上 下
255 / 276

第25話『隠し名』

しおりを挟む
 ヨリコが過去に童話の里に在籍していたことは、直ちにリーダー間で共有された。
 破綻しかけた養子縁組の話も、彼女のおかげで大部分調った。
 要所要所で入る旦那の茶化し話が、これまた絶妙だった。
「まぁ、ウチの人は犬でも猫でも、しょげてるのを見るとほっとけないんですよ。ましてや、泣いてるミレイちゃんを見たら、神様の思し召しかって拝んじゃいますよ!」
「宅は昔から専業農家でしてね。家屋敷は大きいんですが、こんなむさくるしいのと一日中顔を突き合わせてると、しまいに話の種も尽きてしまってねぇ。墓場まで付き合うとなると嫌気が差してたところなんですよ」
「ご隠居さんとミレイちゃんが一緒に住んでくれたら、ウチの人ののんべんだらりとした居住まいも、少しはましになるかもしれませんよ。アッハッハッハ」
 この夫にしてこの妻あり。
 淀みのない会話、程よく品のある言葉、弱った人を元気づける巧みな合いの手。
 ――ヤスヒコ老人はすっかりヨリコが気に入ってしまった。
 ついには話はわからないのに、ミレイまでが好奇心に輝く目でヨリコを見ているのに気づいて、ヤスヒコ老人は心を決めた。
「大変、気風がよくて面倒見のいいご婦人だ。あなたのような方にミレイの母親になっていただけたら、ミレイは丈夫で強い子に育つでしょうな」
 八割……いや、九割話をまとめてしまった。
「もちろん、半端な気持ちでお引き受けはしませんよ。あんたからも言っておあげよ!」
 バトンはヨリコからノリヒトに渡された。
 ノリヒトはヤスヒコ老人の隣にどっかり胡坐をかいて座ると、おもむろにこう言った。
「じいさん、ミレイの隠し名はこうかい?」
 いつの間に用意していたのか、一筆箋をちらりとヤスヒコ老人に見せた。
 そこには毛筆で”美礼(ミレイ)”と書かれていた。
 それは民間信仰で、歴史ある家系に伝わる、古い古い伝承だった。
 現在でも、昔から使われていた古名には、隠し名があることがある。
 ちなみにノリヒトは”徳人”、ヨリコは”和子”と書く。
 そして、医者の家系であるヤスヒコ老人は、”泰彦”という隠し名を持つ。
 その話を一見で持ちかけられるのが、家長の風格の証。
 ミレイの隠し名はまさに”美礼”だった。
「……よくおわかりですな。この子を見てその字が浮かぶ人はいません。”レイ”を流行りの漢字で充てたがるのが最近の風潮でしてな。ましてや限られた人数のうちで」
「なぁに、この子を見てピンときたよ。混じりっけなしの澄んだ泉みたいな目をしてるってな。子どもにありがちなかんむしがスッと抜け落ちてる。こいつは躾の力だ。礼儀から生き方を学んでいってほしいって親心がひしひしと伝わってくる。——いい名だな」


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

処理中です...