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七章 空の歌が見える時

別れ

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 淡い星明かりが散りばめられている夜天の下、一行を乗せたケトルは荒野の真ん中に降り立った。街はおろか公道らしき道一つ見当たらない荒野が地平線のむこうまで続いている。完全なる夜の静寂に包まれた広闊たる大地の上に、六人は足を下ろした。
 太陽創生魔法が無効化されるまで、もう時間がない。
 黄昏塔までの距離を考えると、戻れるかどうか五分五分だった。もし思わぬところで時間をロスしてしまったら、刻限を過ぎてしまう危険性が高まる。そのリスクを冒すよりも、自分達で条件を満たす場所を探した方が手早く確実だろう――というアズミの提案の下、一行は無人の荒野を選択した。ここなら誰かに邪魔されることもない。
 それに移動時間を減らしたことで、一人一人がユリエナに別れを告げるだけの時間を得ることが出来た。
 決して泣かず、決して多くを語らず。けれどその気持ちは充分すぎるほど彼女に伝わっているようだ。彼女も決して笑顔を崩さなかった。神子の宿命を全うすることに後悔はない、とでも言うように。ただそれが、横で見ていることしか出来ないジンレイ達にはこの上なくつらくて。彼女の笑顔に胸が締め付けられた。
「ユリエナ……、オイラ……」
 キルヤが王都で交わした約束について言おうとしているのを察して、ユリエナは先に口を開いた。
「……ごめんね。本当になっちゃって。困らせちゃったよね」
 それに対して、キルヤは大きく首を横に振って否定する。
「オイラ信じるっスよ。ずっと、ずっとっ……! でもそれはオイラだけじゃない。みんなも一緒っス」
「みんなも……。……うん、そうだね」
「ユリエナもっスよ!」
 彼女が僅かに息を呑む。誰も欠けない。それを伝えたくて、キルヤは精一杯の思いをぶつけた。
「……うん!」
 ユリエナは不意に瞳を潤ませた。浮かんできた涙を袖で拭う。
 リンファは最後にもう一度、ユリエナを抱擁した。もう言葉はない。ユリエナもただ微笑んで彼女の温もりを感じていた。
「……リンファ」
 ほどよい時間が過ぎて、アズミがか細い声で促した。
 それでもなかなか動かないリンファだったが、数秒経って自分から身を放した。
 後ろ髪を引かれる思いで、五人はユリエナから距離を取る。魔神の力を少しでも彼女から遠ざけるためだ。
「ありがとう。みんな」
 不思議だ、とユリエナは心の中で思う。
 王都の人達に見送られた時は『ありがとう』以外の言葉を探そうとした。そんな言葉ではとても伝えきれないと思ったから。
 でも彼らには一言でいい。『ありがとう』の一言で全て伝わる気がした。
「私ね。どこかでもう、みんな変わっちゃったんだって……そう思ってた」
 皆それぞれ自分の夢を見つけて、それに向かって自分で決めた道を歩いて行く。
 それは喜ばしいこと。だから決して否定してはいけない。
 募る寂しさを直隠しにしてきた。しかし、そう感じること自体が間違いだったと気付く。
「でもさっき、みんなを見てて思ったの。みんな全然変わってないって」
 アズミはちょっと人見知りだけど、いつも人のことを気にかけてくれていて。
 ワモルは言葉数が少ないのに、その一言一言が安心感を与えてくれて。
 リンファは尖った言い方をしているけど、人一倍心配してくれて。
 キルヤはみんなが笑顔でいられるようにいつも考えてくれていて。
 ――そして、ジンレイは。
 自分じゃない誰かのためにと思う時、誰よりも強いその心を見せてくれる。
 寂しさは心の距離。けれど、距離なんて最初から無かったのだ。
 時が過ぎても変わらないものがある。それさえ解り合えれば、みんなで抱いていけるから。
 ユリエナは幸せを噛み締めるように、優しい表情を浮かべる。
「私、よかったよ」
 ありったけの感謝を込めて、ユリエナは微笑む。
「みんなに会えて、……ジンレイに会えて、本当に幸せだった」
「ユリエナ……」
 ジンレイの声が掠れる。アズミやリンファは堪え切れずに顔を伏せた。
「だから大丈夫」
 互いの胸で灯る光石のおかげで、互いの目をしっかりと捉えることが出来る。だが、その光は淡く細部までは見えない。ユリエナはそれを幸いに、精一杯明るい声で言った。
「今度は私がみんなを助ける番。これからもみんなが笑顔でいられるように、私が太陽になってこの惑星ほしを照らすから」
 ユリエナは一人一人と視線を交わし、最後の笑みを送る。やがて祈るように両手を胸の前に合わせ、瞼を閉じた。
 太陽と同じ色をしたユリエナの髪が、ぽうっと淡い光を放つ。すると彼女の周囲に光粒子が舞った。夜空の星の如く暗闇の中を漂い、辺りを照らす。一つはほんの小さな発光体でも、数が集まると月明かりのように眩しい。
 五人はユリエナを静かに見守った。
 ユリエナの周りを浮遊する光粒子がゆっくりと浮上し、一か所に集まっていく。徐々に膨らんでいくそれはリンファが古城で放った小太陽サンフレアを連想させた。大きな塊として集束すると、今度はその形状を球形から人型へと変化させていく。
 そして弾けるように散った光の花弁の中から、一人の少女が姿を現わした。
 ユリエナと同じ金色の髪に、どこか幼さを残す、けれど人ならざる神々しさを醸し出した女性。
「あの方が――」
「……光神イリシス」
 アズミとリンファの口から言葉が漏れる。
 彼女は近くにいたジンレイ達の存在を認めて、淡く微笑んだ。
〝神子を守ってくれたのはあなた達ですね。ありがとう〟
 グリームランドの母なる神。『慈愛の女神』の二つ名に相応しいその笑みは、所詮数十年しか生きることの出来ない人間には決して至ることのできない包容力を宿していた。
〝神とて万人ではありません。特に私は、もうあなた達に何かを与えることも出来なくなってしまった。非力な神を、どうか許して下さいね〟
 誰も言葉を返さなかった。いや、返す言葉が見つからなかった。光神は微苦笑を浮かべ、今度はユリエナの方を向く。
〝ユーリエレナ。……別れは済みましたか〟
「…………」
 優しい言葉に、弱い自分が出てきてしまいそうになる。
〝もう、思い残すことはありませんか〟
 ユリエナは不意にジンレイの方を向く。しかし、すぐに顔を逸らした。
「……ありません。もう充分すぎるくらい、幸せな時間をもらいましたから」
〝分かりました。では〟
 イリシスは情を捨て、天を仰ぐ。
〝今ならまだ間に合います。黄昏塔内でない以上危険を伴いますが、幸いクロノアの呪詛が薄い。ここで儀式を再開します。準備はいいですか〟
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