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一章 光の代償
娘の友達
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娘の見送りに出た老爺が報告に戻ってきた。本来は親がすべき役目を快く引き受け、娘の世話係を誠実に全うしていた彼の心情を察し、早々に自室へと下がらせる。
ユリエナの実父――フォルセス王国第五七八代国王ディーフィットは広い応接間に一人となった。
〝太陽の儀式〟が近付き、国務が急増している。本人から見送りは不要だと言われていたこともあり、出立の際、結局会いには行かなかった。
せめてもの贖罪として彼女達の援助を決めたものの、こちらに出来ることは限られているようだ。既に思い当たることは全て済ませてしまった。
扉のむこうからコツコツと靴音が響く。足早に聞こえるその音は徐々に大きくなり、止まると同時に応接間の扉が開いた。
そこには瑠璃色の髪をハーフアップに結い上げ、臙脂色の瞳を持つ女性がいた。左耳では涙の形をした宝石が揺れている。
「戻ったか」
「ついさっきね」
「もう少し早ければ、娘にも会えたのだろうが」
「ユリエナは出発したばかり?」
現れた女性は、まるで年来の友に会うかのような無礼講極まる口調で、グリームランド最強を誇るフォルセスの国王と挨拶を交わす。ディーフィットは特に気に留めた様子もなく話を続けた。
「うむ。世話になった者達に挨拶をしてから出立すると言っていた」
「あの子らしいわね」
四六時中澄ました顔をしていそうな彼女がふっと目を細めた。だがここを訪れた目的はそれを聞くことではない。彼女は後ろ髪を掻き上げて話を切り替える。
「じゃあこっちも急がないといけないわね。アズミとワモル、借りて行くわよ」
「彼らには単独行動の許可を与えてある」
「あら、そう。じゃあもう一つ、神殿と塔への立ち入り許可を出してもらえるかしら」
「うむ。許可証も既に中尉が持っている」
「話が早いのね。手厚い援助、感謝するわ」
「それはこちらの方だ。大したこともしてやれずに済まない」
「充分よ。私用にしては充分すぎるくらいだわ」
肩を竦めてそれだけ言うと、彼女は身を翻し、扉の方へ向かった。
「行くのか?」
「ええ」
「ナルタット槍士は親衛隊と共に太陽神殿に向かうそうだ。中尉は自室で待機している。居なければ書庫をあたるといい。必要なら足も用意するが」
「それは平気よ。あてがあるから」
「……彼も同行させるのか?」
足が止まる。誰のことを指しているかはこの二人の間で改めて名指しにすることもない。
「ええ。ひよっこ騎士も連れて行くわ」
「彼の噂は聞いている。だがあれから数年経った今、果たして戦力になるのか?」
「それならそれで、その時考えるけど……」
ディーフィットが深刻な趣で問うのとは裏腹に、彼女は事も無げに言う。
「あいつはこんなところじゃ終わらないわよ」
根拠はない。しかし一片の疑いもない彼女の態度に、ディーフィットはやや面喰うも、不要な杞憂であることを悟った。
「我が娘といい、貴殿といい、彼を随分買っているのだな」
ディーフィットの呟きを背に彼女は扉を引いた。
「そう? でもまあ、あいつに会えば解るかもね」
そして一度だけ振り返り満更でもない笑みを見せて、彼女は応接間を後にした。
ユリエナの実父――フォルセス王国第五七八代国王ディーフィットは広い応接間に一人となった。
〝太陽の儀式〟が近付き、国務が急増している。本人から見送りは不要だと言われていたこともあり、出立の際、結局会いには行かなかった。
せめてもの贖罪として彼女達の援助を決めたものの、こちらに出来ることは限られているようだ。既に思い当たることは全て済ませてしまった。
扉のむこうからコツコツと靴音が響く。足早に聞こえるその音は徐々に大きくなり、止まると同時に応接間の扉が開いた。
そこには瑠璃色の髪をハーフアップに結い上げ、臙脂色の瞳を持つ女性がいた。左耳では涙の形をした宝石が揺れている。
「戻ったか」
「ついさっきね」
「もう少し早ければ、娘にも会えたのだろうが」
「ユリエナは出発したばかり?」
現れた女性は、まるで年来の友に会うかのような無礼講極まる口調で、グリームランド最強を誇るフォルセスの国王と挨拶を交わす。ディーフィットは特に気に留めた様子もなく話を続けた。
「うむ。世話になった者達に挨拶をしてから出立すると言っていた」
「あの子らしいわね」
四六時中澄ました顔をしていそうな彼女がふっと目を細めた。だがここを訪れた目的はそれを聞くことではない。彼女は後ろ髪を掻き上げて話を切り替える。
「じゃあこっちも急がないといけないわね。アズミとワモル、借りて行くわよ」
「彼らには単独行動の許可を与えてある」
「あら、そう。じゃあもう一つ、神殿と塔への立ち入り許可を出してもらえるかしら」
「うむ。許可証も既に中尉が持っている」
「話が早いのね。手厚い援助、感謝するわ」
「それはこちらの方だ。大したこともしてやれずに済まない」
「充分よ。私用にしては充分すぎるくらいだわ」
肩を竦めてそれだけ言うと、彼女は身を翻し、扉の方へ向かった。
「行くのか?」
「ええ」
「ナルタット槍士は親衛隊と共に太陽神殿に向かうそうだ。中尉は自室で待機している。居なければ書庫をあたるといい。必要なら足も用意するが」
「それは平気よ。あてがあるから」
「……彼も同行させるのか?」
足が止まる。誰のことを指しているかはこの二人の間で改めて名指しにすることもない。
「ええ。ひよっこ騎士も連れて行くわ」
「彼の噂は聞いている。だがあれから数年経った今、果たして戦力になるのか?」
「それならそれで、その時考えるけど……」
ディーフィットが深刻な趣で問うのとは裏腹に、彼女は事も無げに言う。
「あいつはこんなところじゃ終わらないわよ」
根拠はない。しかし一片の疑いもない彼女の態度に、ディーフィットはやや面喰うも、不要な杞憂であることを悟った。
「我が娘といい、貴殿といい、彼を随分買っているのだな」
ディーフィットの呟きを背に彼女は扉を引いた。
「そう? でもまあ、あいつに会えば解るかもね」
そして一度だけ振り返り満更でもない笑みを見せて、彼女は応接間を後にした。
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