41 / 86
五章 闇夜に光あれ
魔導士
しおりを挟む
彼らの背中を見送ると、アズミは呼気に合わせて瞳を閉じた。後のことはジンレイ達に任せて、ただ目の前の敵に集中するためだ。
「さてと」
肝の据わった眼差しで門前の兵士達を振り返る。
同時にチロルとケトルが彼女の両脇を固めた。ケトルは減速のために一度城を旋回しており、チロルは突入の際、既に数十名の兵士を倒してきている。
敵勢力の約五割を閉じ込めたリンファの土魔法のおかげで、現状は彼らのほとんどが檻の破壊に労力を費やしている。そのため即座に襲いかかって来た兵士は十人だった。
しかしその勇敢な兵士達も、二体の式魔を目前にして接近を躊躇った。猛獣の力をあれほど見せつけられれば当然の反応だろう。不用意に踏み込めば、たちまちその牙と爪の餌食となる。
「くそ……、小娘がっ!」
一人の短気な兵士がこの頓着状態を僅か三十秒で破り、チロルの攻撃圏内に飛び込んだ。他の兵士もフォローのため後に続く。だがチロルは彼らの攻撃を軽やかに回避、さらにその強靭的な牙で剣を噛み砕いて反撃した。アズミの忠実な中級式魔は、兵士十人を相手にしても圧倒的な強さを見せる。途中でひ弱な契約主を倒せばいいと気付いた兵士が矛先を変えるが、その機転も背中から襲いかかってきたケトルによって阻止された。
「………………」
ひとまず目前の障害を無効化して、再度現状を確認するアズミ。
土の檻もだいぶ薄くなってきている。もう五分と持つまい。むしろ強化魔法も施さず、ただの土くれでここまで時間を稼げたのだ。術者がリンファでなければこうはいかない。
敵兵の中には確かに軍師がいた。現状の混乱具合からみて、その軍師も檻の中と思われる。その者がよほどの愚か者でない限り、まず態勢を立て直してから一斉攻撃を仕掛けて来ることだろう。百人以上が束になってくるとすれば、さすがのチロルでも危うい。
アズミも策士だ。故に、この状況を打破する方法は一つしかないと導き出している。
これは負けられない戦いだ。万全を期して挑む必要がある。ならば――。
「……やっぱり、喚ぶしかなさそうですね」
アズミはチロル、ケトルを魔界に還し、母より授かった由緒ある杖を身体の正中線に構える。杖の先にある宝石が紫紺に煌めいた。
「闇の理を守護せし 知性を司る悪魔王よ 我が問いかけに応えたまえ」
幾何学的な文字の刻まれた魔法陣がアズミの足元に構成される。直径二十メートルにも及ぶ、並の魔導士でも後退るような巨大魔法陣だ。それは明らかに魔術とは系統が異なる模様が刻まれている。
「今こそ魔界の門を開き 境界を越え 理を越え 我の前に姿を示せ」
膨大な魔法力を魔法陣に注ぎながら、複雑な詠唱を流暢に唱えていく。詠唱が終盤に差し掛かると、魔法陣は脈動を始めた。
そして、アズミが高々と杖を掲げて呼号する。
「我 アズマリア・ロログリスの名において命じる!
