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Chapter4(晩夏編)
Chapter4-⑧【Wonderous Stories】
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監視台から降り立ったライフセーバーが、イオリの方に歩いて来る。
『あいつの所為で、何でイオリが注意されるんだ!』
逃げ出したいが、ここでは八方塞がりだ。
プールサイドに立ったライフセーバーが、イオリに向かって手を差し出す。
小振りの掌だ。
逆光の中、ライフセーバーの顔を伺う。
キャップから見覚えのある餃子耳が覗く。
「ソウイチロウ…。」
イオリは差し出された掌を凝視する。
『この拳がイオリの中に入った…。』
その記憶がイオリの中で燻っていた欲望を燃え上がらせた。
イオリはその手をがっちりと掴む。
ソウイチロウが引き上げてくれた。
「名前聞いてなかったな。
まあ、あんなイケメンの彼氏がいるんじゃ、おいらの出番はないか。」
ソウイチロウが表情を緩める。
「イオリって言うんだ。
連絡しなくてゴメン…。」
イオリはつい下を向く。
「気にするな。
あんなイケメンと付き合っているのに浮気したら、罰が当たるぞ。」
ソウイチロウが笑い飛ばす。
「彼氏はまだ泳いでいるな。
もう1キロ以上泳いでいるぜ。
まあ、あのフォームなら幾らでも泳げるだろう。」
ソウイチロウは目を細め、ヨウに視線を送る。
イオリは下半身の疼きを堪えるのに必死だ。
「まあ、無理するな。
どうしても身体がこいつを欲したら連絡してこい。
後腐れなく相手してやるぜ。」
拳がイオリの腹筋を押す。
「あんな奴とやるくらいなら、オイラが相手してやる。」
ソウイチロウの怒気に、イオリは訳を言い掛ける。
しかしその前にソウイチロウは背を向けると、監視台に戻って行った。
『この再会は偶然なのか?』
イオリは内面に問い掛ける。
あの日以来、何度も受話器を持っては、貰った番号を押した。
そして悩んだ挙げ句、受話器を戻した。
もう番号は空で言える。
身体は通話を望み、理性がそれを阻止した。
イオリの中の炎がやっと燻りかけた時の不思議な再会だ。
サングラスをして、ソウイチロウを盗み見る。
監視台の上で、プールを満遍なく見渡していた。
水飛沫が顔に掛かった。
「あっ!」イオリは我に返り、顔を上げる。
ヨウが髪の毛を掻き毟り、飛沫を辺りに撒き散らしていた。
「おかえり。随分、泳いだね。」
イオリはゴーグルをしたヨウを眩しげに見上げる。
「ああ、こんな混んでいるのに、上級コース内はガラガラだからな。
泳ぎ易かったよ。」
ヨウはタオルの上に倒れ込む。
あっという間に軽く鼾を掻き出した。
イオリはヨウを繁繁と見詰める。
整った顔立ちに、トレーニングで鍛えた体躯はイオリの理想だ。
スポーツ万能で、何をやっても様になる。
がり勉のイオリには一番遠い存在だ。
ただ愛おしいという感情に反して、性欲は湧かなくなっていた。
ヨウのライトな性愛では、イオリの深層で求める欲望を満たしてくれない。
今、イオリは深層で眠る欲望を起こさぬ様、必死に堪えている。
いや、自分自身に嘘を付き、気付かぬ振りをしていた。
アナルが自分の意識とは別に蠢く。
身体が拳を欲していた。
イオリはヨウから監視台に視線を移す。
しかし監視員は女性に代わっていた。
辺りを見回すが、ソウイチロウの姿は見えない。
イオリは落胆しつつも、ホッとした。
このまま夏が終われば、ソウイチロウと会う事はない。
そうすれば、この疼きもなくなるだろう。
イオリはそう納得し、ヨウの鼾を子守唄替わりに微睡んだ。
