空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

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序章 太陽の終わり

城下街

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 すれ違いざま肩と肩とがぶつかるような細い路地裏を歩いていく。
 石造りの高い建物の側壁に挟まれ、光が所々にしか差し込まないため薄暗い道が続いている。日中は気温が上がり動き回っていると汗が滲む程に暑くなるのだが、ここはいつも独特の涼しさを保っていた。この路地裏はやたらと曲がり角が多く、複雑に入り組んでいる。城下街の人間だって、異なる地区を歩けば彷徨うこともある。だがその一方で、ジンレイはどこも一様に見える路地を右へ左へ躊躇せずに進んでいく。生粋の地元っ子である彼は街の路地裏を熟知していた。
 細い道を抜けて大通りへ。
 一歩出たその先から、静閑としていた路地裏とは打って変わって活気溢れた世界が広がる。初めて街を訪れた者にはこれが式典あるいは祭り事を行っているように見えることだろう。しかしこれがこの街の日常。大広場に通じるこの大通りはいつもたくさんの人が行き交い賑わっていた。
 城下街。ここはフォルセス王国の王都を彩る、グリームランド最華の街である。
 フォルセス王国はこのグリームランド最古にして最大の国家だ。惑星の約三分の二を所領地とし、軍事力は完全無欠と謳われている。グリームランドには他にもいくつか小国が存在しているが、フォルセスとの諍いはなく、むしろ惑星の代表としてフォルセスを公認していた。
 この大通りの行き着く先。街の中心に向かって小高くなる丘。その頂に見える白壁の城こそがフォルセス王国の王宮である。太陽が燦然と輝いていた頃は、青い空に白いフォルセス城と鮮麗な色彩を映し出していた。
 だがそれも今はくすんで見える。
 ジンレイは行き交う人の波を縫って、第一目的の物がある商店に向かった。先程子供客が彼の予想を上回り五枚の皿を割ってしまったことで、このままでは配膳に不都合が及ぶ可能性が出てきた。そのため早急に代えが必要になったのだ。
 陶芸屋に着くとジンレイは割れてしまった皿と似ているものを適当に選び、足を止めることなく会計を済ませた。入ってから数分も経たずに店を出る。
「ねえねえ、聞いた? リハイド様が王都に来られるんだって!」
 店先にいた娘達の許にまた一人、娘がやってきた。それを聞いた彼女達は人目も憚らず黄色い声を上げる。
「へえ、戻って来るんだ」
 その話を又聞きしつつ、ジンレイはその場を後にした。
 街娘達が赤くなって騒ぐリハイド様とは、類稀なる才能を持った最高位魔術士のことだ。その強さはまさに敵無しと言っても過言ではなく、並みの魔術士では足元にも及ばないという。フォルセス王国から最高位の称号を授かった魔術士は僅か六名。そのうちリハイドは最も若い。が、数多の実戦経験で培われたその実力は、先輩の最高位魔術士達に全く引けを取らないのだとか。
 魔術士の大半は国家に勤める。現に四名の最高位魔術士はフォルセス国家に属していた。しかしリハイドは、束縛は嫌いだとか一人の方が楽でいいとか、適当な理由でそれを拒み、単身で活動している。これは魔術士としては異例だ。そうして赴いた街や村で活躍の噂が立ち、いつしか〝最強の魔術士〟という二つ名が付いた。魔術士界だけに留まらず、世間にまで名の知れた高名な人物である。
「よし、こんなもんかな」
 行きつけの食品店で定食の材料を粗方買い込み、ジンレイは両手両腕に荷物を下げ、正面にもう一つ抱え込みながら帰路についた。行きは大通りを通ったが、この大荷物では人通りの多い道は歩きづらい。ジンレイは大通りを避けて裏通りに入った。
 こちらは主に老舗や専門店が立ち並び、来訪者向けの店が多い大通りに比べると、街の人々の生活に寄り添うような落ち着いた趣がある。人通りが少ないため子供も好きに走り回れるし、おばちゃん方が大人数で井戸端会議を開くのも見慣れた光景だ。
 昔よくここで遊んでいたジンレイとしては大通りよりもこちらの方が親しみ深い。
「あれ? ジンレイじゃないっスか」
 背後に陽気な声がして振り向くと、そこには同じく親しみ深い人物がいた。
「よ、キルヤ」
 彼は荷物を店の中に運ぶ途中のようで、大きな木箱を抱えていた。店先の脇には同じものがいくつも積んである。全部中へ運び込むにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「忙しそうだな」
「まあ親父の仕事っスけどね」
 苦笑混じりに言うキルヤ。
 彼は今日も浅葱色のつなぎを着て、微かにオイルの匂いを纏っている。今は身体を動かして暑いのか、上半身の部分を腰に巻き付けて腕をさらしていた。
「ジンレイくらいっスよ。オイラに仕事をくれるのは」
 深呼吸して身体を後ろに反らす。彼は表情や仕草の端々に混じりっ気のない陽気さを垣間見せるため、しばしば年の近い弟がいたらこんな感じなのかと思う時がある。
 キルギリヤ・ソルベティ。技術屋の跡取り息子である。
 と言っても実際に跡を継ぐのはだいぶ先とのこと。この手の職業は経歴が物を言うところがある。若干十六歳の若造には、大きな依頼が入って来ることはまずないのだ。ましてや彼の父親は世界でも名の知れた技士で、その隣では彼の評価されるべき成果も陰ってしまう。今は父親の助手をしながらより高度な技術を学んでいた。
 彼とは同い年で家が近いこともあって、かれこれ十数年の付き合いである。純粋に良き友としてもそうだが、依頼人クライアントと技士といった仕事関係でもまた然り。つい先日も彼に一つ依頼を持ち込んでいた。
「ジンレイこそ、今日は大変そうっスね」
「まあ見ての通り姉貴の使いっぱしりだよ」
 ジンレイも苦笑を浮かべた。お互いこの過剰労働は本意でないと言外する。
 ややあって、あ、とキルヤが声を漏らし手を叩いた。
「そうっス。預かってた品物、後で届けに行くっスよ」
「お、悪いな。そっち落ち着いてからでいいから。ちゃんと休憩入れろよ」
「寝る時と食べる時しか休まないジンレイに言われたくないっス」
「こちとらそれが売りだからいいんだって」
 この場で受け取れればそれが一番いいのだが、あいにく持ち運べる限界まで食材を買い込んだのでこれ以上荷物は増やせない。今は素直に彼の厚意に甘えることにした。
「んじゃあまた後でな」
「ういっス」
 そろそろ店もまた混み始める。ジンレイは帰ってから仕事が少ないことを願いつつ、歩を速めた。
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