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19(栗原side)
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ピッピッピッピッ
無機質な電子音が鳴り響く病室。そこに彼は息を殺して眠っている。
「稲場さん」
名前を呼んでみても反応はない。ただ時折、苦しそうに顔を歪めるだけ。
どうして俺はそばにいることしか出来ないんだろう。
『うぅあああぁああああ』
『稲場さん!しっかり!』
稲場さんは、俺が駆けつけた時にはもう自我を保っていられていなかった。泣き叫び、過呼吸になり、そしてその弾みで嘔吐した。
--「助ける」なんて言ったのに。
そう思いながら栗原は翔太の手を握る。
稲場さんは精神科へ向かう時にパニックを起こした。やっぱりパニックの引鉄は〝元恋人〟なのだろう。
「稲場さん、俺ならそんな酷いことしないよ。」
そんなことを言いながら、握る手を強める。ギュッと手の中に納めた自分より少し小さい手は冷たい。
稲場さんを初めて見た時、全身に衝撃が走った。自分でも信じられないほどに、強く惹かれた。
震えた手
助けてと訴えている目
言葉を発する度に、小さく動く唇
その全てが愛おしく感じた。
一目惚れだなんて信じていなかった。でも、稲場さんがパニックになったと連絡をもらったときに自覚した。
この俺が患者1人にこんなに必死になるわけがない。稲場さんのことになると、自分が自分でいられなくなるのは惚れていたからなんだ。
「うぅ、、、」
翔太が小さく唸る。モゾっと動いた身体は怠そうだった。
「稲場さん、大丈夫。俺がついてるからね。」
あぁやっぱり、稲場さんのことが好きだなぁ。
「…あ、」
栗原は何かを思い出し、電話をかけるために病室をでた。
ガラガラガラ
コツコツと歩き、人気の無い所を探す。そして栗原は白衣のポケットから仕事用の携帯を取り出すと、とある所に電話をかけた。
プルルルルル
『…はい、精神科です。』
「午後に予約してた栗原です。」
ガチャっと電話に出た精神科の看護師に手短に要件を話す。
「実は担当患者がパニックを起こしたため、診察は取り消しにしておいて下さい。」
『承知致しました。』
プツッ ツーツー
病院は常に忙しい。診察の予約を取り消したらすぐに電話を切られた。
--要は済んだ。すぐに稲場さんのとこに戻ろう。
診察に予約を取り消したりなど予定が狂うことはあまりしたくはなかったが、予約を入れていた精神科の医師は栗原の医学生の時の友人だった。そのため、少しの融通なら聞くのだ。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
廊下をすれ違う看護師と挨拶を交わしながら、翔太のいる病室に栗原は戻って行った。
ガラガラガラ
小さい個室に1人眠っている翔太はまだ起きない。しかし、心做しか先程より顔色が良くなっている。
もう一度ベッドの横に置いてある丸椅子に腰をかけ、翔太に声をかける。
「稲場さん」
ピクっと手は反応するが、目は開かない。1週間前の気を失った時と似ていた。
--うん、反応はあるからもう少しで目が覚めるだろう。
あと15分ほどで栗原は仕事に戻らなければいけない。出来れば自分がいる時に起きて欲しい。
翔太の目に最初に映るのは自分でありたかった。
チッチッチッチ
ピッピッピッピッ
部屋の時計と機械の電子音が鳴り響く。聞きなれた音が、妙に大きく感じる。
「稲場さん、稲場さん」
名前を呼ぶと起きてくれる気がする。そう思い、何度も名前を呼びかける。
早く起きて。
「はぁ…」
栗原は珍しくため息をついた。もう少しで15分経つからだ。スーッと名残惜しそうに翔太の手を撫でる。
「稲場さん…」
最後にもう一度ギュッと手を握り、翔太の名前を呼んだ。
そしてもう部屋を出ようと立ち上がろうとした時、
「ん……せ、んせ、い…」
掠れた小さい声が聞こえた。
「おはよ」
世界で1番嬉しい〝おはよう〟だった。愛おしい人が目を覚ました。
「先生、おれ、がんばっておきたよ」
褒めてと言わんばかりに微笑みながら翔太が言った。栗原は嬉しさのあまり震えそうになる手を抑えて、落ち着いた声で話す。
「稲場さん、ありがとう、よく頑張ったね。」
そして栗原は翔太を抱きしめた。
自分より小さくて細い体を壊さないように、優しく優しく翔太を包み込んだ。
翔太は驚いて目を見開いたが、すぐに栗原の背に手を回して受け入れた。
--起きてくれてありがとう。
声にならない言葉を、ハグを通して栗原は翔太に伝えた。
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