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Chapter1(イオリとヨウ編)
Chapter1-①【孤独のカケラ】
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「まだ住んでいるかな?」
イオリは懐かしいアパートを見上げた。
階段を登り、二階へ上がる。
自分が住んでいた部屋には、別の住人が暮らしていた。
隣の部屋は空き部屋の様だ。
「やっぱりいないか。」
徒労感が押し寄せ、肩を落とす。
「これ、どうしよう?」
土産の入った袋がやけに重い。
仕方なく、来た道を引き返す。
駅前の便所は当時のままだ。
『ここでトラップを仕掛けたんだっけ。』
あの人のどぎまぎした表情が鮮明に思い出された。
留学から帰って来ると、完全に浦島太郎だった。
もともとゲイの知り合いは少ない。
その少ない中、何人かに連絡してみたが、皆東京にいなかった。
最後に知り合ったあの人も引越ししているとなると、八方塞がりだ。
夜になると、孤独に押し潰されそうになる。
恋人と呼べる存在でないにしても、色々と話せる友達が欲しい。
ただイオリは友達を作る術を知らない。
学生時代はずっと勉強していた。
勉強をしていると、あっという間に時間が過ぎた。
たまの息抜きは腹筋するくらいだ。
だから友達など必要なく、孤独だと思った事もない。
ずっと、そうして生きてきた。
ところがロサンゼルスでの開放的な生活が人生観を変えた。
自然と調和して生きている人々と接して、自分の価値観がちっぽけに思えた。
母親は父親の会社に入れと勧める。
父親は社会に揉まれろと、知り合いの会社に入れと五月蝿い。
そんな両親に反発して、教師を目指していた。
しかし今はそんな煩わしい社会の歯車になる気はない。
幸い翻訳や通訳の仕事は単価が大きい。
普通のサラリーマン以上の給料は軽く稼げた。
今の生活で充分だ。
ただ心の拠り所が欲しい。
これから家に帰ると思うと億劫だ。
また両親の小言が待っている。
ふと不動産の看板が目に入った。
何の気なしに入ってみる。
「いらっしゃっませ!
こちらへどうぞ!」
元気いっぱいの営業マンが席を勧めてきた。
いかにも新入社員らしく、威勢がいい。
『こういう人、苦手だな。』
椅子を引いて、距離を置いて座る。
「どのような物件をお探しですか?」
営業マンは早速、オンラインの検索画面を表示した。
「とりあえず一人暮らし出来る、この近くのアパートを探して下さい。」
この町であれば、何処でもいい。
この町が好きだった。
「他に条件はございませんか?」
営業マンが怪訝な表情で聞き返す。
「他には特に…。」
目的を持って入った訳ではないので、急に条件と言われて詰まる。
イオリは黒縁の眼鏡は外し、汗を拭く。
「立地条件や金銭面、間取り、設備等リクエストがあれば、承りますが。」
営業マンは何とか条件を引き出そうと頑張る。
確かに条件を提示しなければ、大量の物件が表示されてしまうだろう。
「徒歩10分以内のワンルームで、少し広めがいいです。
それと収納もあった方がいいな。」
イオリは今見てきたアパートをイメージして言う。
安堵した営業マンが条件を入力していく。
エンターキーを押すと、対象の物件が表示された。
その中に見覚えのあるアパート名がある。
「ここがいいです。」
急いでディスプレイを指差す。
マウスを持つ手が止まった。
部屋番号からいって、今行って来た空き部屋だ。
「ここは今空き部屋だから、中を見れます。
ご覧になりますか?」
営業マンの目が輝く。
「この部屋になります。」
営業マンが鍵を差し込む。
『やっぱりあの人が住んでた部屋だ。』
イオリは内心嬉しくなる。
中に入ると、以前住んでた隣の部屋の間取りと一緒だった。
この玄関であの人が、宅配員に責められてた。
「ここは以前どんな人が住んでいたんですか?」
藁をも掴む思いで聞いてみる。
「私はこの4月からの担当なので、古い話は分からないのですが。
ただ必要な説明事項に記載はなかったので、事故部屋ではないです。
気になるのであれば、古い職員に聞いてみますが。」
営業マンは早口に捲し立てた。
