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ガチャ
いつもは静かに開ける扉。でも今日は大きな音を立てて開けた。
「ママー!来たよ!」
そしていつもより大きめな声でママを呼ぶ。
「はーい、いらっしゃーい」
スタッフルームから出てくるママ。まだ営業時間じゃないのに、俺が来るからかちゃんとした格好をしていた。
「あなたはねぇ、ほんといつもいつも急なんだから!」
「全くもう」と言いながら席を準備してくれる。
カウンター席の1番奥。1番目立たないところにママはお酒を準備してくれた。
翔太は椅子に腰を掛け、ブランケットのようにダウンを膝にかける。そして一息つくと、ママは心配そうな声で翔太に話しかけた。
「ねぇ、ここ1ヶ月ちょっと全く店に来てくれなかったけど⋯なにかあったの?」
ママは俺が男と2人で店を出たあとからずっと心配していてくれたらしい。
ルールもあったため、引き止められなかったこと。あの時1番必要だったのは、少しでも心を埋めてくれる人だと思ったこと。連絡も追い詰めるみたいでできなかったこと。
ママは本当に俺を気にかけてくれていたらしい。
「ママ⋯ありがとう」
そんなに心配してくれて。
俺はグビっと、出してもらったお酒を飲み心を決めた。
ーー話すためにためにここに来たんだから。
「ふぅ、ママ、俺の話を聞いてほしいんだ。」
俺は一つ一つゆっくりと話した。
ここで彼氏と出会って付き合ったけど、ただの性欲のはけ口にされていたこと。暴力、暴言は当たり前だったこと。別れた最後の日、無理やりヤられたあと、捨て台詞のように本命が妊娠したと告げられたこと。
そして一方的に振られたこと。
首のあざは最後のセックスでつけられたこと。
病院に行ったこと。
病院で”先生”という存在に出会えたこと。先生に相談したこと。首の絞め痕を治療してもらったこと。
パニックになったこと。
病院でも何回もパニックで倒れたこと。
男がダメになったこと。男が好きなのに触れないこと。
でも先生にだけは触れること。
「今じゃパニックと不眠症に悩まされてるよ。」
俺がそう話すと、ママは静かに泣いていた。
「俺は今でもあいつが怖いんだ。
最初から裏切られていることは知っていたのに、田舎から逃げ出してきた自分には唯一の居場所だったから離れられなかった。ずっと依存していたからこそ、いざ離れた今、壊れていく自分を感じるのが怖くて辛い。」
俺はあいつが怖くて、怖くて。でもなぜかずっと頭の中にいて気持ち悪かった。
言葉にして初めて気づいた。
"離れたい"のに"離れられない"
あいつの影をいつまでも追ってしまっているのだ。怖いからこそ、嫌いだからこそ、忘れられずずっと自分の中に残り続けている。嫌いだからこそ、あいつに縛られ続けている。
でも
「でも、ね、」
自分を見てくれる人がいたから
「先生がいたから、生きれたんだ。」
何度も彷徨ったあの暗くて冷たい空間。それでも目を開けれたのは、先生が俺のそばにいてくれたから。
『稲場さん』
『力を抜いて』
『そばにいるよ』
その言葉たちがどれだけ俺の支えになったか。
気が付くと俺の視界はゆらゆら揺れていた。目にたまった涙が頬を伝って下に落ちる。
「翔ちゃんは、先生のことが好きなのね。」
俺は、先生が好きだ。
小さく頷く翔太に、ママはハンカチを渡した。
「翔ちゃん、わたしはもうこれ以上翔ちゃんに悲しい思いをしてほしくないの。」
「わかってくれるわよね?」とママは翔太に問いかける。
「わたしはこの世界で色々な人を見てきたわ。
バーでただただ飲むだけの人。ナンパをする人。それに乗っかる人。
でもそれだけじゃないの。中には翔ちゃんみたいに遊ばれて心を壊して自殺してしまった人だっているのよ。わたしはいつか、翔ちゃんがそうなってしまうんじゃないかって不安なのよ。」
でも俺は先生が助けてくれた。結局好きになってしまったけど。
「ノンケだって一緒よ。結局こちらが辛くなってしまうだけなのよ⋯」
それも知っている。
知ってるけど、
「俺は、先生を見てるだけでいい」
好きになってもらわなくていい。医者と患者という立場でいい。それ以上望まなくていい。
「俺、先生のそばにいれるだけで幸せなんだ」
そう言った翔太の顔は、いつぞやの付き合った当初の幸せそうな顔に似ていた。
話しているうちにすっかりと酒が進んでしまった翔太は、少しうつらうつらしている。手にはグラスが握られているが、いつ落とすか分からない。
「ったく、この子ったら⋯」
ママは翔太の膝から落ちそうになっているダウンを、カウンター内に寄せる。ダウンには酒が数滴落ちて少し濡れていた。
カランカラン
いつの間にか開店時間になった店内には、お客さんがまちまちと入ってくる。金曜日だからか人が多い。きっとこれからもっと人が来るだろうなとママは思っていた思った。
