上 下
32 / 86
四章 それでも僕等は夢を見る

遠い日の憧憬

しおりを挟む
「アズミももう忘れろ。アズミの努力はちゃんと評価されてる。隊士達がおまえの下でまとまってるのが紛れもない証拠だろ」
 あれからずっと項垂れているアズミがぴくっと身を震わせた。
「……そう、ですね。……その通りです。嫌なこと言われるの、わたしも慣れてるはずなんですけど、いつも落ち込んでしまって……。ダメですね、わたし」
「アズミも、大変なんだな……」
 ジンレイが振り向くと彼女は「お恥ずかしい話ですが」と前置きした。
「国家魔導士になって、策士の資格キャパシティも取って隊長に昇格した今も、あまり良い目で見られたことはないですね」
 えへへ、と弱々しく笑う。
 魔法関係にてんで疎いジンレイでも、資格キャパシティの中で取得が最難関なのは魔導士であることは重々理解している。魔導士の資格キャパシティ取得と同時にフォルセス国軍に入り、最年少国家魔導士となったアズミは数年後、策士の資格キャパシティも取得し隊を指揮する権限をも得た。勿論才能もあっただろう。しかし、その才能を充分に活かすために並々ならぬ努力を重ねてきたのだ。実際に見たわけではないが断言できる。ジンレイも居たたまれない思いが募った。
 そうすると、アズミがくすりと笑い出した。
「みんなといると、なんだか昔に戻ったような気がします。軍に入ったばかりの頃は、毎日ユリエナが会いに来てくれて、楽しい話をいっぱいしてくれました。おかげでつらいことがあっても、また頑張ろうって思えたんです」
 泣き笑いの表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「ユリエナはいつも笑っていました。つらい時も、悲しい時も、決して笑顔を絶やすことはなくて……。ずっとその笑顔に、優しさに、励まされてきたんだと思います」
 アズミの言う『いつも』が本当にその言葉通りであることを、ジンレイ達は既に知っている。思い出すユリエナの顔はどれも笑っていた。
 しばらくして、アズミが「よしっ」と吹っ切れた顔を見せた。
「だから、今度はわたし達がユリエナに笑いかける番ですよね」
 この中で最年少の少女が、その小さな胸に大きな決意を抱く。
 その時、北の空から何かが舞い降りてきた。
「あ、ケトル!」
 細腕を水平に上げて偵察に行っていた小鳥を留める。すると彼女の忠実な式魔はキュキュキュとゴムが滑るような高い声で鳴いた。それを聴き、アズミの表情が引き締まる。
「正解のようです。北の古城でコーエンスランド軍の姿が確認できました。ユリエナもきっとそこに」
 腕力はなくとも、その知恵で幾度となく打開策を講じてくれたアズミ。彼女なくしてユリエナの追跡は不可能だっただろう。ましてやこんな短時間には。
「じゃあちょっと車停めなさい、キルヤ」
「何するんスか?」
 行路が決定されて、前に座るリンファが口を開いた。キルヤは言われるまま車を停止させる。
「念には念を、ね」
 リンファは軽トラから降りて数歩離れた。
「すみません、リンファ」
 荷台からアズミが声をかけると、彼女は微笑んで一瞥し、すぐに目を瞑った。
 古城に接近するにあたって敵との遭遇を回避するために、彼女は探査用魔法を展開しようとしていた。アズミによれば、この地点から古城までの距離は約十キロ。安全なルートを絞り込むらしく、それにはやや時間を要するとのことだ。本来広範囲探索用魔法は十人前後の魔術士が集まって発動するものだが、リンファという女性は難なく一人でその役をこなしてしまう。
 『すごい』とは思うが驚きはない。彼女は学修院時代から何でも出来るやつだった。何かに躓いた時は自力で原因を追究し、努力をもってその壁を越えてきた。そのことを旧友の一人であるジンレイはよく知っている。だからこそ今回のような手も足も出ない事態は、彼女にとって相当の負荷となっているに違いない。きっと死に物狂いで〝太陽の神子〟が生還できる方法を模索してきたことだろう。それが歴史上の理を乱そうとする無謀な試みであることも承知しながら。ユリエナを助けたい、その一心で。
 その決心が彼女を優秀な魔術士に育てたとしても、目的が果たされるまで彼女は決してその足を止めないはずだ。自分自身に鞭を打ち倒れるまで走り続ける。
 強さと知識を求める旅は過酷だ。根を上げたくなったことは、本当にないのだろうか……。
「俺、勘違いしてた」
 込み上げる思い。一瞬自分でも誰か分からない程に、その声は震えていた。
「みんな、俺と違ってちゃんと夢を叶えて、それを評価されて、充実した生活をしてるんだと思ってた」
 今思えば、キルヤがそうだった。彼は平均取得年齢が二十代後半の技士に僅か十代前半でなり、高名技士である父親の技術の八割を既に習得している。それなのに、依頼がないばかりにその成果を発揮できていない。笑顔で減らず口を叩くことはあっても、字を覚えるより前からドライバーを握り機械いじりをしていた彼が、本気で自分の持つ工学技術を思う存分振るってみたいと思わないはずがない。悔しいと思わないはずがないのだ。
「でもみんな、全てがうまくいってるわけじゃないんだよな。苦労も苦痛も、隣合わせでやってきたんだよな」
 自分が恥ずかしかった。
 学修院時代はみんな『子供』という括りの中で対等だった。しかし卒業して様々な資格キャパシティや地位を取得した今では、みんなその手の熟練者エキスパートだ。けれど友の功績を嬉しく思う一方で、心境は複雑だった。そんな彼らと肩を並べれば、そこに画然とついた差を否応なしに突きつけられる。それが怖かった。彼らに嫉妬という汚い感情を向けることは、絶対嫌だった。合わせる顔がなくて、二年近く彼らに会うことを避けてきたのだ。
 それでも陰で自分なりの努力を続けているならまだいい。とある試験に二度落ちてからすっかり覇気を失くし、淡々とその二年を過ごしてしまったジンレイは、己の心の弱さを顧みずにはいられなかった。
 ……俺は、勝手に自分が負け組だと思い込んで、みんながどんな思いで頑張ってきたのか知らなかった。知ろうともしていなかった。
「一つだけ、合ってますよ」
 アズミがそっと囁く。その声は天使の羽音のように優しい。
「充実は、してますよ。あの頃はどんなに頑張ったって無理だったことが、一つ二つと出来るようになっていく……。無力の悔しさを知っているから、成長したと感じる時、すごく嬉しく思うんです。心が弾んで、次は何に挑戦しようって力が湧いてくるんです」
 微笑んでいるのに切なそうに目を潤ませて、彼女は一度息を吸った。この先はきっと、彼女がずっとジンレイに伝えたかった思いなのだろう。
「わたし達は目標としていた資格キャパシティを得ることが出来ました。でもわたし達がここで頑張れるのは、……頑張り続けられるのは、地位や名誉が望みではないからです」
 真っ直ぐにジンレイの瞳を見て、アズミは続けた。
「ジンレイも、そんなものに縛られないで下さい。……ジンレイの本当の願いを、叶えて下さい」
 泣きたくなったのはジンレイの方だった。
 自分はなんて小さかったんだろう。こんなにも仲間に恵まれているのに、心配をかけて。
「時間の流れって不思議だよな。始めた頃はちゃんと解ってたのに、いつの間にか目先のことばかりに気が向いて。気が付いたら大事なことを忘れてる」
「ワモル……」
「でも思い出したならそれでいい。再スタートはいつでも切れる。何度でもな。そうだろ?」
 優しい口調。ジンレイの中で蠢く負の感情を溶かしていくようだ。
 ワモルの外見はまさに近寄りがたい堅物のそれだが、内面はこうも温厚で寛大だ。彼の励声に、何度ジンレイは安堵し、背中を押されてきたことか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...