1 / 1
引っ越し
しおりを挟むお仏壇の前に座って、遺影を見つめる。
ひと月半ほど前のあの日。
その日は母の誕生日で、私はプレゼントを買いに出かけていた――。
緊急病棟の病室。
私は、父が涙を流すところを初めて見た。
妹は床に崩れ落ち、号泣していた。
ベッドの周りには、急いで駆けつけてきた叔父や叔母、いとこたちが輪になってすすり泣いていた。
私はその輪の一番外から、呆然と眺めていた。
不思議と涙は出なかった。
ただ、母にプレゼントを渡すことができなかったという思いでいっぱいだった――。
お通夜、お葬式が終わっても、まだみんな悲しみから抜け出せない上に、バタバタと忙しそうにしていた。
私は少しでもみんなを明るくしようと、ちょっかいを出したりしたけれど、誰もかまってはくれなかった。
唯一相手をしてくれたのは、猫のタマスケだけ。
初七日の法要がすむと、家の中もようやく少しだけ落ち着いた。
私は、ひと月と少し後には、家を出ることが決まっていたので、その準備もしないといけなかったのだけれど、今度はみんなより私の方が、心と身体がどうしようもなく重くなった。
妹は、毎日毎日泣いていた。
私は、そんな泣き腫らした妹の顔を見るのが辛かったから、
タマスケの力を借りて、少しでも妹を元気付けれるように頑張った。
そんな日々が流れ、ようやく、妹もときおり笑顔を見せてくれるようになった。
――そして今日は、私が家を出る日。
最後に私は、家族に挨拶をする。
あの日、母の誕生日プレゼントに買った、母の一番好きな曲のオルゴールを鳴らして。
お仏壇に向かって座っていたみんなが、びっくりしたようにこちらを向いた。
足元にはタマスケがまとわりついてくる。
私は今日で家を出るけれど、みんな身体には気をつけてね。
「そろそろ行くよ」
玄関から、おじいちゃんが私を呼ぶ。
私は外に出ると、ずっと暮らしてきた実家を見上げた。
白い外壁が夕焼けに照らされて、あざやかなオレンジ色に輝いている。
優しい風が吹く中、生まれた時から今までの、いろんな想い出が浮かんでくる。
季節ごとに色とりどりの花が咲く庭で、父に「高い高い」をしてもらったこと。
妹と、絵本を読んだり、かくれんぼやあやとりをしたこと。
それから、ころんで膝を擦りむいて泣いてる私を、母がやさしく抱きしめてくれたこと――。
あのときには泣けなかったのに、今頃、涙が次から次へと溢れて来る。
あの日から約ひと月と半分。
今日、少しは軽くなった心と身体で、私はここを離れる。
タマスケの後に尾ついて、みんなが外まで見送りに来てくれた。
妹と父、そして母が――私の四十九日の法要を終えて。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説



ミステリークイズ #172 ひなまつり
紅陽悠理
ミステリー
謎解きクイズをご覧頂きありがとうございます。回答編は3/7の7時に公開予定です。謎が解けたら感想にコメントください。ヒント希望のコメントも歓迎です。お待ちしてます!
紙の本のカバーをめくりたい話
みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。
男性向けでも女性向けでもありません。
カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。
【キャラ文芸大賞 奨励賞】変彩宝石堂の研磨日誌
蒼衣ユイ/広瀬由衣
ミステリー
矢野硝子(しょうこ)の弟が病気で死んだ。
それからほどなくして、硝子の身体から黒い石が溢れ出すようになっていた。
そんなある日、硝子はアレキサンドライトの瞳をした男に出会う。
アレキサンドライトの瞳をした男は言った。
「待っていたよ、アレキサンドライトの姫」
表紙イラスト くりゅうあくあ様
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる