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Chapter2(惜春編)
Chapter2-⑥【Life~目の前の向こうに~】
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「とりあえずこれを食え。
前田家に代々伝わるお粥だ。」
スバルが口にスプーンを運ぶ。
「何か介護されているみたい。」
イオリは笑うが、咀嚼するのもしんどい。
「ああ、俺は介護福祉士を目指しているから、プロ中のプロだぜ。
何だったら、口移しで食わせてやろうか?」
妖しい微笑みがダブって見える。
「マジ?だったら食わせてもらおうかな。」
イオリは安堵し、目を閉じて待つ。
「よっしゃ!ちょっと待て。」
スバルは息を吹き掛けたお粥を自分の口に入れる。
そして良く咀嚼すると、口移しで送り込んでくれた。
イオリは満足げにそれを飲み込む。
まだ口うるさくなく、優しかった頃の母を思い出す。
熱を出すと、こうして口移しでお粥を与えてくれた。
「で、この熱冷ましを三錠飲め。」
スバルが掌に錠剤を乗せる。
そして口移しで水を飲ませてくれた。
「少し寝ろ。
寝るまでいてやるから。」
リズミカルに肩を叩かれ、瞼が重くなっていく。
「寝たら帰っちゃうの?」
添い寝をするスバルに甘えてみる。
「だったら暫くいてやるか。」
吐息を感じながら、頭を撫でられた。
ギュッと瞳を閉じる事で、溢れる涙を何とか抑える。
うなされる中、夢を見た。
「ねぇ、待ってよ!」
イオリは必死に追い掛ける。
しかし先を歩く男の背中は遠退くばかりだ。
「待ってよ!イオリを置いてきぼりにしないで!」
叫び声で目が覚めた。
レースのカーテンから、街灯の明かりが部屋に差し込んでいる。
スバルはもういない。
喉の渇きを覚え、ベッドから降り立つ。
テーブルの上にスポーツドリンクが置いてある。
その下に紙切れが挟まっていた。
『喉が渇いたら、これを飲め。
汗を掻いたら、小まめに着替えろ。
ヨウ君と幸福になれ。
またジムで会おうぜ。』
スバルの拙い字が踊っていた。
イオリは窓を開け、夜空を見上げる。
両手を広げて、深呼吸した。
頭の中がスッキリし、自分の気持ちに気付く。
せめてもう一回、ヨウと一緒に笑いたい。
いや、まだまだ終わらせたくない。
イオリはスポーツドリンクを口に付けると、遮光カーテンを閉める。
再びベッドに潜り込み、まどろみの中に落ちていった。
翌朝、焦た臭いで目を覚ます。
「何でだよ!くっついて、取れねぇ!」
フライパンを振り回しているヨウの後ろ姿が見えた。
「油使った?」
後ろから近付いて、声を掛ける。
「おう、イオリ、起きたのか?
具合はどうだ?」
ヨウが笑顔で振り向く。
「栄養付けてもらおうと思って、目玉焼き作ったんだけど…。」
口篭った口にバターが付いている。
イオリは確信した。
今、必要なのはこの笑顔だ。
「もう、ヨウは鈍臭いな!
ちょっとどいて。
イオリが作るから。」
伸ばした舌でバターを掬う。
下を向けても落ちない目玉焼きを見て、心の底から笑った。
昨夜の紙切れを思い出す。
テーブルの上にはない。
辺りを見回すと、デスクの下に飛ばされていた。
それを拾い上げ、引き出しに仕舞う。
『これはイオリのお守りだ。』
浮き立つ気持ちで窓辺に移動する。
熱はすっかり下がっていた。
外は梅雨の合間で、突き刺す様な陽射しだ。
「ねぇ、どこか行かない?」
今日はヨウの休みだと気付き、誘ってみる。
「大丈夫か?熱下がったばかりだろう?」
心配そうな視線を笑い飛ばす。
「うん、すこぶる気持ちがいいんだ。
そうだ、海へ行こうよ!」
イオリははしゃいで、ヨウの手からフライパンを奪い取った。
海辺の駅で降りると、汗が一気に噴き出す。
「30度は超えてるな。」
ヨウは首に回したタオルで汗を拭く。
「バスを待つ?」
時刻表を見ると、20分も先だ。
「面倒臭いから、タクシーで行くか。」
ぐったりしたヨウがコークを額に当てる。
どうも暑さには弱いらしい。
タクシーに乗ると10分程度で、海の公園に着いた。
