真っ白のバンドスコア

夏木

文字の大きさ
上 下
69 / 76
Track6 チューンアップ

Song.67 準備

しおりを挟む
 悠真からの怒りを受けてから、ステージを見れば、見慣れた顔ぶりが準備をしているところだった。
 マイクを通さずに、メンバー内で話すバンド。それをどこか怒ったように見る悠真。
 それだけ見たくないようだ。
 だってそのバンドは、悠真の兄貴がいるLogなのだから。

『準備している間に、ここでプラスワン情報でもお伝えしましょうかね』

 他のバンドにはない変わった楽器編成であるため、セッティングに時間がかかっていた。それを見かねて、何やら言い始める司会ことハヤシダ。

『なんとこのバンド、見て通り他にはないヴァイオリンが加わっているんですね』

 その声で客席の目は、悠真の兄貴、奏真へ集中する。その目を受けて、軽く手を振る奏真に照れはない。

『ヴァイオリンってだけでも、バンドとして珍しいというのに、彼の弟が他のバンドで今回参加しているみたいなんですよ。いやぁ、凄いですね。兄弟そろっての音楽が好きですねぇ。あ、準備が整ったようです。それではLogです。どうぞ』

 悠真の顔を見たら、さっきの怒りはどこへやら、血の気が引いたような顔をしていた。そして続けて深くため息をつく。
 頭を抱えている間もなく、Logの曲が始まる。

 曲自体はこの前の時と変わりない同じもの。
 ハードロックではなく、幻想的なものだ。尚人がから紡がれる歌詞は悲し気で、さっきまで熱気に包まれていた空間をひんやりとさせる。でもそれは決して空気を悪くしたっていう意味じゃない。歌詞が音が声が、心に直接刺さるような曲だからこそ、聞いている人を泣かせている。

 俺たちはもうLogの曲を聞くのはこれで二回目だから、曲自体にそんなに驚くことはないけれど、初めての人には衝撃的だろう。ただ、泣くまでとは思わなかった。

 前までと変えてきたのは、ライブパフォーマンス。
 ベースがひょこひょこ動いていたのに、今回はほとんど動いていない。似合わない白のジャズベースを弾きながら、顔を尚人へ向けては微笑んでいる様子が、ステージ後方の大きなモニターに映し出される。

 翼が叩くドラムは、少し音が弱い……気がする。でも全体のバランスはとれているからいいのだろう。バンド内で一番顔がこわばっているが、ずれなく叩いている。

 奏真が弾くヴァイオリンのソロともなれば、一層と静かになった会場の注目を一人で集める。

 他のバンドにはない空気感のまま、Logのステージは終わりを迎えた。
 深々と頭を下げるメンバーへ向け、拍手が送られる。泣いていた人も、涙をぬぐいながら手を叩いている。

『いやあ、圧巻のステージでしたね。どうでしたか、司馬さん』

 ステージから撤収する前に、ハヤシダから、そしてゲストからのコメントをもらう。
 一言求められた司馬は、マイクを手に取りそれに応じる。

『高校生とは思えない、新しいスタイルを見せていただきました。完成度も高く、自分たちも驚きながら聞いていました。他の音に消されてしまいそうですが、しっかりとヴァイオリンも行かされていて素敵でしたね。お疲れ様でした、そしてありがとうございました』

 淡々とそう言って、司馬はマイクを置いた。
 Logはぺこりと頭を下げると、すぐにステージから降りて行った。

「ソーマ兄ちゃん、なんか不機嫌?」
「さあね」

 大輝の目には、ステージから掃けるときの奏真の様子がそう見えたらしい。
 俺からしたら、モニターに映らない以上表情をはっきりとは見えないていうのに、どれだけ目がいいんだか。
 兄のことなど、どうでもいいかのように悠真は顔を背ける。

「それより。もう七番目のバンドが準備してる。僕たちももう、裏に行った方がいい」

 二バンド前になったら準備を、ってそう言えば言われていた。
 出番が近い。そう思うとなんだか急にドキドキしてきた。

「ほら、キョウちゃん。行くよ」
「おう」

 緊張を気にすることもなく、瑞樹に背中を押されて歩く。
 Logの余韻に浸る客席横の狭い場所から、スタッフ用通路と通って向かうのは楽器を置いている控室。そこにはLogのメンバーが楽器を持ったまま汗をぬぐっていた。

「よう、お疲れさん。俺らの曲、なかなかやろ? あんたらのパフォーマンスとは違う形にしたいって言い張るから変えたんやで。どやった?」

 俺らを見るなり、あのうさんくさい祐輔が近寄ってきた。
 それに対してあからさまに嫌な顔をしたのは、俺だけじゃない。悠真も似たような顔をしている。

「かーっ! 言葉にならないほど感動したってことやな! だってよ、尚!」
「祐輔が一人で言ってるだけでしょ。呆れた顔してるんだよ、それ」
「尚、冷たい! あっつい体が一気に冷えるわぁ。冷房いらずやん」

 相変わらずのおどけ具合だ。こんなやつと一緒にいたら、すごい疲れそうだ。
 悠真は「うるさい、黙れ」というような顔で、祐輔に一礼してから荷物を置いてある場所へと向かう。

「なあ、愛しのお兄様の演奏、どうだった?」

 黙ったままの悠真に絡む兄、奏真。それをまるで見えない、聞こえないのスタンスで華麗な無視を決め込んでいる。
 それでもニヤニヤと何か言い続けている奏真を横に、俺たちも楽器の準備をそれぞれ始めたときだった。

 奏真の一言が、悠真の手を止めさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

処理中です...