸を撫で下ろす。
遠くに光り輝く観覧車が見えた。
「おいら、何故かイオリの事がほって置けないんだ。
一回やったくらいで、自分でも不思議なんだけど。」
ソウイチロウが照れ臭さそうに頭を掻く。
イオリは汗に濡れた張り裂けそうなタンクトップが気になった。
胸中を打ち明けてくれたのに、別の事に思考が向いている。
アナルの思惑が、思考より勝っていた。
もうイオリの中からヨウの姿は消えていた。
イオリはソウイチロウに歩み寄り、その手を握る。
「この拳が欲しいんだ。」
イオリの中で炎が燃え盛っていた。
「勝手な奴だ。
家に来るか?」
ソウイチロウが笑みを零す。
イオリは服を脱ぎ捨てる。
「おいおい、何してるんだ?」
さすがのソウイチロウも狼狽えた。
「暑いんだ。身体が火照るんだよ。」
下着姿になったイオリはソウイチロウに抱き着く。
湿ったタンクトップが顔に当たり心地好い。
「馬鹿か!」いつ人が来るかと、ソウイチロウは気が気でない。
「とりあえずこれを着ろ!」
ジャージを無理矢理着せる。
ソウイチロウは道端に落ちている服を拾い上げた。
イオリの手を引っ張り、大通りに向かう。
丁度通り掛かったタクシーを停め、イオリを押し乗り込む。
「今日は帰れ。相方に心配掛けるな。
家に着いたら、電話しろ。」
運転手に行き先を告げ、金を渡す。
ドアが閉まり、タクシーは流れに乗ってテールランプが小さくなる。
それを見送ったソウイチロウは口笛を吹く。
『やっぱ、こいつしかいない!』
イオリの豹変振りを目の当たりにし、ソウイチロウは確信した。
「窓開けていいですか?」
イオリが運転手に聞く。
「ああ、いいよ。ならエアコン切っとくよ。」
運転手はラジオに夢中らしく、イオリを気に留めている気配はない。
『嫌われちゃったかな。』
涙が夜風に飛ばされた。
恋よりも温かい、ぬくもりが欲しい。
都合のよい話だが、身体がヨウではなく、ソウイチロウを求めた。
それを伝える術を、今の方法しか思い付かなかった。
(つづく)
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