8 / 28
8
しおりを挟むカランカラン
あの人はかわいい系、そしてあの人はかっこいい系。きっとモテるんだろうな。あそこの2人組みは付き合ってるのかな。それとも友達?雰囲気は友達っぽいけど…
あ、奥の人…雰囲気が先生に似てて好きかも…
翔太は重い目を開きながら観察する。ゲイバーは出会いを求める人も多くいる。翔太も元々それに近かった。物心ついた時から同性しか好きになれなかった翔太は、上京したら絶対ゲイバーに行っていい出会いをするんだ、なんて考えていたりした。
しかし実際出会ってしまったのは、顔だけのクズみたいな男。
はぁとため息をつくと、奥にいる人と目が合った。ニコッと微笑むその人は、4、50代といったところだろうか。でもカジュアルなスーツっぽい服が、その人を若く見せてとてもかっこいい。
コツコツ
「お隣、いいかな?」
落ち着いた声で話しかけられる。ふわふわとする頭を必死に起こす。
「どうぞぉ」
が、強い酒を飲みすぎた翔太はいつもより呂律が回らない。
よいしょと翔太の隣の椅子に座るその人は、酷く落ち着いている。きっとずっとこちらの世界にいる人なのだろう。
「君から熱い視線を感じちゃってね、声掛けちゃったよ。」
ママにお酒を頼みながらそういう。
「うぅーん?へへ、観察してたァ」
あぁ何も考えず思ったことをそのまま言ってしまう。これ以上飲んだらまずい、そう思っているのに酒を飲む手は止まらない。
ゴクゴク
今日はやけにテンションが高いのだ。振られた反動なのか、それとも先生と話したからなのか。
それすらも今の翔太の頭では考えることは出来ない。
クスッと笑い声が聞こえる。
「そうかそうか、私は君に観察されてたんだね。楽しかったかい?」
嫌な顔をせず話に乗ってくれる。そして俺はそれに安心して、ふにゃっと笑った。
「うん!知り合いに似てたから。…おにーさんかっこいいね」
カウンターの上に乗せていたその人の手をちょこんと触る。
ちょんちょん
翔太は男が嫌がらないことを確認して、指と指の隙間に自分の指を滑り込ませる。
一通り手遊びを終えた後、男が口を開くのを待った。
「そうかな?もうおじさんだよ」
はははと笑いながら、男は自分をじーっと見つめる翔太を見る。
そして
「君は可愛いね」
そう言って、出してもらった酒を飲みながら、男は太く長い指を自分から絡ませに行く。
その行動に、翔太は「嬉しい」と小声で甘えた声を出した。
普段の翔太なら絶対にしない。知らない人を、その場のノリで誘うことなんかしないのだ。それに甘えた声だって、普段なら出さない。そんなキャラではないのだ。なのに今日は止まらない。〝今日だけは〟と頭の何処かで思ってしまう。
ママはそんな翔太を心配した目で見守る。口説いてる最中に割って入っていってはいけない。つまり、ママはよっぽどのことがないと翔太を助けられないのだ。
酔って火照った翔太に、男は耳打ちする。
「ねぇ、ここ出ようか」
色っぽい声だった。
断る、なんてことは出来ない。元はと言えば、翔太から引っ掛けたのだ。そして翔太も、今日は断る気なんかこれっぽっちもない。
だってこれを求めていたのだから。
翔太はぐちゃぐちゃになっていた髪を解き、軽く頷いた。
結んでいた髪を解いて長い襟足を肩につかせる翔太は、大学生とは思えない色気を漂わせていた。
早く早くと誘うように男を見る翔太。
そしてそんな翔太を見て紳士に微笑む男。
「ママ、お会計お願い。」
そう男は言うと、スマートに翔太の分の代金まで払った。そして翔太は立ち上がった男の腕に手をまわす。
普段しないことなのに、分かったように体は動く。
翔太より背の高い、筋肉のある男が酔った翔太を支える。これが翔太でなければ、よく見かける光景だ。こうやって夜の街に消えていく2人を、ママは何回も見てきた。
なのにママは胸騒ぎが止まらなかった。一瞬暗黙のルールを無視して、翔太を止めようかとも思っていた。
だけど出来なかった。していいのか分からなかった。今の翔太に必要なのは、〝必要とされること〟〝求められること〟それを1番知っているのはママだ。
翔太が田舎から上京してきて、このゲイバーに入り浸るようになってからずっと見てきた。
翔太が笑っている時も、泣いている時も、怒っている時も、落ち込んでいる時も。その全てを見てきたママだからこそ、出来ないのだ。
ママは翔太がああやって知らない男を引っ掛けるところを見るのは、初めてだった。何処かで安心していた。今日もきっと愚痴を言って、泣いて終わるものだと信じていた。
どうかこれ以上、翔太が傷つくことがありませんように。
今はそう祈ることしか出来なかった。
男は会計が終わると、隣で体を預けながら立っている翔太の体を、グッと抱き寄せ腰に手を回す。
翔太は嫌な顔をしなかった。なんならそっと男に自分からくっつきにいく。
カランカラン
扉を開ける音がバーに響く。
誰もそれを気にする人はいない。
みんながそれぞれの世界に浸っていた。また翔太と男も同じ。そこには2人だけの空間が広がっていた。
117
お気に入りに追加
1,061
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

風邪ひいた社会人がおねしょする話
こじらせた処女
BL
恋人の咲耶(さくや)が出張に行っている間、日翔(にちか)は風邪をひいてしまう。
一年前に風邪をひいたときには、咲耶にお粥を食べさせてもらったり、寝かしつけてもらったりと甘やかされたことを思い出して、寂しくなってしまう。一緒の気分を味わいたくて咲耶の部屋のベッドで寝るけれど…?



戦いが終わった元戦士が毎晩悪夢にうなされて「失敗」するようになる話
こじらせた処女
BL
戦いは終わった。その日の食いぶちを繋ぐことに必死だったこの街にも平和が訪れた。
10歳から戦いに参加していたアルスは戦いが終わった頃には16歳だった。後遺症の影響で肉体労働が出来ない彼は家族から穀潰しだと陰口を叩かれ、逃げるようにして師匠の営む小さな酒場で雇ってもらっている。
目まぐるしく変わっていく街がアルスにとっては少し怖かった。戦いがあった方が家には金が自動的に入るし、たまの帰省も親戚一同で歓迎してくれた。必要とされていたのだ。
しかし、今は違う。左手と左足に軽い麻痺が残った体では水を汲むのでさえ精一杯だし、手先を使う細かい作業もできない。おまけに文字も読めず、計算も出来ない。何も出来ない彼は、師匠のお情けで仕事をもらい、何とか生きている現状。優しい師匠は何も言わない。4件隣の部屋を借り、一人暮らしをさせ、ご飯だって不自由なく食べさせる。小さな店で業務量も少ないのに良すぎる待遇に、アルスはコンプレックスを抱えていた。
前の生活に戻りたい。戦いがあった頃に戻りたい、そう薄らぼんやり考えるようになった時、彼は毎晩悪夢にうなされるようになる。しばらくしていなかった夜の「失敗」も毎晩のようにしてしまい、どんどん劣等感が募っていき…?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる