空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

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二章 遠い日の憧憬

王女の戦い方

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 階段の方を黙視するイリシス。その異変が何ら良くないものであることは彼女の表情から察しられた。
〝この惑星ほしの者ではない……。どうやら侵入者のようです〟
 そうイリシスが告げるや否や、遥か下方で爆音が轟いた。黄昏塔を支える一本の柱を伝って、振動が候補者達の足元を揺らす。
 候補者達が焦燥に駆られる一方で、イリシスの姿がぼやけた。
「イリシス様っ!」
〝どうか逃げて。神子を守っ……――〟
 そして言い切らぬうちに彼女の存在は光粒子へと戻り、空中に拡散していった。最初からそこには誰もいなかったように、光神は跡形もなく消えてしまった。
 残された候補者達が状況を理解できないまま、事態は着実に押し寄せてきていた。ものすごい数の金属の擦れ合う音が近付いてくる。やがて爆音だけでなく、肌が逆撫でられるような喧騒までもが、候補者達の耳に届いた。
「これ被って!」
 突然横から外套を被せられたユリエナ。
「……うん。これならなんとか隠せるね」
 ユリエナの背を見て、少女は頷く。
 本来人間にあるはずのない翼など出していては〝太陽の神子〟だと自明しているも同じだ。
「あ、……あの」
「いいから。みんな聞いて!」
 一同に向かって、ミディアムヘアの金髪少女が勇んで言う。
「解ってるよね! 私達がなんとしても神子を護るよ!」
 みんな震えを押し殺して、深く頷いた。
 今やユリエナの命は、この元候補者達全員の命を差し出しても守り通さなければならない程に重い。〝太陽の神子〟はこの世界の生命そのものと言っても過言ではないのだ。
 時折聞こえてくる絶叫に身を震わせながら、少女達は唯一の出入り口を見つめて押し黙る。
 足音の正体が、とうとう黄昏塔に踏み込んだ。
 武装した軍兵が次々現れると、手際良く左右に分かれ早々に彼女達を包囲した。彼らの武器には鮮血が付着しており、ここに到着するまでの経緯を容易に想像させた。数人の少女が血の気を引かせて短い悲鳴を上げる。
「……気をつけろ。コーエンスランドの連中だ」
 隣の少女が声を殺して耳打ちしてくる。ユリエナも顔を上げて彼らの軍服を見た。
 国事にあまり詳しくないユリエナも、他惑星の装束くらいは覚えがある。彼らは間違いなくグリームランドと敵対関係にある惑星コーエンスランドの軍兵達だ。
 皮肉にも〝太陽の神子〟候補者という、魔法一つ習得していない小娘の集団だということが幸いしてか、彼らが即座に武器を振るってくることはなかった。
「〝太陽の神子〟は誰だ」
 立ち並ぶ軍兵の中から、指揮官であろう人物が前に出た。
「自ら名乗れば、他の者は見逃してやろう」
 候補者達は恐怖心を抑え込みながら、懸命に無言を押し通す。
 その態度が癇に障ったのか、または予想通りで小気味よいのか、男は口の端を吊り上げて冷笑を浮かべた。前者か後者か、傍からでは全く判断がつかない。
「母星のために殊勝なことだ」
 男が顎で指示すると、傍らにいた兵士が動いた。手前にしゃがんでいた少女の前に立ち、剣を上げる。
「――っ!」
 少女は口を開けたまま絶句。
「腕の一本でも斬ってやれ。殺さぬ程度にな」
「はい」
 振り上げた剣の刃先が縦になる。少女の見開いた瞳に涙が浮かんだ。
 剣を握る腕が反動をつけ、勢いよく振り落とされようとする――その刹那。
「お止めなさい!」
 叫んだのは、ユリエナ。
 候補者達は驚愕と絶望の表情を浮かべ、ユリエナを見つめた。
「貴方がたの目的は〝太陽の神子〟ただ一人。無関係な民を傷付けようものなら、この私が許しません」
 一同の注目を浴びる中、ユリエナは凛然とした態度で立ち上がった。十代半ばの小娘にはそぐわない、ただならぬ威容を纏って。
「小娘の許しなど不要だが」
「では、わたくしがディーフィット・アスマ・フォルセスの血を引く者だとしても、ですか?」
「……ほう」
「先刻仰いましたね。自ら名乗れば他の者は見逃してやろう、と。名乗りましょう、自ら」
 すると、隣の少女がユリエナの外套の裾を握り、小さく首を振った。恐怖に震えながらも、必死に示した最後の抵抗だった。申し訳ない気持ちが込み上げてくるが、後悔はない。今度はユリエナが宥める番とばかりに精一杯の優しい笑みを送った。
 男に向き直ると、ユリエナは被せてもらった外套を脱ぎ払い、純白の翼を見せつけた。
わたくしはフォルセス王国第一王女ユーリエレナ・イルム・フォルセス。そして正真正銘、――〝太陽の神子〟です」
 兵士達が息を呑むのを感じる。しかし、男は――。
「……っ、はは! あはははははははは! 傑作だ! まさかフォルセスの王女が〝太陽の神子〟になろうとは! ふふはっ、これは面白い!」
 この深刻な空気の中で、笑っていた。
 ユリエナはその行為の理解不能さに背筋が寒くなる。そして男はまた厳粛な態度に戻ると、冷淡な声で言った。
「よかろう。神子を拘束しろ。他の者に手を出すな」
 男の指示に何人かの兵士が動いてユリエナを取り押さえる。
 安全を保障された候補者達は、今だという時に反撃する力を出せずにいた。恐怖心によって冷やされた身体と精神が、正義感を悉く否定する。彼女達は〝太陽の神子〟が非力な自分達を庇って連れ去られるのを、ただ黙って見ていることしか出来なかった。
「行きは大変だったろうが、帰りは楽だぜぇ」
「あ、あなた……その法衣は、フォルセスの……」
「まあそういうこった」
 群青色の法衣を纏う者が前にやってきて、ユリエナは愕然と声を漏らす。対してその魔術士はへらへらと受け流した。
「無駄話してる暇があるんだったらさっさとしろ」
「へいへー」
 術者本人とユリエナ、それから周辺にいる兵士達の足元に展開された転送魔法陣。ユリエナは見知らぬどこかへ送られることを覚悟した。そこにきっと味方はいない。
 その瞬間。魔法陣の光とは別に自分の胸元で何かが煌めいた。
 ……光石?
 それを確かめようとした時、転送魔法が発動し、視界が完全に覆われてしまった。
「丁重におもてなしさせて頂きますよ、姫様。我が城へご案内致しましょう」
 ユリエナが背後ですすり泣く彼女達を振り返ることは、一度もなかった。
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