2 / 8
衝撃の次回予告
しおりを挟む
私と推しの出会いは特に運命的でも必然的でもなかった。たまたま配属された公立高校にどタイプの顔の人がいた、というだけだった。彼は国語科、私は美術科の教員で、クラスと職員室の座席が近いこと以外に共通点はなかった。
しかし、私は慎ましやかに生きるタイプの人間であるからして、そんな素敵な顔面を持つ男性と組んず解れつのベタベタな展開の末にお付き合いを、などという夢みがちな中学生のような妄想に耽ることなど一度もなかった。
ただ、彼の美しすぎる顔面を呆けた老人のように眺めるだけで満たされていた。
それなのに、なぜ。なぜ今、事後の彼の腕の中で眠っているのか。昨日までは全く考えていなかった急展開に、私の頭はパンクし、ショートを起こしていた。なんなら、頭からばちばちと飛び散る火花まで見えるような気がした。そして、私はもはや高野先生の壁になりたい勢からガチ恋勢に変わってしまった。
無論それも全部、彼のせいである。愛おしそうに抱きしめられたり耳元で甘い言葉を囁かれたりしたら、いくら三平二満、遠慮会釈な私でも邪な期待や恋情を持ってしまってもおかしくはないだろう。私の平穏だった推し活ライフは一夜にして崩れ去ってしまったのだ。
私に腕枕をしながら、高野先生はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。これがいわゆる賢者タイムというやつなのだろう、と漫画で得た知識をもとにそう結論付けた。まさか推しを憎く思う日がくるなんて、と思い横で眠る彼をきっと睨みつけようとしたものの、彼の横顔があまりに美しすぎたため私の頬は一気に緩み、眉間に寄っていた皺は一本も残らずに消滅した。
うっすらと脂肪の乗った痩せた腕に包まれながら、私は思索に耽っていた。これからどうするのか、だとか明後日職員室で顔を合わせた時どんな顔をすればいいのかなどなど。
私が眉間に皺を寄せ、苦悩の表情をしているであろう時に、この男はなんとも安らかに。まるで天使のように眠り、骨ばった胸を呼吸に合わせて上下させていた。
そこからの私の検索履歴はこうだった。「同僚 ワンナイト その後」「推し ガチ恋になってしまったら」「推し 尊すぎて死ぬ」
スマートフォンの白い画面に表示された無機質な文字列を頭に入らぬまま流し読んでいるうちに、だんだんと心も落ち着いてきた。
私は100パーセント遊ばれているから、この恋は叶わない。アイドルにガチ恋するのと同じくらい不毛なことである。よって、私の取るべき行動はただ一つ。ガチ恋を卒業することである。
規則的だった寝息が聞こえなくなった。ちらりと横を見ると、すでに目を覚ましていたらしい高野先生と目が合ってしまった。
「ごめん、はるの先生。今何時ですか?」
彼がくしくしと目をこすりながら、私に尋ねた。まだ瞼は重たげで、いつもよりもぼんやりとした顔をしていた。
か、可愛い……小動物のような仕草に、私は早速キュンキュンしてしまった。せっかく今ガチ恋卒業を宣言したばかりだというのに……
可愛くないし、全然……となんとか自分に言い聞かせながら、枕元に放ってあった携帯を手繰り寄せて、彼に現在の時間を告げた。
「えっ! もうそろそろでチェックアウトの時間じゃないですか!」
ラブホテルにも普通のホテルと同じくチェックアウトの時間があることを初めて知り、私は感心してほへぇ~と間抜けな声を出した。
彼は慌ててサイドテーブルに置かれたメガネをかけた。メガネのない高野先生はいつもより幼く見えて、可愛らしい。眼鏡をかけるとキリッとしてかっこいい。どちらも尊い。それしか言えなかった。
呑気に彼の顔面観察に勤しんでいると、いつの間にか全身きちんと服を着た高野先生が目の前に立っていた。
「ほら、はるの先生。のんびりしてないで。お着替えの時間ですよ」
そういうと彼は、私の脱ぎ散らかした衣類をまとめて持ってきて、私を着替えさせようとした。
「いやいや、私、自分でできますのでっ! どうぞお気になさらず……」
しかし私の言葉は彼には届かなかったようで、高野先生は笑顔で私を“お着替え”させた。
「はい、ばんざーい」
と言われた時など、あまりの尊さに私は爆死しそうになってしまった。意外に私は赤ちゃんプレイが好きらしい。特に開きたくもなかった扉が開いてしまったようだ。甘やかされたい願望でもあるのだろうか、と荷物をまとめながら自己分析をした。
「じゃあ、出ましょうか」
彼がそう言って、私もはいと頷いた。ワンナイトならばきっと、これから先仕事以外で関わることもないだろう。こういった甘い時間がなければ私の恋心もじきに治るはずである。
こういった、やたらにギラついたラブホに来るのも今回が最初で最後、見納めだと思うとこのまあなんとも趣味の悪い部屋でも名残惜しく思えてきた。さようなら、名前もわからない謎のラブホ……
玄関で二人靴を履き、これはきっと夢だったのだなどと、必死で自分を納得させようとしたところで彼から驚くべき言葉が告げられた。
「次はいつ会いましょうか。行き先は……そうだな。コスモス畑なんてどうでしょう」
「えっ? 次回もあるんですか!?」
私はしばらく固まってしまった。次……? 会う……? コスモス畑…………? 衝撃の次回予告に私の脳は再び処理落ちした。
もしかして、私のキョドキョドした反応が面白いからしばらく私で遊ぶことにしたのだろうか。ふっ、お見通しですよ。なんて思ってお断りを入れようとしたその時だった。
「僕は、今の君のことがもっと知りたい。だから、また遊ぼう」
今の、という言い方にやや引っ掛かりを覚えたが、それどころではなかった。そんなイケフェイスから、そんなに甘い声で囁かれたら…………
「ヒャ、ひゃい…………」
あまりにもドキュンときた私は、猫みたいな間抜けな声で次会う約束を交わしてしまった。
しかし、私は慎ましやかに生きるタイプの人間であるからして、そんな素敵な顔面を持つ男性と組んず解れつのベタベタな展開の末にお付き合いを、などという夢みがちな中学生のような妄想に耽ることなど一度もなかった。
ただ、彼の美しすぎる顔面を呆けた老人のように眺めるだけで満たされていた。
それなのに、なぜ。なぜ今、事後の彼の腕の中で眠っているのか。昨日までは全く考えていなかった急展開に、私の頭はパンクし、ショートを起こしていた。なんなら、頭からばちばちと飛び散る火花まで見えるような気がした。そして、私はもはや高野先生の壁になりたい勢からガチ恋勢に変わってしまった。
無論それも全部、彼のせいである。愛おしそうに抱きしめられたり耳元で甘い言葉を囁かれたりしたら、いくら三平二満、遠慮会釈な私でも邪な期待や恋情を持ってしまってもおかしくはないだろう。私の平穏だった推し活ライフは一夜にして崩れ去ってしまったのだ。
私に腕枕をしながら、高野先生はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。これがいわゆる賢者タイムというやつなのだろう、と漫画で得た知識をもとにそう結論付けた。まさか推しを憎く思う日がくるなんて、と思い横で眠る彼をきっと睨みつけようとしたものの、彼の横顔があまりに美しすぎたため私の頬は一気に緩み、眉間に寄っていた皺は一本も残らずに消滅した。
うっすらと脂肪の乗った痩せた腕に包まれながら、私は思索に耽っていた。これからどうするのか、だとか明後日職員室で顔を合わせた時どんな顔をすればいいのかなどなど。
私が眉間に皺を寄せ、苦悩の表情をしているであろう時に、この男はなんとも安らかに。まるで天使のように眠り、骨ばった胸を呼吸に合わせて上下させていた。
そこからの私の検索履歴はこうだった。「同僚 ワンナイト その後」「推し ガチ恋になってしまったら」「推し 尊すぎて死ぬ」
スマートフォンの白い画面に表示された無機質な文字列を頭に入らぬまま流し読んでいるうちに、だんだんと心も落ち着いてきた。
私は100パーセント遊ばれているから、この恋は叶わない。アイドルにガチ恋するのと同じくらい不毛なことである。よって、私の取るべき行動はただ一つ。ガチ恋を卒業することである。
規則的だった寝息が聞こえなくなった。ちらりと横を見ると、すでに目を覚ましていたらしい高野先生と目が合ってしまった。
「ごめん、はるの先生。今何時ですか?」
彼がくしくしと目をこすりながら、私に尋ねた。まだ瞼は重たげで、いつもよりもぼんやりとした顔をしていた。
か、可愛い……小動物のような仕草に、私は早速キュンキュンしてしまった。せっかく今ガチ恋卒業を宣言したばかりだというのに……
可愛くないし、全然……となんとか自分に言い聞かせながら、枕元に放ってあった携帯を手繰り寄せて、彼に現在の時間を告げた。
「えっ! もうそろそろでチェックアウトの時間じゃないですか!」
ラブホテルにも普通のホテルと同じくチェックアウトの時間があることを初めて知り、私は感心してほへぇ~と間抜けな声を出した。
彼は慌ててサイドテーブルに置かれたメガネをかけた。メガネのない高野先生はいつもより幼く見えて、可愛らしい。眼鏡をかけるとキリッとしてかっこいい。どちらも尊い。それしか言えなかった。
呑気に彼の顔面観察に勤しんでいると、いつの間にか全身きちんと服を着た高野先生が目の前に立っていた。
「ほら、はるの先生。のんびりしてないで。お着替えの時間ですよ」
そういうと彼は、私の脱ぎ散らかした衣類をまとめて持ってきて、私を着替えさせようとした。
「いやいや、私、自分でできますのでっ! どうぞお気になさらず……」
しかし私の言葉は彼には届かなかったようで、高野先生は笑顔で私を“お着替え”させた。
「はい、ばんざーい」
と言われた時など、あまりの尊さに私は爆死しそうになってしまった。意外に私は赤ちゃんプレイが好きらしい。特に開きたくもなかった扉が開いてしまったようだ。甘やかされたい願望でもあるのだろうか、と荷物をまとめながら自己分析をした。
「じゃあ、出ましょうか」
彼がそう言って、私もはいと頷いた。ワンナイトならばきっと、これから先仕事以外で関わることもないだろう。こういった甘い時間がなければ私の恋心もじきに治るはずである。
こういった、やたらにギラついたラブホに来るのも今回が最初で最後、見納めだと思うとこのまあなんとも趣味の悪い部屋でも名残惜しく思えてきた。さようなら、名前もわからない謎のラブホ……
玄関で二人靴を履き、これはきっと夢だったのだなどと、必死で自分を納得させようとしたところで彼から驚くべき言葉が告げられた。
「次はいつ会いましょうか。行き先は……そうだな。コスモス畑なんてどうでしょう」
「えっ? 次回もあるんですか!?」
私はしばらく固まってしまった。次……? 会う……? コスモス畑…………? 衝撃の次回予告に私の脳は再び処理落ちした。
もしかして、私のキョドキョドした反応が面白いからしばらく私で遊ぶことにしたのだろうか。ふっ、お見通しですよ。なんて思ってお断りを入れようとしたその時だった。
「僕は、今の君のことがもっと知りたい。だから、また遊ぼう」
今の、という言い方にやや引っ掛かりを覚えたが、それどころではなかった。そんなイケフェイスから、そんなに甘い声で囁かれたら…………
「ヒャ、ひゃい…………」
あまりにもドキュンときた私は、猫みたいな間抜けな声で次会う約束を交わしてしまった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる