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三章 破滅と誕生の象徴たる塔
戦火を交える神殿
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光神イリシス。
魔神クロノア。
かつてグリームランドには、光と影の如く対なる二人の神がいた。
おかしな話だが、人々は魔神の力に守られながら光神を祀っている。当時は違和感の一つも覚えていたのかもしれないが、長い歳月を経た今ではクロノアを敬遠し、イリシスを崇拝していることを誰もが当然のように受け止めている。
ましてやジンレイはそれについて疑うどころか、まともに考えてみたこともないのだが。
「見えたっスよ!」
廃街を抜けるのに予定より時間を費やし、若干速度を上げて走行している軽トラ。その運転席に座るキルヤが目的地の最たる目印を確認した。ジンレイも向こうの空を仰ぐ。
「あれが、黄昏塔……」
柱が遥か天穹に伸び、空を縦に二分している。その頂点にそびえる円球のドーム、そこにユリエナがいるはずだ。
「なんつー……デカさ」
塔をじっと眺めていると目前に迫って来るかのような錯覚を覚える。規模が大き過ぎて遠近感を狂わされた。
黄昏塔――。
光神イリシスが降臨し、〝太陽の神子〟に太陽創生魔法を伝授する場所。
俗に言えば〝太陽の儀式〟が執り行われる場所。
空気が澄んでいる快晴の早朝には王都からでも時折見えるが、あと数キロに迫って見上げる黄昏塔は迫力が違う。一体どうやってこんな塔を建てたのか。しかしそんな疑問さえ押し潰してしまうような、荘厳な存在感があった。
不意に、リンファが目線を鋭くして前方を睨んだ。
「なにか聞こえるわ」
「はい。……魔法の気配も一緒に」
アズミも注視していた。ジンレイとキルヤも倣って耳を澄ましてみる。軽トラのエンジン音や風を切る音に紛れてほとんど掻き消されてしまっているが、確かに喧騒が聞こえた。
「……聞こえるな」
「なんスかね?」
ジンレイは荷台から身を乗り出す。徐々に大きくなっていく黄昏塔の下、太陽神殿の周りに人が溢れ返っている様子が窺えた。
人がいること自体はさほど驚かない。神子候補者の護衛任務に付いている兵士達が〝太陽の儀式〟の間、何人たりとも太陽神殿に近づけないよう警備に当たっているからだ。
しかし、それだけにしては様子がおかしい。
肉眼では詳しい状況が捉えられず、一行は前方を凝視したまま微動だにしない。
その数秒後。人の群れの中から突発的に火炎が飛び出した。状況を把握する上でこれ以上に分かりやすいものはない。火炎とはすなわち――魔法だ。
「戦ってる!」
「速度上げなさいキルヤ!」
「りょ、了解っス!」
キルヤがアクセルを強く踏む。みんなに緊張が走った。
「キルヤ、神殿の入口に回ってください!」
アズミの指示の直後、キルヤは険しい断層崖を正面にして右四十五度にハンドルを捌いた。反動で車体が大きく傾くが、彼の巧みな運転技術のおかげで定員オーバーの軽量自動車は横転せずに高速走行を続ける。
太陽神殿の側辺に沿う崖の上に出た。上から見た神殿周辺は既に激戦地と化している。
「国軍のくせに押されてるじゃないっ!」
フォルセス国軍はグリームランド最強に留まらず、近隣の惑星間でも敵無しと謳われている。だが現状を見る限り苦戦を強いられていた。
「おそらく魔術士や魔導士が少ないのを逆手に取られたんでしょう」
フォルセス国軍兵の数に対して敵数はざっとその三倍にのぼる。敵もフォルセス軍とやりあっただけの被害は受けているようだが、戦況はフォルセス国軍の奮闘によってどうにか膠着状態に陥っているようだ。
「相手はどこの奴だよ!」
「あれは……っ、コーエンスランドの軍兵です!」
一般庶民のジンレイやキルヤには耳慣れない惑星名が挙がる。だがそれでもグリームランドに敵対意識を持っている連中であるということは分かる。
――ユリエナっ……。
ジンレイは数十年越しに鞘に納まった剣を腰に佩いた。兵士達のいる地上がこんな惨状では、戦力皆無の少女達しかいない黄昏塔はどうなってしまっているのか。
神殿の脇まで接近し、再度ハンドルを切る。しかし、その先で急遽ブレーキが踏まれた。
「っ、これ以上は無理っスよ!」
見れば、横たわる負傷者達によって道を塞がれてしまっていた。彼らを避けて車輌が太陽神殿に近付くのは難しいだろう。
神殿の入口までまだかなりの距離がある。
「――っ!」
ジンレイは弾かれたように荷台を飛び降り、戦地へ駆け出した。車で進めないなら自分の足で行けばいい。それだけの考えだった。
「ジンレイっ!?」
後ろからキルヤやアズミの呼ぶ声が聞こえたが、構わず神殿へ向かって走った。
魔神クロノア。
かつてグリームランドには、光と影の如く対なる二人の神がいた。
おかしな話だが、人々は魔神の力に守られながら光神を祀っている。当時は違和感の一つも覚えていたのかもしれないが、長い歳月を経た今ではクロノアを敬遠し、イリシスを崇拝していることを誰もが当然のように受け止めている。
ましてやジンレイはそれについて疑うどころか、まともに考えてみたこともないのだが。
「見えたっスよ!」
廃街を抜けるのに予定より時間を費やし、若干速度を上げて走行している軽トラ。その運転席に座るキルヤが目的地の最たる目印を確認した。ジンレイも向こうの空を仰ぐ。
「あれが、黄昏塔……」
柱が遥か天穹に伸び、空を縦に二分している。その頂点にそびえる円球のドーム、そこにユリエナがいるはずだ。
「なんつー……デカさ」
塔をじっと眺めていると目前に迫って来るかのような錯覚を覚える。規模が大き過ぎて遠近感を狂わされた。
黄昏塔――。
光神イリシスが降臨し、〝太陽の神子〟に太陽創生魔法を伝授する場所。
俗に言えば〝太陽の儀式〟が執り行われる場所。
空気が澄んでいる快晴の早朝には王都からでも時折見えるが、あと数キロに迫って見上げる黄昏塔は迫力が違う。一体どうやってこんな塔を建てたのか。しかしそんな疑問さえ押し潰してしまうような、荘厳な存在感があった。
不意に、リンファが目線を鋭くして前方を睨んだ。
「なにか聞こえるわ」
「はい。……魔法の気配も一緒に」
アズミも注視していた。ジンレイとキルヤも倣って耳を澄ましてみる。軽トラのエンジン音や風を切る音に紛れてほとんど掻き消されてしまっているが、確かに喧騒が聞こえた。
「……聞こえるな」
「なんスかね?」
ジンレイは荷台から身を乗り出す。徐々に大きくなっていく黄昏塔の下、太陽神殿の周りに人が溢れ返っている様子が窺えた。
人がいること自体はさほど驚かない。神子候補者の護衛任務に付いている兵士達が〝太陽の儀式〟の間、何人たりとも太陽神殿に近づけないよう警備に当たっているからだ。
しかし、それだけにしては様子がおかしい。
肉眼では詳しい状況が捉えられず、一行は前方を凝視したまま微動だにしない。
その数秒後。人の群れの中から突発的に火炎が飛び出した。状況を把握する上でこれ以上に分かりやすいものはない。火炎とはすなわち――魔法だ。
「戦ってる!」
「速度上げなさいキルヤ!」
「りょ、了解っス!」
キルヤがアクセルを強く踏む。みんなに緊張が走った。
「キルヤ、神殿の入口に回ってください!」
アズミの指示の直後、キルヤは険しい断層崖を正面にして右四十五度にハンドルを捌いた。反動で車体が大きく傾くが、彼の巧みな運転技術のおかげで定員オーバーの軽量自動車は横転せずに高速走行を続ける。
太陽神殿の側辺に沿う崖の上に出た。上から見た神殿周辺は既に激戦地と化している。
「国軍のくせに押されてるじゃないっ!」
フォルセス国軍はグリームランド最強に留まらず、近隣の惑星間でも敵無しと謳われている。だが現状を見る限り苦戦を強いられていた。
「おそらく魔術士や魔導士が少ないのを逆手に取られたんでしょう」
フォルセス国軍兵の数に対して敵数はざっとその三倍にのぼる。敵もフォルセス軍とやりあっただけの被害は受けているようだが、戦況はフォルセス国軍の奮闘によってどうにか膠着状態に陥っているようだ。
「相手はどこの奴だよ!」
「あれは……っ、コーエンスランドの軍兵です!」
一般庶民のジンレイやキルヤには耳慣れない惑星名が挙がる。だがそれでもグリームランドに敵対意識を持っている連中であるということは分かる。
――ユリエナっ……。
ジンレイは数十年越しに鞘に納まった剣を腰に佩いた。兵士達のいる地上がこんな惨状では、戦力皆無の少女達しかいない黄昏塔はどうなってしまっているのか。
神殿の脇まで接近し、再度ハンドルを切る。しかし、その先で急遽ブレーキが踏まれた。
「っ、これ以上は無理っスよ!」
見れば、横たわる負傷者達によって道を塞がれてしまっていた。彼らを避けて車輌が太陽神殿に近付くのは難しいだろう。
神殿の入口までまだかなりの距離がある。
「――っ!」
ジンレイは弾かれたように荷台を飛び降り、戦地へ駆け出した。車で進めないなら自分の足で行けばいい。それだけの考えだった。
「ジンレイっ!?」
後ろからキルヤやアズミの呼ぶ声が聞こえたが、構わず神殿へ向かって走った。
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