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七章 空の歌が見える時

光源創造

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 ジンレイが魔法陣に入り込めたことといい、ユリエナの決意といい、外で見守る四人は気を動転させていたが、二人の間に気がかりなものを捉えてアズミは眉を顰める。
「…………?」
 二人の間に、蒼い靄のようなものが発生していた。ユリエナは詠唱に、ジンレイはユリエナに気を取られて、どうやら当人達は気付いていないようだ。
「…………あれは?」
 アズミが指摘すると、キルヤとワモルも二人の間に起こる不思議な現象に気が付いた。リンファはと言うと、既に目を鋭くしてそれを注視していた。
「ジンレイの魔法力が、ユリエナに流れ込んでる……?」
 微量ではあるが、そこからジンレイの魔法力が感じ取れる。
 断定を避けたのは、確信が持てなかったからだ。
 しかし、リンファが持っているのは魔法の知識ばかりではない。多くの経験から培われた直感もまた彼女の立派な強みだ。その直感が告げているのだから、それが例え常識の範疇を越えていようと信じるに値する。
 アズミはリンファの言葉を前提に考察してみる。
 太陽の儀式。魔法の起動中。ジンレイの魔法力流出。それから……。
「な、な、なななっ。どういうことっスか!?」
 話がまったく読めないキルヤが取り乱して叫ぶ。ワモルも声には出さないが、説明を求めているのは右に同じだ。二人は己の焦燥感と闘いながら、ひたすら黙考するアズミとリンファの見解を待った。
 すると、彼女達はほぼ同時に顔を上げた。
「まさか――」
 さらに驚愕の色を濃くするリンファ。それにアズミも続く。
「そんな……。でも、もしそうだとしたら、神子の消滅を回避できるかもしれないっ……!」
 自分で言っておきながら、アズミ自身が一番信じられないといった顔をする。しかし、ジンレイの魔法力が彼の意思なくして放出される事態を説明するには、その可能性が一番妥当だ。
「出来るのか!?」
「わからないわ。でも……」
 彼女達はある一つの仮説を導き出していた。
 それは、神子生還の術を探すためにグリームランド史書をひっくり返し、魔法と名が付くあらゆる系統の専門知識をかき集めた彼女達からしてみれば、あまりにも意表をついた一説であった。そのせいで、リンファは説くことを躊躇う。
 代わりに、アズミが説明を買って出た。
「もし太陽創生に必要なのがではなく、だとしたら……? 神子の全魔法力というのはあくまで消費魔法力量の基準値であって、何も実際に神子が全魔法力を捧げる必要はないのだとしたら? ……もしそうだとしたら、他者の魔法力を注ぐことでユリエナの中に存在を維持するだけの魔法力を残せるかもしれないっ――!」
 『太陽創生魔法は神子にしか発動できない。故に神子が魔法力を消費する』という前提が、実は長い歴史の中で『太陽創生魔法の発動に必要なのは神子の魔法力』と転じてしまっただけなのではないか。
 それは、いくら書物を漁っても到底思い付かない。仮に脳裏をよぎったとしても、荒唐無稽と見なして直ちに却下してしまいそうな発想だ。
 そもそも光の壁は何人たりとも通さない絶対の障壁だというのが大前提だったのだ。
 極めて信じ難い。勿論、確証などない。
 しかし、一パーセントでも可能性があるなら。
 四人は無言でしばし視線を交わし合うと、一斉に走り出した。
 代用される魔法力が多ければ多いほど、ユリエナの生存率が上がるかもしれない。ならば当然、補佐につく人数も多ければ多いほどいいはずだ。と、そこまで考え至って駆け出さない人間はいない。少なくとも、この四人の中には。
 四人は魔法陣に飛び込んだ。
「――っ!?」
 しかし踏み込む直前、光の壁が強い閃光を放って彼らを弾き飛ばし、侵入を拒んだ。
「痛っ!」
「やはり……!」
 リンファは今度、慎重に手を伸ばしてみる。
 だが結果は同じ。魔法陣を取り囲む光の壁が瞬間的に強化され、盾となって侵入者を弾き飛ばした。それもかなりの威力だ。弾かれる瞬間、焼かれるような痛みが襲った。悔しいが強行突破は出来そうにない。
「みんなっ!?」
 魔法陣の中からジンレイが叫ぶ。
「なんでだ? どうしてあいつだけ……?」
「ジンレイは特別だとでも言うの?」
 彼に続いて入り込めることを期待していた四人は愕然としてしまう。
