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第一章

第十七話

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「ちょっと待ってよ。これって、映画の撮影とかじゃないわよね。止めなくちゃ。」
 目の前でいかにも自殺しようとしているサラリーマンを見て、楡浬は目が覚めたように声を出した。

「悪魔よ、黙れ。手も出してはならん。これを黙って見て、何も感じない。それが用務員の務めじゃ。」

「で、でも人間が死んでいくのを、ただ指を咥えてじっと待っていろっていうの?」

「ようやくその領域にたどり着いたってことじゃな。」

「そんな、悪魔じゃあるまいし・・・なんて言わないわよ。たかが人間の一匹や二匹。」

「その意気じゃな。すぐに終わるぞ。お前の試練とあいつの命。」

『はッ!』
 大きな声とともに、サラリーマンの足がビルを離れた。

「ああああああああ!」
 楡浬は手を伸ばして、叫び声をあげるのが精一杯だった。

「あの男の人生とお前の精神はこれで落ちたな。」

「・・・・。」
 楡浬は無言。鳶色のきれいな瞳は、曇りを浮かべて暗くなった。

「実にあっけないのう。これじゃ、あたちの喉を鳴らすことができないぞ。ヘンタイ人形よ。手を動かすことができるなら、失意のあたちに救いの手を差し伸べてくれや。」

(バカなことを言うな。楡浬、しっかりしろ。)
 大悟は楡浬の首を揺すったが、なんら反応はなかった。

「よし。これで用務員試験は合格じゃ。明日からここの生徒になれるぞ。ほれ、生徒手帳ならぬ、用務員手帳を渡すぞ。但し、校舎に行く気力があるならばだけどな。わははは。」
 三輪車支配人は楡浬を三輪車に乗せて、用務員室ホテルに連れて帰った。

 楡浬はホテルの部屋で、何もせず、椅子に座っているだけだった。どこにも焦点を当てていない目は虚ろで、『アタシは何もしない。何もしない。』というフレーズをうわごとのように呟いていた。

 大悟は時折楡浬に声を掛けるが、無反応の状態が続き、やがて壊れた振り子時計のように、何のアクションも起こさなくなっていた。
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