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真っ直ぐに見つめてくる目は綺麗で、いつの間にか俺は口を開いていた。

「--実は」


 そして俺は自分がゲイだと言うことを伏せ、今まで受けたことを先生に全て話した。

 田舎から上京した時出会った人を好きになったこと。猛アタックして付き合えるようになったこと。俺の気持ちを利用して〝都合にいい男〟として扱われたこと。
 話していくうちに涙が止まらなくなった。自分が思っている以上に、自分は傷ついていたのだ。

「うっ…す、すきだったんです。どんなに都合がいいように使われても…」

 本当に好きだった。だから辛い。

「お、おれ、誰かと付き合ったの、は、初めてなんです。い、今までの恋愛は想いを伝えることすら、その、難しくて」

 中高生の頃のことまで思い出してしまう。そうだ、俺はずっと好きな人と結ばれることなんてできなかった。中学の頃の担任にも、高校の頃の先輩にも。俺の態度で結局バレることになってはしまったが、自分から「好き」だと言うことはなかった。

 だからやっと想いを伝えれる人が出来て嬉しかった。俺の全てをかけて愛したいと思った。実際それは叶わなかったが。

「だっだから、」

 うっうぅと泣き声が漏れ上手く喋れない。こんなにこの人に聞いてもらいたいのに。

「うぁっす、すみま、せん…」

「ゆっくりでいいんだよ。」

 これまで無言だった先生が口を開いて、ギュッとパーカーの裾を掴んでいた俺の手を握った。

「…え?」

 と間抜けな声が出る。

「稲場さんは今まで良く頑張った。だから今はゆっくりでいいんです。ゆっくり、自分の言葉で教えてください。」

 ね?と微笑まれる。

「あ、ありがと、ございま、す」

 うんうんと頷きながら先生は翔太を見つめた。

「最初は出会った頃と同じように優しくて、毎日夜に会ってくれたんです。」

 泣いて少しボーっとする頭を頑張って動かして、1つずつ思い出していく。
 彼の行動、態度。

「でも」

 でも

「いつからか〝今日は会えない〟と連絡されるようになりました。」

 会えない

 それは仕方ないと思った。彼は仕事が忙しいと言っていたから。

「仕事が忙しいのは理解していました。だから俺は〝分かった〟の一言で済ませていました。」

 でも実際は違った。彼は仕事なんかしていなかったのだ。色んな女や男に声をかけ、俺と同じようにATMとして使っていた。

 その事が分かった時、最初に感じたのは焦り。
 俺が彼に選ばれたいと思った。

 決して自分から離れたいとは思わなかった。

 だから呼ばれる度、〝今日は俺が選ばれた〟などと優越感に浸っていたのだ。そこに愛はないのに。

「それは…酷いね」

 先生は例えどんな人でも人の純粋な気持ちを利用していい人はいないと俺に言う。

 俺も今はそう思う。でも当時はそんなことすら考えることは出来なかった。

 彼が離れていくなら、自分から離れるくらいなら、俺は都合のいい男になることを選んだ。

「馬鹿ですよね。これでも分かってるんです。でも俺は自分で〝都合のいい男〟になることを選んだんです。」

 先生は何も言わなかった。ただ俺の言葉を優しい顔で待っていてくれた。

 だから口を滑らしてしまった。

「でもそうしてダラダラと過ごしていくうちに、彼の本命が妊娠したんです。」

 といった瞬間、先生や周りにいた看護師の顔が一瞬崩れたのを俺は知らなかった。そして俺は自分が言ったことにも気づいていなかった。

「妊娠…ですか?」

 俺を握る手にギュッと力を込め聞いてくる。

コク

 小さく頷くと先生は悲しそうにそうですかと言った。

「だから振られたんです。元々先延ばしにしていた関係だったから…仕方ないのかもしれないけど…」

「それは!…違います。どんな理由であれ人の気持ちを弄んだ、それはいけないことなんです。」

 先生は俺がどんなに愚かでも俺を認めてくれた。君は悪くない、自分を責めないで、と。

 そして1呼吸間を置いて、先生は整った唇を開いた。

「それじゃあ、どうしてその首の痕ができたのか…教えてくれるかな?」

 いつの間にか幼い子に言うような言葉遣いになっていた先生に、俺は違和感もなく最後の日のことを話そうとした。

 最後の日。と言ってもそれは昨日だ。
 全然簡単に思い出せる。しかし体が、口が言うことを聞いてくれない。話そうとすると体はプルプルと震え、口から出る言葉は吃る。

「あ、あ、」

 言葉にならない声がもれる。次第に息がはぁはぁと上がり呼吸も苦してなっていった。

 さすがにヤバいと思ったのだろうか、先生は俺に「大丈夫ですか!」と何回も声をかけてきた。
 その度に頷いては見せるが、上手く声にはならない。

ギュルルルルル

 軽くパニックになったからなのか、ナカに出されたまま数時間放置した腹がなる。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 いつもなら我慢出来る痛さなのに、今は出来ない。

「はぁはぁ、い、痛い、い、たい」

 冷や汗をかきながら、俺の体を支えていた先生の白衣にしがみつく。

 いい歳して腹が痛くて泣く人なんているのだろうか。涙も冷や汗も止まらなければ、過呼吸も止まらない。


 そうして先生にしがみついているうちに、俺の意識は遠のいて言った。





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