いつもは静かに開ける扉。でも今日は大きな音を立てて開けた。
「ママー!来たよ!」
そしていつもより大きめな声でママを呼ぶ。
「はーい、いらっしゃーい」
スタッフルームから出てくるママ。まだ営業時間じゃないのに、俺が来るからかちゃんとした格好をしていた。
「あなたはねぇ、ほんといつもいつも急なんだから!」
「全くもう」と言いながら席を準備してくれる。
カウンター席の1番奥。1番目立たないところにママはお酒を準備してくれた。
翔太は椅子に腰を掛け、ブランケットのようにダウンを膝にかける。そして一息つくと、ママは心配そうな声で翔太に話しかけた。
「ねぇ、ここ1ヶ月ちょっと全く店に来てくれなかったけど⋯なにかあったの?」
ママは俺が男と2人で店を出たあとからずっと心配していてくれたらしい。
ルールもあったため、引き止められなかったこと。あの時1番必要だったのは、少しでも心を埋めてくれる人だと思ったこと。連絡も追い詰めるみたいでできなかったこと。
ママは本当に俺を気にかけてくれていたらしい。
「ママ⋯ありがとう」
そんなに心配してくれて。
俺はグビっと、出してもらったお酒を飲み心を決めた。
ーー話すためにためにここに来たんだから。
「ふぅ、ママ、俺の話を聞いてほしいんだ。」
俺は一つ一つゆっくりと話した。
ここで彼氏と出会って付き合ったけど、ただの性欲のはけ口にされていたこと。暴力、暴言は当たり前だったこと。別れた最後の日、無理やりヤられたあと、捨て台詞のように本命が妊娠したと告げられたこと。
そして一方的に振られたこと。
首のあざは最後のセックスでつけられたこと。
病院に行ったこと。
病院で”先生”という存在に出会えたこと。先生に相談したこと。首の絞め痕を治療してもらったこと。
パニックになったこと。
病院でも何回もパニックで倒れたこと。
男がダメになったこと。男が好きなのに触れないこと。
でも先生にだけは触れること。
「今じゃパニックと不眠症に悩まされてるよ。」
俺がそう話すと、ママは静かに泣いていた。
「俺は今でもあいつが怖いんだ。
最初から裏切られていることは知っていたのに、田舎から逃げ出してきた自分には唯一の居場所だったから離れられなかった。ずっと依存していたからこそ、いざ離れた今、壊れていく自分を感じるのが怖くて辛い。」
俺はあいつが怖くて、怖くて。でもなぜかずっと頭の中にいて気持ち悪かった。
言葉にして初めて気づいた。
"離れたい"のに"離れられない"
あいつの影をいつまでも追ってしまっているのだ。怖いからこそ、嫌いだからこそ、忘れられずずっと自分の中に残り続けている。嫌いだからこそ、あいつに縛られ続けている。
でも
「でも、ね、」
自分を見てくれる人がいたから
「先生がいたから、生きれたんだ。」
何度も彷徨ったあの暗くて冷たい空間。それでも目を開けれたのは、先生が俺のそばにいてくれたから。
『稲場さん』
『力を抜いて』
『そばにいるよ』
その言葉たちがどれだけ俺の支えになったか。
気が付くと俺の視界はゆらゆら揺れていた。目にたまった涙が頬を伝って下に落ちる。
「翔ちゃんは、先生のことが好きなのね。」
俺は、先生が好きだ。
小さく頷く翔太に、ママはハンカチを渡した。
「翔ちゃん、わたしはもうこれ以上翔ちゃんに悲しい思いをしてほしくないの。」
「わかってくれるわよね?」とママは翔太に問いかける。
「わたしはこの世界で色々な人を見てきたわ。
バーでただただ飲むだけの人。ナンパをする人。それに乗っかる人。
でもそれだけじゃないの。中には翔ちゃんみたいに遊ばれて心を壊して自殺してしまった人だっているのよ。わたしはいつか、翔ちゃんがそうなってしまうんじゃないかって不安なのよ。」
でも俺は先生が助けてくれた。結局好きになってしまったけど。
「ノンケだって一緒よ。結局こちらが辛くなってしまうだけなのよ⋯」
それも知っている。
知ってるけど、
「俺は、先生を見てるだけでいい」
好きになってもらわなくていい。医者と患者という立場でいい。それ以上望まなくていい。
「俺、先生のそばにいれるだけで幸せなんだ」
そう言った翔太の顔は、いつぞやの付き合った当初の幸せそうな顔に似ていた。
話しているうちにすっかりと酒が進んでしまった翔太は、少しうつらうつらしている。手にはグラスが握られているが、いつ落とすか分からない。
「ったく、この子ったら⋯」
ママは翔太の膝から落ちそうになっているダウンを、カウンター内に寄せる。ダウンには酒が数滴落ちて少し濡れていた。
カランカラン
いつの間にか開店時間になった店内には、お客さんがまちまちと入ってくる。金曜日だからか人が多い。きっとこれからもっと人が来るだろうなとママは思っていた思った。
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