 アズミは困惑する頭で必死に原因をつきとめようと思考する。
 太陽創生魔法の起動中に出現する『光の壁』は、光神と神子を闇の力から守るための障壁であるとされている。それはどの史書でも一貫して語られていることだ。闇の力とは即ち、魔法力であるという説が一般的だが、アズミもそこに異論はなくそのように解釈していた。遥か昔、人間が魔法力を手に入れたことでイリシスが直接人間に加護をもたらせなくなったのと同様に、魔法力そのものが太陽創生魔法に害をなすのだと。
 現にアズミ達は光の壁に弾かれた。だが、ジンレイが入り込めたのもまた事実。ということは拒まれているのは魔法力自体ではない、ということになる。
 アズミも再度手を伸ばしてみる。続いてキルヤ、ワモルと試してみるが、どうやら四人がそれぞれ拒否されているようだ。
「ジンレイは良くて、わたし達は駄目……」
 それはつまり、この四人には共通し、尚且つジンレイのみ例外である何かがあるということ。
「それは、いったい……?」
 ジンレイだけが持ち得るものなんてそうはない。強いて挙げるなら剣と秀でた身体能力か。だが、それならワモルが拒まれる理由が見当たらない。
 ということはやはり、ジンレイだけが持ち得ない何かが――。
 不意に視線を感じて、アズミはそちらに顔を向けた。
 目が合ったのは、ユリエナでもジンレイでもなく、二人の上に御座おわす――光神イリシスだった。
 彼女はアズミを無表情で見つめ、ややあってその瞳を閉じた。
〝私とクロノアは相容れぬ存在。彼の力を持つ者が我が聖域へ入ることは許されません〟
 彼の力を持つ者――。その言葉がアズミの中で引っ掛かる。
「彼の力……クロノアの……魔神の……」
 アズミが生きてきた十五年の間に培った魔法のあらゆる知識が頭を巡った。突き詰めればこの矛盾が一つに繋がる、そんな予感がアズミに走った。
「――あ、まさか…………」
 アズミは自分の杖を見つめる。
 それは高名魔導士である母が駆け出し時代に使っていたという、当家の由緒ある魔法杖。契約主が悪魔の放つ闇の力を直接浴びないために用いる魔法具の一種で、いわば魔法力の仲介役を果たす魔導士専用の道具だ。
「アズミ?」
 アズミの奇妙な様子にキルヤが首を傾げるが、当人は無反応。と思いきや、いきなり愛用の杖を放り捨てて魔法陣に向かった。
「あっ!」
 キルヤが止めようと手を伸ばす。しかし、今度のアズミは光の壁に弾かれず魔法陣の中に飛び込むことが出来た。
「やっぱり! 魔法具です! 魔神の力を持っている道具に反応してるんです!」
 魔法具とは、魔法を使用する際に魔法力を増幅したり、発動を補助したりするアイテムのことだ。魔法を生業とする者は無論、一般人でも装飾目的を兼ねて装備している者が多い。リンファとアズミは言うまでもなく、当然キルヤとワモルも身に付けている。
 魔法具には魔法力の結晶が埋め込まれている。それが対極する光神の力とぶつかり合ったために反発が起こっていたのだ。光の壁に弾かれたように見えたのはこのためなのだろう。
 そして、元より魔法を使わないジンレイがこのアイテムを身に付けているはずもなく――。
「それなら――!」
 キルヤは腕輪とツールポケットを外し。ワモルは強化手袋と槍を放って。リンファはイヤリングに髪留めといったアクセサリー型魔法具を全て外し投げ捨てて、魔法陣に飛び込んだ。
 アズミと同じく無事入り込むと、そのままユリエナの許へ――。
 駆け寄った四人はユリエナとジンレイの手に自らの手を重ね合わせて、固く握り合った。
 五人の突拍子もない行動に、ユリエナは動揺を見せる。しかし、もう太陽を創生すると決めてしまった彼女は詠唱を中断することはせず、ついに発動文句を口にした。
「――――葦原を守り 瑞穂を守り この地を照らす光とならん! 光源創造グレア・バース!!」
 重ね合う六人の手が発光する。かと思うとその光は急速に巨大化、かつ高密度化していき、一呼吸置く間もなく凄まじい閃光となって六人を飲み込んだ。
 中心にいるジンレイ達は光の衝撃を全身に浴びながら、五人ともユリエナを掴むこの手だけは放すまいとありったけの力を籠めた。全ては一瞬の出来事なのに、ひどく間延びして感じられる。
 ユリエナを含め、みんながみんな、がむしゃらに足掻いた。
 これが友を守り、救う方法なのだと信じて――。
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