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しおりを挟むカランカラン
あの人はかわいい系、そしてあの人はかっこいい系。きっとモテるんだろうな。あそこの2人組みは付き合ってるのかな。それとも友達?雰囲気は友達っぽいけど…
あ、奥の人…雰囲気が先生に似てて好きかも…
翔太は重い目を開きながら観察する。ゲイバーは出会いを求める人も多くいる。翔太も元々それに近かった。物心ついた時から同性しか好きになれなかった翔太は、上京したら絶対ゲイバーに行っていい出会いをするんだ、なんて考えていたりした。
しかし実際出会ってしまったのは、顔だけのクズみたいな男。
はぁとため息をつくと、奥にいる人と目が合った。ニコッと微笑むその人は、4、50代といったところだろうか。でもカジュアルなスーツっぽい服が、その人を若く見せてとてもかっこいい。
コツコツ
「お隣、いいかな?」
落ち着いた声で話しかけられる。ふわふわとする頭を必死に起こす。
「どうぞぉ」
が、強い酒を飲みすぎた翔太はいつもより呂律が回らない。
よいしょと翔太の隣の椅子に座るその人は、酷く落ち着いている。きっとずっとこちらの世界にいる人なのだろう。
「君から熱い視線を感じちゃってね、声掛けちゃったよ。」
ママにお酒を頼みながらそういう。
「うぅーん?へへ、観察してたァ」
あぁ何も考えず思ったことをそのまま言ってしまう。これ以上飲んだらまずい、そう思っているのに酒を飲む手は止まらない。
ゴクゴク
今日はやけにテンションが高いのだ。振られた反動なのか、それとも先生と話したからなのか。
それすらも今の翔太の頭では考えることは出来ない。
クスッと笑い声が聞こえる。
「そうかそうか、私は君に観察されてたんだね。楽しかったかい?」
嫌な顔をせず話に乗ってくれる。そして俺はそれに安心して、ふにゃっと笑った。
「うん!知り合いに似てたから。…おにーさんかっこいいね」
カウンターの上に乗せていたその人の手をちょこんと触る。
ちょんちょん
翔太は男が嫌がらないことを確認して、指と指の隙間に自分の指を滑り込ませる。
一通り手遊びを終えた後、男が口を開くのを待った。
「そうかな?もうおじさんだよ」
はははと笑いながら、男は自分をじーっと見つめる翔太を見る。
そして
「君は可愛いね」
そう言って、出してもらった酒を飲みながら、男は太く長い指を自分から絡ませに行く。
その行動に、翔太は「嬉しい」と小声で甘えた声を出した。
普段の翔太なら絶対にしない。知らない人を、その場のノリで誘うことなんかしないのだ。それに甘えた声だって、普段なら出さない。そんなキャラではないのだ。なのに今日は止まらない。〝今日だけは〟と頭の何処かで思ってしまう。
ママはそんな翔太を心配した目で見守る。口説いてる最中に割って入っていってはいけない。つまり、ママはよっぽどのことがないと翔太を助けられないのだ。
酔って火照った翔太に、男は耳打ちする。
「ねぇ、ここ出ようか」
色っぽい声だった。
断る、なんてことは出来ない。元はと言えば、翔太から引っ掛けたのだ。そして翔太も、今日は断る気なんかこれっぽっちもない。
だってこれを求めていたのだから。
翔太はぐちゃぐちゃになっていた髪を解き、軽く頷いた。
結んでいた髪を解いて長い襟足を肩につかせる翔太は、大学生とは思えない色気を漂わせていた。
早く早くと誘うように男を見る翔太。
そしてそんな翔太を見て紳士に微笑む男。
「ママ、お会計お願い。」
そう男は言うと、スマートに翔太の分の代金まで払った。そして翔太は立ち上がった男の腕に手をまわす。
普段しないことなのに、分かったように体は動く。
翔太より背の高い、筋肉のある男が酔った翔太を支える。これが翔太でなければ、よく見かける光景だ。こうやって夜の街に消えていく2人を、ママは何回も見てきた。
なのにママは胸騒ぎが止まらなかった。一瞬暗黙のルールを無視して、翔太を止めようかとも思っていた。
だけど出来なかった。していいのか分からなかった。今の翔太に必要なのは、〝必要とされること〟〝求められること〟それを1番知っているのはママだ。
翔太が田舎から上京してきて、このゲイバーに入り浸るようになってからずっと見てきた。
翔太が笑っている時も、泣いている時も、怒っている時も、落ち込んでいる時も。その全てを見てきたママだからこそ、出来ないのだ。
ママは翔太がああやって知らない男を引っ掛けるところを見るのは、初めてだった。何処かで安心していた。今日もきっと愚痴を言って、泣いて終わるものだと信じていた。
どうかこれ以上、翔太が傷つくことがありませんように。
今はそう祈ることしか出来なかった。
男は会計が終わると、隣で体を預けながら立っている翔太の体を、グッと抱き寄せ腰に手を回す。
翔太は嫌な顔をしなかった。なんならそっと男に自分からくっつきにいく。
カランカラン
扉を開ける音がバーに響く。
誰もそれを気にする人はいない。
みんながそれぞれの世界に浸っていた。また翔太と男も同じ。そこには2人だけの空間が広がっていた。
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