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四章 それでも僕等は夢を見る

軋轢

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 太陽神殿より若干離れた場所に魔法陣が出現した。直径十数メートルにも及ぶ魔法陣は、魔術系統の魔法において攻撃用であることは極々稀だ。大多数の場合は実用、つまり転移魔法の魔法陣である。また、術者が魔法陣内にいない時点で転移魔法だと断定することも可能だ。
 程なくして魔法陣から二十人弱の人影が現れた。そこにはジンレイ達五人と元候補者十三人の姿がある。リンファの転送魔法によって黄昏塔の最上階から転移してきたのだ。転送先にいた人間との衝突事故を防ぐために、出現標準を太陽神殿より少し距離を取って設定していた。
「一瞬か。魔法は違うな」
 ワモルが元いた塔の天辺を仰いで感嘆の声を漏らした。
「まったくだな。早くて楽で、便利なもんだな」
 とジンレイ。再び階段を降りるとしたら、どう頑張っても三十分以上はかかるだろう。その上、へとへと寸前でなんとか昇ってきた少女達を同行させるとなるとますます時間がかかる。魔法が最善の選択なのは明白だ。だがジンレイはいまいち素直になれないでいた。いくら降りるのに五秒もかからなかったとは言え、上りで消費した体力は戻ってこない。
「なに? 階段の残兵処理は不服だった?」
 ジンレイの視線に気付いたリンファがからかうような目で覗いてきた。
「あのなぁ、そりゃあ誰かが行かなきゃいけなかったんだろうけど結構つら、い……」
 彼女はジンレイの言葉を聞かずジンレイとワモルの手を取ると、何やら詠唱し手に光を宿した。その光が手を通して彼らに流れ込んでいく。すると溜まっていた疲労感が緩和され、ふっと身体が軽くなった。
「言っとくけど、回復ヒールは専門外だからこれしか出来ないわよ」
「あ、ありがとう……」
 不満を並べるはずだったのに肩透かしをくらったようだ。ジンレイは渋々大人しくなる。
「悪いな」
「これでチャラね」
 ワモルの礼も受けて、リンファはにいっと笑った。ジンレイの調子を狂わせたことにご満悦のようだ。
 それにしても転移初体験のジンレイはグリームランドの魔法技術の高さを改めて痛感せずにはいられなかった。難しいことは分からないが、空間に干渉する類の魔法は他の惑星には無いらしい。魔法技術に関してグリームランドは近隣の惑星から追随を許さない程抜きん出ているということなのだろう。
 そこでふと疑問が生じた。転移魔法はグリームランドの人間にしか使えない。そしてコーエンスランド軍は転移魔法を使って黄昏塔から去ったと言っていた。ならばそれは……。
「なあ、ユリエナって転移魔法で連れて行かれたんだろ。確か転移魔法って――」
 とそこまで言うと、リンファが真面目な顔に戻り、シッと立てた指を口にあてて遮った。
「その話は今なしにしましょ」
 リンファは目を合わせた後、その視線を後ろへ流した。ジンレイの背後には元候補者達がいる。彼女達には聞かせたくないという意だろう。察してジンレイも口を閉じた。
 緊張の糸は常に張っている。からかうのもそこそこにして、アズミとリンファは兵士に候補者達を引き渡し、以後のことを全て任せるため軍師のところへ話をつけに行った。その間、男衆は待機。ただしキルヤは軽トラのメンテナンスをしたいと先に車へ戻ったので、実際に手持無沙汰になったのはジンレイとワモルのみだった。
 ジンレイはぐるりと周辺を見回してみる。到着した時は無我夢中だったので周りの様子はほとんど目に入ってこなかった。が改めて見てみると動ける兵士が意外と多いことに気が付いた。気を抜けば即仲間とはぐれてしまうような過密地帯の中で乱戦を繰り広げていたと思ったが、喧騒の激しさとは裏腹に被害はそれほど出ていないらしい。近隣の惑星間で最強と謳われるフォルセスの実力も伊達ではないということだろう。
 ジンレイとワモルの前を二人の兵士が横切った。
「ほら、あいつ」
 通りがけにこちらを見て囁く。こちらに聞こえないよう小声にしているのだろうが、全く音量を絞れていない。あるいは聞こえても構わないと思っているのか。
「あいつが、例の」
 もう片方もこちらを振り返り、足を止めない割にまじまじと見てくる。目が合った瞬間ふいっと顔を戻して、何事もなかったように歩いていった。
 彼らの視線を追えば、『あいつ』と呼称する人物がワモルであることは分かる。その内容は見当もつかないが、あの陰険な態度から察するにあまり快いものではないのだろう。
 ジンレイは心配になってワモルの顔をちらっと覗く。が、それに気付いた彼は逆に気を遣ってくれた。
「気にするな。慣れてる」
 そう言われてしまえばジンレイが気にし続けるわけにもいかない。ワモルが鍛え上げたのは身体だけではないことを知っているジンレイは彼の言葉を信じることに決めた。
「あ、あなた達っ……」
 ちょうど戻ってきたアズミが二人の男を引き止めた。彼らの話を聞いてしまったからには聞き流すことが出来なかったようだ。噂や内緒話など、当人の預かり知らぬところで尾鰭がつき広がっていくものはアズミの最も苦手とするところで、だからこそワモルを慮って突っかかったのだろう。
「動けるのでしたら救護班の援助をお願いしますっ……」
「はい? なんだこいつ」
「……お、おい。こいつ隊長格だぞ」
 一人がもう一人の横腹を肘で突く。
「え……。ああ、はい。わかりました、わかりました」
 信じられないと顔に書いてあるが、大抵の人間は後で面倒なことにならないようにその場はうまくやり過ごすものだ。彼らもその例に漏れず、早々に方向転換してこちらに戻ってきた。そしてまた懲りず、小声で話し始める。
「確かに軍帽被ってるけど、本当にあんな小さいのが隊長なのかよ」
「ほらあそこだよ。厄介者ばっか集まった中隊の」
「ああ、あそこか。納得だわ」
 アズミが俯く。これ以上は見てられない。止めようとジンレイが一歩前に出た。
 しかし声をかけるよりも先に、あの毒舌魔術士が静かに沸騰した目で男達の前に立ちはだかった。傍から見ても分かる。完全にキレていた。
「くだらないこと言う余裕があったら手を動かしなさいって言ってるのが分からないの?」
 次はもう『誰だお前』といった疑問が浮かんでくる余裕すらなかったようだ。リンファに気圧され、猛獣を目前にして竦む小動物のように無言で何度も首を縦に振った。そしてその冷やかな目に耐えられなくなったのか、彼らは小走りで逃げていった。
 四人の間に気まずい空気が漂う。すると、ワモルが項垂れたアズミの頭に手を置いて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「気持ちは嬉しいが、おまえ達もそう気に留めるな。それより急ぐんだろ?」
 いつまでも黄昏塔に留まるのは望むところではない。気持ちの切り替えはそう簡単にいかなかったが、ジンレイ達一行は軍師に元候補者達を託し、事後処理を任せる旨伝えるとすぐさま北の古城へ向けて出発した。
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