「いや、別にそこまではいいです。」
出されたスリッパを履いて、中に入る。
様々な思い出が蘇った。
(つづく)
イオリは懐かしいアパートを見上げた。
階段を登り、二階へ上がる。
自分が住んでいた部屋には、別の住人が暮らしていた。
隣の部屋は空き部屋の様だ。
「やっぱりいないか。」
徒労感が押し寄せ、肩を落とす。
「これ、どうしよう?」
土産の入った袋がやけに重い。
仕方なく、来た道を引き返す。
駅前の便所は当時のままだ。
『ここでトラップを仕掛けたんだっけ。』
あの人のどぎまぎした表情が鮮明に思い出された。
留学から帰って来ると、完全に浦島太郎だった。
もともとゲイの知り合いは少ない。
その少ない中、何人かに連絡してみたが、皆東京にいなかった。
最後に知り合ったあの人も引越ししているとなると、八方塞がりだ。
夜になると、孤独に押し潰されそうになる。
恋人と呼べる存在でないにしても、色々と話せる友達が欲しい。
ただイオリは友達を作る術を知らない。
学生時代はずっと勉強していた。
勉強をしていると、あっという間に時間が過ぎた。
たまの息抜きは腹筋するくらいだ。
だから友達など必要なく、孤独だと思った事もない。
ずっと、そうして生きてきた。
ところがロサンゼルスでの開放的な生活が人生観を変えた。
自然と調和して生きている人々と接して、自分の価値観がちっぽけに思えた。
母親は父親の会社に入れと勧める。
父親は社会に揉まれろと、知り合いの会社に入れと五月蝿い。
そんな両親に反発して、教師を目指していた。
しかし今はそんな煩わしい社会の歯車になる気はない。
幸い翻訳や通訳の仕事は単価が大きい。
普通のサラリーマン以上の給料は軽く稼げた。
今の生活で充分だ。
ただ心の拠り所が欲しい。
これから家に帰ると思うと億劫だ。
また両親の小言が待っている。
ふと不動産の看板が目に入った。
何の気なしに入ってみる。
「いらっしゃっませ!
こちらへどうぞ!」
元気いっぱいの営業マンが席を勧めてきた。
いかにも新入社員らしく、威勢がいい。
『こういう人、苦手だな。』
椅子を引いて、距離を置いて座る。
「どのような物件をお探しですか?」
営業マンは早速、オンラインの検索画面を表示した。
「とりあえず一人暮らし出来る、この近くのアパートを探して下さい。」
この町であれば、何処でもいい。
この町が好きだった。
「他に条件はございませんか?」
営業マンが怪訝な表情で聞き返す。
「他には特に…。」
目的を持って入った訳ではないので、急に条件と言われて詰まる。
イオリは黒縁の眼鏡は外し、汗を拭く。
「立地条件や金銭面、間取り、設備等リクエストがあれば、承りますが。」
営業マンは何とか条件を引き出そうと頑張る。
確かに条件を提示しなければ、大量の物件が表示されてしまうだろう。
「徒歩10分以内のワンルームで、少し広めがいいです。
それと収納もあった方がいいな。」
イオリは今見てきたアパートをイメージして言う。
安堵した営業マンが条件を入力していく。
エンターキーを押すと、対象の物件が表示された。
その中に見覚えのあるアパート名がある。
「ここがいいです。」
急いでディスプレイを指差す。
マウスを持つ手が止まった。
部屋番号からいって、今行って来た空き部屋だ。
「ここは今空き部屋だから、中を見れます。
ご覧になりますか?」
営業マンの目が輝く。
「この部屋になります。」
営業マンが鍵を差し込む。
『やっぱりあの人が住んでた部屋だ。』
イオリは内心嬉しくなる。
中に入ると、以前住んでた隣の部屋の間取りと一緒だった。
この玄関であの人が、宅配員に責められてた。
「ここは以前どんな人が住んでいたんですか?」
藁をも掴む思いで聞いてみる。
「私はこの4月からの担当なので、古い話は分からないのですが。
ただ必要な説明事項に記載はなかったので、事故部屋ではないです。
気になるのであれば、古い職員に聞いてみますが。」
営業マンは早口に捲し立てた。
「いや、別にそこまではいいです。」
出されたスリッパを履いて、中に入る。
様々な思い出が蘇った。
(つづく)
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