上 下
16 / 70
第一章

第十五話

しおりを挟む
 三輪車は、とある小学校の近くに降り立った。そこにはやや大きな池があった。
 5、6人の小学生男子が集まって、円になっている。彼らは手に木の枝を持って、真ん中にある何かを叩いている。
「あれは何をしているのかしら?小学生らしい顔じゃないわ。形相が悪いように見えるけど。」

「いやいや、あれは至極まともじゃないか。あれはゾウガメじゃな。人間が飼っていたペットであろうが、大きくなりすぎて、手放したのであろう。つまり、人間には不要な動物なんだから、虐待も当然じゃ。」

「それは違うんじゃないの。動物虐待が許されるとはとても思えないけど。」

「それはお主の知識不足じゃ。虐待とは主観的定義に過ぎぬ。その昔、悪魔の浦島太郎が人間界に降りてきて、人間に排斥されていたゾウガメを救って、そのお礼として竜宮城で酒池肉林的接待を受けて、骨抜きにされて、没落したという逸話がある。これは、悪魔は余計なことをするな、というパラドックスじゃ。禁を犯した浦島に制裁を与えたということであり、竜宮城での骨抜きは、刑執行前の最後の晩餐で、その後に白髪の老人になり、死に至るまで刑務所にいた、つまり終身刑となったというのが真実じゃ。」

 子供たちのゾウガメへの攻撃は続き、硬い甲羅も割れて、赤い血しぶきが舞っている。

「ぐぐぐ。これを見て見ぬふりをしろって言うの?」
 楡浬は右手のこぶしを強く握りしめている。

「そうじゃな。お前のやりたいようにやればいいぞ。但し、手を出したら用務員としては失格となるがな。わははは。」
 支配人は真ん中に立っている髪をいつも以上にピンと立てて、腹を抱えている。

「もう我慢できないわ。あんたたち、弱い者いじめはやめなさい!」
 楡浬は少年たちのところに走っていって、大声をぶつけた。

「なんだ、この姉ちゃん。」「この姉ちゃん、羽根が黒いぞ。」「これって、悪魔じゃないか?」「悪魔って、滅んだんじゃ?」「いや堕天使は悪魔になるという噂もあるぞ。」
 人間の小学生たちは一斉に楡浬に蔑んだ視線を浴びせた。

「そ、そうよ。アタシは堕天使なんかじゃなく、正真正銘の悪魔よ。それのどこが悪いのよ。百字以内で説明してよ。」

「何教師ぶってるんだよ。」「教師は天使様だって昔から決まってるんだよ。」「それにその肩に乗ってる人形は何だよ。」「これフィギュアってモノじゃないか。」「それもひどい恰好してるぜ。」「ホントだ。パンツ一丁だぜ。」「超キモイぞ。」「フイギュアヘンタイだ。」「ヘンタイだ!タイヘンだ!」
 小学生たちの視線は大悟にフォーカスされてきた。

「ほら。大悟のせいでアタシがヘンタイ扱いされたじゃないのよ。責任とってよ。」

(そんなこと言われても、オレにはどうしようもないんだけど。政治が悪いんだよ。)

「政治に責任転嫁するのは、庶民の悪いクセよ。現代は自己発電の時代なんだからね。」

(それを言うなら自己責任か、自家発電だろう。)

「そうとも言うわね。」

(言わねえよ!)
 楡浬が右肩と論争しているのを見て、小学生たちは自己主張を開始した。

「別にイジメなんかしてないぞ。」「俺たちは、家庭用不燃物の処理をしているだけだ。」「そうだ。天使様たちもこれをやると喜んでくださるんだぞ。」
 小学生たちの眼からは悪いことをしているという意図は感じとれなかった。

「唐変木なこと言ってるんじゃないわよ。自分たちのやっていることを冷静に考えなさいよ。分数の足し算より簡単なことよ。わからないなら、頭から水をぶっかけるわよ。」

「姉ちゃんの言うことの方がおかしいよ。」「要らない物を排除することは、ちゃんと学校で天使様たちが教えてくれているぞ。」
 小学生のヤジが飛ぶ。

(止めろ、楡浬。相手は子供だ。)

「別に乱暴しようってわけじゃないのよ。でも脳天に悪魔の鉄槌喰らわすぐらいはしないと!」

(恐ろしいことを口にするな。ここはガマンだ。)

「悪魔にはガマンという言葉は、文字化けするだけよ。」

(意味不明だ。そういう仕事は学校の先生に任せておけ。ここはひくぞ。ちょっと痛いけど、ガマンしろ。えいっ!)
楡浬の体が一瞬光った。

「だから、ガマンは文字化けって・・・」
楡浬は膝から崩れていった。

「これはオマケで不合格逃れじゃな。ほれ、そいつを連れて帰るぞ。」
 三輪車支配人は楡浬に触れないのに、楡浬の体は宙に浮いて三輪車に乗っかった。

 三輪車支配人は羽根を広げると、三輪車ごと楡浬を抱えて、用務員室ホテルに飛んでいった。
 下では小学生たちの叩く音が聞こえなくなった。ゾウガメは、ただの動かぬオブジェと化していた。

「カメ、かわいそう。」
 楡浬は悪夢でも見ているかのようにうなされていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

遊女の私が水揚げ直前に、お狐様に貰われた話

新条 カイ
キャラ文芸
子供の頃に売られた私は、今晩、遊女として通過儀礼の水揚げをされる。男の人が苦手で、嫌で仕方なかった。子供の頃から神社へお参りしている私は、今日もいつもの様にお参りをした。そして、心の中で逃げたいとも言った。そうしたら…何故かお狐様へ嫁入りしていたようで!?

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

電色チョコレートヘッド

音音てすぃ
キャラ文芸
新しい4月、優麗高校近くの河川敷で儀式を行い、発狂していた 「神田櫻」 という少女を音希田廻は助けてしまう。 彼女を中心として繰り広げられるちょっと非現実な青春ストーリー。 ーーーーーー 来た五月、ゴールデンウィークをいいことに新聞部の顧問内藤龍騎先生が約六日間による合宿を仕掛ける。僕が部員のことを知り、親睦を深める話。それとブラウンによる謎の推理ゲームが始まる。 ーーーーーー 「憑拠ユウレイ」の続編?です。 番外に近いです。のらりくらりと更新していこうと思います。 久しぶりに書くので色々ガタガタかもしれませんが、よろしくお願いします。 誤字脱字は許してください。

処理中です...