――出でよ! 式魔王第質門番 マグダラ!」
契約主の喚びかけに応じて、魔法陣から霞みがかった黒い物体が現れる。そこから這い上がってきたのは馬獣の容貌を持ち、人間のような肢体を備えた、悪魔の長が一人。
魔界には魔神に通じると言われている九つの扉が存在する。その扉を守護する門番こそ魔界を統べる王――すなわち悪魔王である。アズミが召喚したマグダラもまたその一人だ。
悪魔王とは人間と対等、あるいはそれ以上の知性を携えた高尚なる悪魔のことを指す。その体長は巨大禽獣のケトルをも遥かに凌ぐ。アズミとの契約によって式魔となった彼は直立しているだけで、凄まじい威圧感を放っていた。
「し……式魔王っ……!? なぜこんな小娘がっ!?」
相手は小娘一人だと高を括っていた兵士達が青ざめていく。
魔導士。――それは悪魔を使役する者である。
「さてと」
肝の据わった眼差しで門前の兵士達を振り返る。
同時にチロルとケトルが彼女の両脇を固めた。ケトルは減速のために一度城を旋回しており、チロルは突入の際、既に数十名の兵士を倒してきている。
敵勢力の約五割を閉じ込めたリンファの土魔法のおかげで、現状は彼らのほとんどが檻の破壊に労力を費やしている。そのため即座に襲いかかって来た兵士は十人だった。
しかしその勇敢な兵士達も、二体の式魔を目前にして接近を躊躇った。猛獣の力をあれほど見せつけられれば当然の反応だろう。不用意に踏み込めば、たちまちその牙と爪の餌食となる。
「くそ……、小娘がっ!」
一人の短気な兵士がこの頓着状態を僅か三十秒で破り、チロルの攻撃圏内に飛び込んだ。他の兵士もフォローのため後に続く。だがチロルは彼らの攻撃を軽やかに回避、さらにその強靭的な牙で剣を噛み砕いて反撃した。アズミの忠実な中級式魔は、兵士十人を相手にしても圧倒的な強さを見せる。途中でひ弱な契約主を倒せばいいと気付いた兵士が矛先を変えるが、その機転も背中から襲いかかってきたケトルによって阻止された。
「………………」
ひとまず目前の障害を無効化して、再度現状を確認するアズミ。
土の檻もだいぶ薄くなってきている。もう五分と持つまい。むしろ強化魔法も施さず、ただの土くれでここまで時間を稼げたのだ。術者がリンファでなければこうはいかない。
敵兵の中には確かに軍師がいた。現状の混乱具合からみて、その軍師も檻の中と思われる。その者がよほどの愚か者でない限り、まず態勢を立て直してから一斉攻撃を仕掛けて来ることだろう。百人以上が束になってくるとすれば、さすがのチロルでも危うい。
アズミも策士だ。故に、この状況を打破する方法は一つしかないと導き出している。
これは負けられない戦いだ。万全を期して挑む必要がある。ならば――。
「……やっぱり、喚ぶしかなさそうですね」
アズミはチロル、ケトルを魔界に還し、母より授かった由緒ある杖を身体の正中線に構える。杖の先にある宝石が紫紺に煌めいた。
「闇の理を守護せし 知性を司る悪魔王よ 我が問いかけに応えたまえ」
幾何学的な文字の刻まれた魔法陣がアズミの足元に構成される。直径二十メートルにも及ぶ、並の魔導士でも後退るような巨大魔法陣だ。それは明らかに魔術とは系統が異なる模様が刻まれている。
「今こそ魔界の門を開き 境界を越え 理を越え 我の前に姿を示せ」
膨大な魔法力を魔法陣に注ぎながら、複雑な詠唱を流暢に唱えていく。詠唱が終盤に差し掛かると、魔法陣は脈動を始めた。
そして、アズミが高々と杖を掲げて呼号する。
「我 アズマリア・ロログリスの名において命じる!
――出でよ! 式魔王第質門番 マグダラ!」
契約主の喚びかけに応じて、魔法陣から霞みがかった黒い物体が現れる。そこから這い上がってきたのは馬獣の容貌を持ち、人間のような肢体を備えた、悪魔の長が一人。
魔界には魔神に通じると言われている九つの扉が存在する。その扉を守護する門番こそ魔界を統べる王――すなわち悪魔王である。アズミが召喚したマグダラもまたその一人だ。
悪魔王とは人間と対等、あるいはそれ以上の知性を携えた高尚なる悪魔のことを指す。その体長は巨大禽獣のケトルをも遥かに凌ぐ。アズミとの契約によって式魔となった彼は直立しているだけで、凄まじい威圧感を放っていた。
「し……式魔王っ……!? なぜこんな小娘がっ!?」
相手は小娘一人だと高を括っていた兵士達が青ざめていく。
魔導士。――それは悪魔を使役する者である。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
さようなら、私の初恋。あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
空の話をしよう
源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」
そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。
人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。
生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
想妖匣-ソウヨウハコ-
桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。
そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。
「貴方の匣、開けてみませんか?」
匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。
「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」
※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる