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四章 それでも僕等は夢を見る
出会い
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『あれ……?』
それは初めて街に下りた時の記憶。そして、彼と初めて逢った時の思い出。
六歳の誕生日を迎えた私は、お父様から一人で街に下りることを許して頂き、早速街に繰り出した。もう数ヶ月すれば、私は城下街の学修院に通う。単独外出の許可が下りたのは、その準備でもあった。
それまでに何度かお父様達と街に下りてきたことがあるので、広場や大通りなど街の特徴的な場所は大体覚えていた。けれど一人で歩く街は、お父様やお母様と歩く時よりずっと広く感じられ、初めは心細かった。しかしすれ違う度たくさんの人達に声を掛けてもらって、そのうちすっかり街人気分になって散策していた。
そうして、裏路地を見つけた。
薄暗さに身構える部分もあったが、冒険心が漲っていた私は興味本意で足を踏み入れた。この路地の先に、心踊る素晴らしい場所が待っていると想像しながら。
しかし現実にはどこまで行こうと同じような狭い路地が続いた。いくつも角を曲がっているうちに方向を見失い、動揺した私は来た道すら分からなくなってしまった。
『……ここ、どこ?』
裏を返したような静けさに、忘れていた心細さが戻ってくる。隅の方でもぞもぞと動く影が小魔という生物であることをまだ知らない私は、その薄気味悪さに恐怖すら感じた。
懸命に裏路地を駆けた。しかし一向に日陰道が終わる気配はなく。私はどうしていいのか分からなくなり、涙が込み上げてその場にしゃがみ込んでしまった。
――そんな時現れたのが、彼だった。
『え?』
しゃくり上げる私の頭上から降って来たのは、人の頓狂とした声だった。
顔を上げると、目の前には同い年くらいの男の子が立っていた。
私は裏路地に入り込んでから始めて出会った街人に驚き、戸惑った。けれどおかしなことに彼も私と同じくらい驚いていたのだ。
『ど、どうした!? 転んだのか? 腹痛いのか?』
『……道、分からなくなっちゃった』
かすれ声でぽつりと伝える。
すると彼は二、三度目をぱちくりさせて、大きく吐息をついた。
『なぁんだ。迷っただけか』
この事態を過小評価する彼に、私は一瞬苛立ちを覚える。こっちは不安で不安で、もう胸がはち切れそうなのに。
……でも。
『ほら。広場まで連れてってやるよ』
彼は私を励ますように笑って、手を差し出してくれた。その手に触れた時、ふわりとした安心感が込み上げて、彼に対する苛立ちはもうどこかに消えてしまった。
私が四苦八苦して選んできた曲がり角を、彼は少しも躊躇わず右へ左へと進んでいく。きっと地元の子なのだろう。四、五回角を曲がったら簡単に広場へ戻ってこられた。
『ここからは一人で帰れるか?』
『う、うん……』
『じゃ』
これで役目は終わりとばかりに、彼は裏路地へ戻ろうとする。
思わず私はその背を引き止めた。
『待って! ……えっと、あのっ、あ、ありがとう』
『おう。もう一人で裏道入るなよ。結構ややこしいから、あそこ』
『う、うん。それで……その、よかったら名前、教えてほしい……な』
『俺の?』
自分を指差して目を丸くする少年に、私はこくこくと頷き返す。
『俺は――』
学修院に入学すると、私は何より先に彼を探した。
それから彼と友達になって、彼の友達とも友達になって、色んなことを教えてもらったし、色んなところに連れていってもらった。王室で育った私にとって初めての経験ばかりで戸惑うこともたくさんあったけど、毎日を楽しく過ごせたのは、その度に彼がさりげなく手を貸してくれたからだ。
『難しくねぇよ、ほら。な? こうやって――』
『いいからいいから。任しとけって』
『ユリエナも来いよ! すっげぇ面白いから!』
彼はどこまでも真っ直ぐな性格で。
思ったことがすぐ顔に出るし、思い付いたことをすぐに実行する。そこに損得勘定はない。親切をした後に、デリカシーに欠ける余計なことを言って怒られたこともあるくらいだ。そんな純粋としか言いようのないところが、彼の本質。
だから、そんな彼の優しさはどこまでも綺麗で。彼の笑顔はどこまでも透き通っていて。
彼が隣にいてくれたから、私は笑っていられた。私は私でいられた。
彼は、私の大切な人――。
***
それは初めて街に下りた時の記憶。そして、彼と初めて逢った時の思い出。
六歳の誕生日を迎えた私は、お父様から一人で街に下りることを許して頂き、早速街に繰り出した。もう数ヶ月すれば、私は城下街の学修院に通う。単独外出の許可が下りたのは、その準備でもあった。
それまでに何度かお父様達と街に下りてきたことがあるので、広場や大通りなど街の特徴的な場所は大体覚えていた。けれど一人で歩く街は、お父様やお母様と歩く時よりずっと広く感じられ、初めは心細かった。しかしすれ違う度たくさんの人達に声を掛けてもらって、そのうちすっかり街人気分になって散策していた。
そうして、裏路地を見つけた。
薄暗さに身構える部分もあったが、冒険心が漲っていた私は興味本意で足を踏み入れた。この路地の先に、心踊る素晴らしい場所が待っていると想像しながら。
しかし現実にはどこまで行こうと同じような狭い路地が続いた。いくつも角を曲がっているうちに方向を見失い、動揺した私は来た道すら分からなくなってしまった。
『……ここ、どこ?』
裏を返したような静けさに、忘れていた心細さが戻ってくる。隅の方でもぞもぞと動く影が小魔という生物であることをまだ知らない私は、その薄気味悪さに恐怖すら感じた。
懸命に裏路地を駆けた。しかし一向に日陰道が終わる気配はなく。私はどうしていいのか分からなくなり、涙が込み上げてその場にしゃがみ込んでしまった。
――そんな時現れたのが、彼だった。
『え?』
しゃくり上げる私の頭上から降って来たのは、人の頓狂とした声だった。
顔を上げると、目の前には同い年くらいの男の子が立っていた。
私は裏路地に入り込んでから始めて出会った街人に驚き、戸惑った。けれどおかしなことに彼も私と同じくらい驚いていたのだ。
『ど、どうした!? 転んだのか? 腹痛いのか?』
『……道、分からなくなっちゃった』
かすれ声でぽつりと伝える。
すると彼は二、三度目をぱちくりさせて、大きく吐息をついた。
『なぁんだ。迷っただけか』
この事態を過小評価する彼に、私は一瞬苛立ちを覚える。こっちは不安で不安で、もう胸がはち切れそうなのに。
……でも。
『ほら。広場まで連れてってやるよ』
彼は私を励ますように笑って、手を差し出してくれた。その手に触れた時、ふわりとした安心感が込み上げて、彼に対する苛立ちはもうどこかに消えてしまった。
私が四苦八苦して選んできた曲がり角を、彼は少しも躊躇わず右へ左へと進んでいく。きっと地元の子なのだろう。四、五回角を曲がったら簡単に広場へ戻ってこられた。
『ここからは一人で帰れるか?』
『う、うん……』
『じゃ』
これで役目は終わりとばかりに、彼は裏路地へ戻ろうとする。
思わず私はその背を引き止めた。
『待って! ……えっと、あのっ、あ、ありがとう』
『おう。もう一人で裏道入るなよ。結構ややこしいから、あそこ』
『う、うん。それで……その、よかったら名前、教えてほしい……な』
『俺の?』
自分を指差して目を丸くする少年に、私はこくこくと頷き返す。
『俺は――』
学修院に入学すると、私は何より先に彼を探した。
それから彼と友達になって、彼の友達とも友達になって、色んなことを教えてもらったし、色んなところに連れていってもらった。王室で育った私にとって初めての経験ばかりで戸惑うこともたくさんあったけど、毎日を楽しく過ごせたのは、その度に彼がさりげなく手を貸してくれたからだ。
『難しくねぇよ、ほら。な? こうやって――』
『いいからいいから。任しとけって』
『ユリエナも来いよ! すっげぇ面白いから!』
彼はどこまでも真っ直ぐな性格で。
思ったことがすぐ顔に出るし、思い付いたことをすぐに実行する。そこに損得勘定はない。親切をした後に、デリカシーに欠ける余計なことを言って怒られたこともあるくらいだ。そんな純粋としか言いようのないところが、彼の本質。
だから、そんな彼の優しさはどこまでも綺麗で。彼の笑顔はどこまでも透き通っていて。
彼が隣にいてくれたから、私は笑っていられた。私は私でいられた。
彼は、私の大切な人――。
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