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 頭の上で話し声聞こえる。

『なかなか意識が戻りませんね』

『うん、そうだね、点滴はちゃんとなってる?』

『はい。』

『そうか、ありがとう。じゃあこのまま様子見ようか。』

 ぽやぽやとする意識の中、声だけははっきりと聞こえた。グッと目に力を入れてみても開かない。

 視界は暗いまま。

フサ

 ふと頭を撫でられた気がし、ピクっと瞼を動かす。

「…ん?あぁ、意識はあるみたいだね。」

 優しい低い声はそう言いながら、なでなでとまた数回頭を撫でた。

ピクピク

「ふふ、目が開かないのかな?…力を抜いて。そーっと目を開けてごらん。」

 言われた通り暗い視界の中、その言葉を頼りに力を抜いて目を開く。

スー

 ゆっくり、ゆっくりと目を開けた先にいたのは、あの優しい声の持ち主だった。

「おはようございます、稲場さん。」

「あ…」

 何故か声がかすれて上手く出せない。

「無理しないで。調子はどうかな。」

 先生はそういうと、ちょっと失礼するねと服をまくり聴診器を胸に当てた。

ドクッドクッ

「うん、安定してるね。点滴だけど、あと30分くらいで終わるから、終わるまでここで安静にしててね。」

「…はい。」

 返事をすると当てていた聴診器を取り、服を直してくれた。

 先生は当たり前のようにするが、俺はよく分かっていない。どうして点滴をされているんだ?どうしてベッドに横になっているんだ?
 目を開ける前の記憶が朦朧とし、よく思い出せない。

「あの、先生」

「ん?どうしたのかな。」

 病室を出ようとしていた先生を引き止めてしまった。しかし先生は嫌な顔をせず、ベッドの横に丸椅子を置いて腰をかけた。

「あ、あの、俺、なんで点滴してるんですか」

 少しびっくりした顔をした後先生は笑った。

「ふふふ、そうだよね、充電が切れるように倒れちゃったから覚えてないかな?」

 充電が切れるように…倒れた??
 うーんと考えてみる。

 彼のことを話していたのは覚えてる。でもなんで倒れたんだ?出会った日から振られる時までのことを泣いて話した。
 それで、それで「頑張ったね」って手を握られた。

 カーっと顔が熱くなる。

「あ、えっと!恋愛相談みたいなの?しちゃったんですよね…たしか」

 にこやかに微笑んでいた先生が真剣な顔をする。

「そうですね、似たような感じでした。でもそれじゃないです。」

「へ?」

 すーっと息を整えて膝の上でぎゅっと拳を握った。そして口を開く。

「稲場さん、あなたは首の痕について話そうとした時に、倒れたんです。」

 ゆっくり、口を動かして出す言葉。1音1音丁寧に。

--あ。

ドクン

 その瞬間全て思い出した。ドクンドクンと心臓が大きく跳ね上がる。

「っあ、お、思い出し、ました。」

 かすれた声。きっと喉が乾いているのだろう。でもそれすら分からないように、波打つ心臓が邪魔をする。
 さっき手を握られたことを思い出し赤くなった顔とは逆に、サーっと血の気が引くように顔が青くなった。

「ご、ごめんね。大丈夫、ゆっくり息を吸って。吐いて。」

 パニックになりかけた俺の肩を擦りながら深呼吸をさせる。スーハースーハーとゆっくり吸って吐いてを繰り返すと少しだけ楽になった。

「首ね。稲場さんが倒れた時に一応治療はしたんだ。塗り薬を塗って包帯を巻くだけなんだけど。」

 そう言われハッとした俺は首に手を当てる。
 ザラザラとした感触。絞め痕は痛いが、包帯の巻き加減はちょうどいい。

「あ、ありがとうございます」

「いや、いいんだ、それが仕事だからね。」

 だから気にしないでと笑う。

「それでね、本題はここからなんだけど。これに関しては絶対に答えて欲しい。」

 真剣な声にビクッとする。

「その絞め痕、一体何があったの?青くアザになってたね。強い力じゃないとこうはならないはずだよ。」

 今までとうってかわり真剣な、そして鋭い声にじわっと涙が出る。

「あっ、えっと、恋人に、いや元恋人?かな?、に、絞められて」

「ごめん、泣かせたいわけじゃないんだ。」

 じわっと涙を浮かべて答えた俺に、先生はごめんねと頭を撫でた。

「うん、元恋人にされたんだね。答えてくれてありがとう。」

 そう言うと、そろそろ点滴終わるねとナースコールを押した。

「稲場さん。」

「あ、はい」

「首の様子みたいから、1週間後また来てね。塗り薬とお腹の鎮痛薬出しておくから。」

 はいっと返事をすると、ちょうど先生と入れ違うように看護師が入ってきた。点滴取りますよと声をかけられる。
 ベッドを降りると少しふらっと目眩がしたが、しっかりと歩けるから大丈夫だろう。

「お会計はこちらになります。それでは1週間後またお越しくださいね。」

 朝と同じ受付の看護師にそう言われ軽く頭を下げて病院を出た。

 病院に隣接する薬局へ向かいながら考える。

 最後、点滴を取るために看護師を呼ぶ前、先生が深く話を掘り下げなかったのは、きっと俺のためだろう。先生になら彼のことを言えると思った。しかし、話そうとしてみるとパニックになる。俺は彼のことがトラウマになってしまったのだ。

ウィーン

「すいません、薬を取りに来ました。」

「はい、こちらになります。ありがとうございました。」

 塗り薬と錠剤を受け取る。

 気を失っていたからか、薬を受け取った時にはもうとっくに昼を過ぎていた。このまま講義に出る気もなくなり、大人しく家に帰ろうと思い帰路に着いた。

 何となく1週間後、先生に会えるのが楽しみだ。





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