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第26話『管理人夫婦』
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中央のヴィット-リア広場近くに自治省があり、軽トラックはそこへ返した。
広場を南下し、ひまわり大通りに出て東に向かい、さくらんぼ通りに出る角地にタイラーが前に住んでいたアパートがある。
本人の生活は寒々しいほどではあったが、一歩外に出れば賑やかな場所だった。
大通りに面しているし、駅も近いし、さくらんぼ通りは昔からの商店街なので、人は絶えず出入りしている。
タイラーにしてみれば孤独死しないための保険のようなものだったが、はたして何人が彼を見知っているか怪しかった。
地方紙の三面を飾っていたかもしれない行く末を、オリーブが救ってくれて、そんなことがなくてもNWSリーダーは誰かしら気にかけてくれるだろうが。いつも厳しく当たっているナタル辺りは迷惑に思うかもしれない。そう考えた自分がおかしくて、たまに困惑顔をしてしまうことがある。——オリーブに見つからないようにしなくてはなるまい。
アパート『クレシェンド』の大家に挨拶する。
一階を住居にしている老夫婦が管理人だ。インターホンを押す。
「ごめんください」
間もなくドアが開き、管理人のセバスチャンが顔を出した。
「おお、タイラー君。早かったな、引っ越しは終わったかね?」
腰の曲がった七十代の老人だったが、人付き合いの悪いタイラーを何かと気遣ってくれた恩人だ。
「はい、おかげさまで。ご用事や何か不都合なことがあれば遠慮なく呼んでください」
「おや! 結婚するとやはり気が利くようになるものだね。上がっていきなさい、お茶でも淹れるよ」
「ありがとうございます、失礼します」
セバスチャンに勧められて、タイラーは何度か入ったことのある管理人室に招かれた。
居間では妻のアイリーンがショールを羽織ってソファーに座っていて、膝には厚い毛布を掛け、編み物をしていた。
部屋に入ってきたタイラーをまじまじと見上げる。
「おやまぁ、いらっしゃい。こんなに立派な人が家にいるなんて、まるでお伽の世界のようだこと」
のほほんと言ってから、編み物をかごに置いて、よっこらせと立ち上がる。
「若い人はコーヒーがいいかしらね。ごめんなさい、クリーム切らしているのよ。あら、角砂糖がないわ」
「テーブルの上にあるだろう。年を取ると忘れることが多くて困るね」
セバスチャンがほとほと困ったように、少なくなった髪を撫でつけた。
「あなたこそ、大事な要件を忘れないでくださいよ。タイラーさんの手紙はどこですか?」
「おお、そうだったな。確か引き出しに大事にしまってあったんだ。何やら趣のある手紙だったんでな」
タイラーはそれでピンときた。
受け取ってみると、その手紙は生成りの封筒で、取り出し口には赤い楓の印章がシーリングワックスしてあった。
差出人はマリエル・クリムゾン。
「……実家の妹からです」
「そうかいそうかい……ここに来た時は「家とは縁を切りました」って断言してたから、心配しておったよ。結婚を機に関係を修復しようと思ったんだな。立派だね」
「すみません、事情をお話しできなくて……」
「いいんだよ、誰にだって言えないことの一つや二つはあるもんだ」
「はい……」
タイラーは革ジャンの内ポケットに手紙をしまうと、アイリーンが淹れてくれたコーヒーをいただきながら、経緯を話した。
広場を南下し、ひまわり大通りに出て東に向かい、さくらんぼ通りに出る角地にタイラーが前に住んでいたアパートがある。
本人の生活は寒々しいほどではあったが、一歩外に出れば賑やかな場所だった。
大通りに面しているし、駅も近いし、さくらんぼ通りは昔からの商店街なので、人は絶えず出入りしている。
タイラーにしてみれば孤独死しないための保険のようなものだったが、はたして何人が彼を見知っているか怪しかった。
地方紙の三面を飾っていたかもしれない行く末を、オリーブが救ってくれて、そんなことがなくてもNWSリーダーは誰かしら気にかけてくれるだろうが。いつも厳しく当たっているナタル辺りは迷惑に思うかもしれない。そう考えた自分がおかしくて、たまに困惑顔をしてしまうことがある。——オリーブに見つからないようにしなくてはなるまい。
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「ごめんください」
間もなくドアが開き、管理人のセバスチャンが顔を出した。
「おお、タイラー君。早かったな、引っ越しは終わったかね?」
腰の曲がった七十代の老人だったが、人付き合いの悪いタイラーを何かと気遣ってくれた恩人だ。
「はい、おかげさまで。ご用事や何か不都合なことがあれば遠慮なく呼んでください」
「おや! 結婚するとやはり気が利くようになるものだね。上がっていきなさい、お茶でも淹れるよ」
「ありがとうございます、失礼します」
セバスチャンに勧められて、タイラーは何度か入ったことのある管理人室に招かれた。
居間では妻のアイリーンがショールを羽織ってソファーに座っていて、膝には厚い毛布を掛け、編み物をしていた。
部屋に入ってきたタイラーをまじまじと見上げる。
「おやまぁ、いらっしゃい。こんなに立派な人が家にいるなんて、まるでお伽の世界のようだこと」
のほほんと言ってから、編み物をかごに置いて、よっこらせと立ち上がる。
「若い人はコーヒーがいいかしらね。ごめんなさい、クリーム切らしているのよ。あら、角砂糖がないわ」
「テーブルの上にあるだろう。年を取ると忘れることが多くて困るね」
セバスチャンがほとほと困ったように、少なくなった髪を撫でつけた。
「あなたこそ、大事な要件を忘れないでくださいよ。タイラーさんの手紙はどこですか?」
「おお、そうだったな。確か引き出しに大事にしまってあったんだ。何やら趣のある手紙だったんでな」
タイラーはそれでピンときた。
受け取ってみると、その手紙は生成りの封筒で、取り出し口には赤い楓の印章がシーリングワックスしてあった。
差出人はマリエル・クリムゾン。
「……実家の妹からです」
「そうかいそうかい……ここに来た時は「家とは縁を切りました」って断言してたから、心配しておったよ。結婚を機に関係を修復しようと思ったんだな。立派だね」
「すみません、事情をお話しできなくて……」
「いいんだよ、誰にだって言えないことの一つや二つはあるもんだ」
「はい……」
タイラーは革ジャンの内ポケットに手紙をしまうと、アイリーンが淹れてくれたコーヒーをいただきながら、経緯を話した。
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