*いにしえのコトノハ*9 苦くて、甘くて、時々しょっぱい

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オレは迷った。

家に帰れば頭痛薬はある。

しかも家はすぐそこだ。

ここから駅前に行くことを考えれば、家に帰る方が早い。

こんなしゃがみ込んで立ち上がれなくなるほど体力を消耗している状態では駅前に15分で着くなんて到底できない。

家に連れて行って薬を分けてやる方が賢明だ。

「うぅ・・・」

男は両手で顔を覆ってうつむいてしまった。

熱も高いのかもしれない。

昔から困っている人を放っておけないタチだった。

それで損したことの方が得したことより多いのだが、放置して後悔するくらいなら関わって後悔する方が幾分マシだ。

オレは男の背中にそっと触れた。

「立てますか?」

「え?」

「オレの家に頭痛薬があるのでとりあえずそこまで行きましょう。すぐそこですから」

一息にそう言って、男の腕をオレの肩に回した。

強引に立ち上がらせる。

旅行の荷物のせいで肩にかなり重力がかかった。

「すぐそこなので頑張ってくださいね」

家の近くでしゃがみ込んでくれていたのが幸いだった。

オレの住むワンルームマンションは、そこに見えている。

来た道をゆっくりと倍の時間をかけて戻った。

途中、気になって時間を確認したが、早い目に家を出ていたからか、まだ本来出発する時間にもなっていなかった。

「すみません。引っ越してきたばかりで家に何もなくて」

家に向かう途中で男がポツリポツリとこぼした。

具合が悪いのに会話を続けるのは気乗りしなかったが、多少なりともこの男の情報を集めておく必要はあった。

「一人暮らし?引っ越しは大学入学が理由で?」

「はい、そうです。そこのエンカレッジ大学の1回生です」

「なんだ、じゃあオレの後輩じゃん」

今まで敬語で話して損した。

見た目が若いからオレより年下だとは思っていたが、人は見かけによらずということもある。

しかし年下だとわかれば、へりくだる必要はない。

蹴ったことはさておき。

「着いた。ここだよ」

ワクワクしながら出た我が家に戻ってくると、男は小さく声を上げた。

「ん?どうした?」

「自分の部屋、ここの2階です」

「え?マジ?」

偶然出会ったこの男と同じマンションに住んでいたのか。

オレは男の顔をまじまじと見た。

言われてみればこの1ヶ月の間にこういう顔を見たことがあったようななかったような・・・。

1階と2階では顔を合わせることはほぼないから、やっぱり見たことないわ。

「その体じゃ2階に上がるのもしんどいだろ。まぁオレの部屋に上がれよ」

「すみません。お邪魔します」

男はよほど具合が悪いのか、躊躇することなく中に入った。
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