テニスコートと野球場の脇を抜けると、東京湾が広がる。
ここは有名なゲイビーチだ。
(つづく)
前田家に代々伝わるお粥だ。」
スバルが口にスプーンを運ぶ。
「何か介護されているみたい。」
イオリは笑うが、咀嚼するのもしんどい。
「ああ、俺は介護福祉士を目指しているから、プロ中のプロだぜ。
何だったら、口移しで食わせてやろうか?」
妖しい微笑みがダブって見える。
「マジ?だったら食わせてもらおうかな。」
イオリは安堵し、目を閉じて待つ。
「よっしゃ!ちょっと待て。」
スバルは息を吹き掛けたお粥を自分の口に入れる。
そして良く咀嚼すると、口移しで送り込んでくれた。
イオリは満足げにそれを飲み込む。
まだ口うるさくなく、優しかった頃の母を思い出す。
熱を出すと、こうして口移しでお粥を与えてくれた。
「で、この熱冷ましを三錠飲め。」
スバルが掌に錠剤を乗せる。
そして口移しで水を飲ませてくれた。
「少し寝ろ。
寝るまでいてやるから。」
リズミカルに肩を叩かれ、瞼が重くなっていく。
「寝たら帰っちゃうの?」
添い寝をするスバルに甘えてみる。
「だったら暫くいてやるか。」
吐息を感じながら、頭を撫でられた。
ギュッと瞳を閉じる事で、溢れる涙を何とか抑える。
うなされる中、夢を見た。
「ねぇ、待ってよ!」
イオリは必死に追い掛ける。
しかし先を歩く男の背中は遠退くばかりだ。
「待ってよ!イオリを置いてきぼりにしないで!」
叫び声で目が覚めた。
レースのカーテンから、街灯の明かりが部屋に差し込んでいる。
スバルはもういない。
喉の渇きを覚え、ベッドから降り立つ。
テーブルの上にスポーツドリンクが置いてある。
その下に紙切れが挟まっていた。
『喉が渇いたら、これを飲め。
汗を掻いたら、小まめに着替えろ。
ヨウ君と幸福になれ。
またジムで会おうぜ。』
スバルの拙い字が踊っていた。
イオリは窓を開け、夜空を見上げる。
両手を広げて、深呼吸した。
頭の中がスッキリし、自分の気持ちに気付く。
せめてもう一回、ヨウと一緒に笑いたい。
いや、まだまだ終わらせたくない。
イオリはスポーツドリンクを口に付けると、遮光カーテンを閉める。
再びベッドに潜り込み、まどろみの中に落ちていった。
翌朝、焦た臭いで目を覚ます。
「何でだよ!くっついて、取れねぇ!」
フライパンを振り回しているヨウの後ろ姿が見えた。
「油使った?」
後ろから近付いて、声を掛ける。
「おう、イオリ、起きたのか?
具合はどうだ?」
ヨウが笑顔で振り向く。
「栄養付けてもらおうと思って、目玉焼き作ったんだけど…。」
口篭った口にバターが付いている。
イオリは確信した。
今、必要なのはこの笑顔だ。
「もう、ヨウは鈍臭いな!
ちょっとどいて。
イオリが作るから。」
伸ばした舌でバターを掬う。
下を向けても落ちない目玉焼きを見て、心の底から笑った。
昨夜の紙切れを思い出す。
テーブルの上にはない。
辺りを見回すと、デスクの下に飛ばされていた。
それを拾い上げ、引き出しに仕舞う。
『これはイオリのお守りだ。』
浮き立つ気持ちで窓辺に移動する。
熱はすっかり下がっていた。
外は梅雨の合間で、突き刺す様な陽射しだ。
「ねぇ、どこか行かない?」
今日はヨウの休みだと気付き、誘ってみる。
「大丈夫か?熱下がったばかりだろう?」
心配そうな視線を笑い飛ばす。
「うん、すこぶる気持ちがいいんだ。
そうだ、海へ行こうよ!」
イオリははしゃいで、ヨウの手からフライパンを奪い取った。
海辺の駅で降りると、汗が一気に噴き出す。
「30度は超えてるな。」
ヨウは首に回したタオルで汗を拭く。
「バスを待つ?」
時刻表を見ると、20分も先だ。
「面倒臭いから、タクシーで行くか。」
ぐったりしたヨウがコークを額に当てる。
どうも暑さには弱いらしい。
タクシーに乗ると10分程度で、海の公園に着いた。
テニスコートと野球場の脇を抜けると、東京湾が広がる。
ここは有名なゲイビーチだ。
(つづく)
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