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Chapter2(惜春編)
Chapter2-⑪【言葉より大切なもの】
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「あー、暇だ!」
欠伸が止まらない。
関西といってもローカル線の駅前の支店に、客は滅多に来ない。
来るのは既存の客からのクレームだけだ。
支店長とパートのおばちゃんは昼飯に行き、ひとりで留守番をしていた。
「くそっ、刺激が欲しい!」
椅子に座りながら、また伸びをする。
ヨウは高校まで関西に住んでいた。
しかし実家まで電車で1時間以上掛かるこの僻地は、想像以上に退屈な町だった。
自動ドアが開く。
眼鏡を掛けた同年代の男が入って来た。
『イオリ…?』ヨウは動揺する。
「い、いらっしゃいませ。」
ヨウは慌てて立ち上がり、お辞儀をした。
「あの…。テニスパークはどうやって行くんですか?」
男が申し訳なさそうに道を聞く。
『警察に聞け!』
内心毒付くが、親切に表に出て道順を教える。
男は頭を下げ、案内した方向に車を走らせた。
ヨウは後悔していた。
『何故、イオリにあんな態度を取ったのか?』
自分でも分からない。
ただ寂しかった。
駄々っ子の様に振る舞い、イオリに構って欲しかったのかもしれない。
もっと後味の良い別れ方をすれば良かった。
新着物件に目を通すが頭に入らない。
溜め息を吐くと、また自動ドアが開いた。
「いらっしゃっませ。
こちらへどうぞ。」
ヨウは相手も見ずに挨拶する。
「どの様な物件をお探しですか?」
お辞儀した顔を戻すと、カウンターの前に懐かしい男が立っていた。
「とりあえず二人で暮らす事が出来る、この近くのアパートを探して下さい。」
男が座りながら言う。
「他に条件はございませんか?」
いつもの常套句がつい口を衝く。
「ヨウ付きの部屋でお願いします。」
イオリが澄まし顔で答えた。
「イオリ、良く考えたのか?」
川沿いの道を肩を並べて歩く。
「ああ、勿論。
良く考えて、ヨウにはイオリが必要だと分かったんだ。」
イオリはジョークで返す。
「まあな。」ヨウが照れ笑いを浮かべる。
「翻訳の仕事は基本どこでも出来るし、関西にも出版社はあるから何とかなるよ。」
イオリは明るく笑う。
名も知れぬ作家の翻訳が好きだったが、企業のマニュアルや報告書等、選ばなければ
仕事は幾らでもある。
ヨウのいない生活を考えれば、仕事は我慢出来た。
「ヨウは初めて出来た友達だもん。
何よりも大切だから、ここまで追い掛けて来た。
東京の忘れ物をヨウに届けに来たよ。」
イオリは微笑んだ。
「俺は忘れたんじゃないぜ。
置いてきたんだ!」
ヨウに肩を引き寄せられた。
「回りの人が見ているよ。」
照れ隠しに忠告する。
「関係ねぇよ。
俺にはイオリがいてくれればいいんだ。
この夏はイオリと一緒だな!うぉおー!」
ヨウが叫びながら坂を駆け出す。
やっぱりヨウの笑顔が好きだ。
自分にはない眩しさが備わっている。
一陣の風が吹き、柳の枝が揺れた。
この川沿いの街で、今年の夏が始まる。
高鳴る気持ちを抑え切れず、イオリもヨウを追って走り出す。
「うぉおー!」
イオリは初めて、腹の底から声を出した事に満足する。
言葉より大切なものが、この町にはあった。
希望というOur Lifeが。
(完)
欠伸が止まらない。
関西といってもローカル線の駅前の支店に、客は滅多に来ない。
来るのは既存の客からのクレームだけだ。
支店長とパートのおばちゃんは昼飯に行き、ひとりで留守番をしていた。
「くそっ、刺激が欲しい!」
椅子に座りながら、また伸びをする。
ヨウは高校まで関西に住んでいた。
しかし実家まで電車で1時間以上掛かるこの僻地は、想像以上に退屈な町だった。
自動ドアが開く。
眼鏡を掛けた同年代の男が入って来た。
『イオリ…?』ヨウは動揺する。
「い、いらっしゃいませ。」
ヨウは慌てて立ち上がり、お辞儀をした。
「あの…。テニスパークはどうやって行くんですか?」
男が申し訳なさそうに道を聞く。
『警察に聞け!』
内心毒付くが、親切に表に出て道順を教える。
男は頭を下げ、案内した方向に車を走らせた。
ヨウは後悔していた。
『何故、イオリにあんな態度を取ったのか?』
自分でも分からない。
ただ寂しかった。
駄々っ子の様に振る舞い、イオリに構って欲しかったのかもしれない。
もっと後味の良い別れ方をすれば良かった。
新着物件に目を通すが頭に入らない。
溜め息を吐くと、また自動ドアが開いた。
「いらっしゃっませ。
こちらへどうぞ。」
ヨウは相手も見ずに挨拶する。
「どの様な物件をお探しですか?」
お辞儀した顔を戻すと、カウンターの前に懐かしい男が立っていた。
「とりあえず二人で暮らす事が出来る、この近くのアパートを探して下さい。」
男が座りながら言う。
「他に条件はございませんか?」
いつもの常套句がつい口を衝く。
「ヨウ付きの部屋でお願いします。」
イオリが澄まし顔で答えた。
「イオリ、良く考えたのか?」
川沿いの道を肩を並べて歩く。
「ああ、勿論。
良く考えて、ヨウにはイオリが必要だと分かったんだ。」
イオリはジョークで返す。
「まあな。」ヨウが照れ笑いを浮かべる。
「翻訳の仕事は基本どこでも出来るし、関西にも出版社はあるから何とかなるよ。」
イオリは明るく笑う。
名も知れぬ作家の翻訳が好きだったが、企業のマニュアルや報告書等、選ばなければ
仕事は幾らでもある。
ヨウのいない生活を考えれば、仕事は我慢出来た。
「ヨウは初めて出来た友達だもん。
何よりも大切だから、ここまで追い掛けて来た。
東京の忘れ物をヨウに届けに来たよ。」
イオリは微笑んだ。
「俺は忘れたんじゃないぜ。
置いてきたんだ!」
ヨウに肩を引き寄せられた。
「回りの人が見ているよ。」
照れ隠しに忠告する。
「関係ねぇよ。
俺にはイオリがいてくれればいいんだ。
この夏はイオリと一緒だな!うぉおー!」
ヨウが叫びながら坂を駆け出す。
やっぱりヨウの笑顔が好きだ。
自分にはない眩しさが備わっている。
一陣の風が吹き、柳の枝が揺れた。
この川沿いの街で、今年の夏が始まる。
高鳴る気持ちを抑え切れず、イオリもヨウを追って走り出す。
「うぉおー!」
イオリは初めて、腹の底から声を出した事に満足する。
言葉より大切なものが、この町にはあった。
希望というOur Lifeが。
(完)
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