自分の中の拮抗する二つの勢力を見守るしか、今は術はなかった。
雲が太陽を遮ると、風が心地好い。
『夏も終わりだ。』
イオリは独りごちた。
(つづく)
『あいつの所為で、何でイオリが注意されるんだ!』
逃げ出したいが、ここでは八方塞がりだ。
プールサイドに立ったライフセーバーが、イオリに向かって手を差し出す。
小振りの掌だ。
逆光の中、ライフセーバーの顔を伺う。
キャップから見覚えのある餃子耳が覗く。
「ソウイチロウ…。」
イオリは差し出された掌を凝視する。
『この拳がイオリの中に入った…。』
その記憶がイオリの中で燻っていた欲望を燃え上がらせた。
イオリはその手をがっちりと掴む。
ソウイチロウが引き上げてくれた。
「名前聞いてなかったな。
まあ、あんなイケメンの彼氏がいるんじゃ、おいらの出番はないか。」
ソウイチロウが表情を緩める。
「イオリって言うんだ。
連絡しなくてゴメン…。」
イオリはつい下を向く。
「気にするな。
あんなイケメンと付き合っているのに浮気したら、罰が当たるぞ。」
ソウイチロウが笑い飛ばす。
「彼氏はまだ泳いでいるな。
もう1キロ以上泳いでいるぜ。
まあ、あのフォームなら幾らでも泳げるだろう。」
ソウイチロウは目を細め、ヨウに視線を送る。
イオリは下半身の疼きを堪えるのに必死だ。
「まあ、無理するな。
どうしても身体がこいつを欲したら連絡してこい。
後腐れなく相手してやるぜ。」
拳がイオリの腹筋を押す。
「あんな奴とやるくらいなら、オイラが相手してやる。」
ソウイチロウの怒気に、イオリは訳を言い掛ける。
しかしその前にソウイチロウは背を向けると、監視台に戻って行った。
『この再会は偶然なのか?』
イオリは内面に問い掛ける。
あの日以来、何度も受話器を持っては、貰った番号を押した。
そして悩んだ挙げ句、受話器を戻した。
もう番号は空で言える。
身体は通話を望み、理性がそれを阻止した。
イオリの中の炎がやっと燻りかけた時の不思議な再会だ。
サングラスをして、ソウイチロウを盗み見る。
監視台の上で、プールを満遍なく見渡していた。
水飛沫が顔に掛かった。
「あっ!」イオリは我に返り、顔を上げる。
ヨウが髪の毛を掻き毟り、飛沫を辺りに撒き散らしていた。
「おかえり。随分、泳いだね。」
イオリはゴーグルをしたヨウを眩しげに見上げる。
「ああ、こんな混んでいるのに、上級コース内はガラガラだからな。
泳ぎ易かったよ。」
ヨウはタオルの上に倒れ込む。
あっという間に軽く鼾を掻き出した。
イオリはヨウを繁繁と見詰める。
整った顔立ちに、トレーニングで鍛えた体躯はイオリの理想だ。
スポーツ万能で、何をやっても様になる。
がり勉のイオリには一番遠い存在だ。
ただ愛おしいという感情に反して、性欲は湧かなくなっていた。
ヨウのライトな性愛では、イオリの深層で求める欲望を満たしてくれない。
今、イオリは深層で眠る欲望を起こさぬ様、必死に堪えている。
いや、自分自身に嘘を付き、気付かぬ振りをしていた。
アナルが自分の意識とは別に蠢く。
身体が拳を欲していた。
イオリはヨウから監視台に視線を移す。
しかし監視員は女性に代わっていた。
辺りを見回すが、ソウイチロウの姿は見えない。
イオリは落胆しつつも、ホッとした。
このまま夏が終われば、ソウイチロウと会う事はない。
そうすれば、この疼きもなくなるだろう。
イオリはそう納得し、ヨウの鼾を子守唄替わりに微睡んだ。
自分の中の拮抗する二つの勢力を見守るしか、今は術はなかった。
雲が太陽を遮ると、風が心地好い。
『夏も終わりだ。』
イオリは独りごちた。
(つづく)
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