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 "休学"

 その言葉は深く俺の心をついた。東京で生きるため、後悔しないように、留年しないようにように必死になって学校に通ったのに。真面目に講義を受けていたのに。

「休学は…」

 ーーしたくない。

 そう翔太が言おうとした時だった。

「それは頑張っている稲場さんに失礼なんじゃないか?」

 栗原の言葉だった。栗原は珍しく冷たい目をして、阿部を見ていた。

「何もこっちだって失礼したくて言ってるわけじゃないんだよ」

 あくまで治療のため。ストレスのある状況では、どれだけ通院して治療しても治らない。

「…申し訳ない、稲場さん。少し焦りすぎてしまった。」

「あ、いえ、大丈夫です…」

 

 それから今まで通り診察をして、毎日飲んでいる睡眠薬を処方してもらった。初回と比べて睡眠薬の量はだんだんと減ってきた。しかしやはりまだ飲まなくては寝られないのだ。

 ガラガラと診察室の扉を開ける。翔太は「ありがとうございました」とお礼を言って、栗原とともに診察室を後にした。

 診察室を出る時にちらっと見えた阿部先生の顔は少し暗かった。

 もちろん自分でも大学でパニックを起こす前に、少しの間休学するか考えていたのはあった。でも今まで真面目に講義に出ていた分、休学するのは気が引ける。なにより、圭介に休学して今までのことがバレるのが嫌だった。

 ーー圭介にまで嫌われるなんて、耐えられない…

「はぁ...」

 思わずため息が漏れてしまう。

「稲場さん…」

 隣を歩いている栗原が心配そうに翔太を見つめる。

「ごめん、先生!俺、今日ため息ついてばかりだね」

 はっとした表情で翔太は栗原に言った。 
 つい先生に謝ってしまう。今日はほんとに先生に心配ばかりかけてしまう。

 そうして歩いているうちに、受付についてしまった。先生とは毎回ここでお別れ。

「それじゃあ稲場さん、また来週ね。もし何かあったら連絡してね。」

「はい、ありがとうございます」

 精神科から受付までは長いようで短い。先生と歩くともっと短く感じる。
 ばいばいと手を振る栗原は、とても優しい顔で微笑んでいた。翔太もさようならと手を振って受付を後にした。優しく微笑む栗原に、周りにいた患者や看護師は釘付けになっている。その光景がまた翔太の心を締め付けた。



 ーーその顔は、俺だけが見たかったな

 そんなことを考えながら翔太は病院を後にした。さっきまで先生といたからなのか、家まで15分の距離が少し遠く感じる。

 いっちょ前に嫉妬してしまう自分に少し嫌気がする。俺は患者。あくまで先生が受け持つ患者なのだ。だから優しくしてくれるし、心配だってしてくれる。

『何かあったら連絡してね』

 その言葉が頭の中で繰り返される。

 ーー…か

 もちろん先生の個人的な連絡先なんてものは知らない。先生は”病院”に連絡という意味で言ったのだろう。縮まることのない医者と患者という立場に悲しくなってしまった。





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