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Track6 チューンアップ
Song.60 前夜
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最終選考前日の夜。
部屋で静かにたたずむ親父のベースの前で、俺は正座している。
練習にも使ったことのない親父の形見。今ではインテリアになっているこれを前に、そっと目を閉じる。
明日。
親父が立ったステージに俺も上がる。
体育館とライブハウスにしか立ったことのない俺たちが、いきなり広くて大きいステージに立つのだ。
見に来るのは俺たちのことを知らない人たちばかり。
そんな人たちに、俺の曲を届ける。それでその人がどう反応するかはわからない。
嫌いと言う人も、好きだといる人もいるだろう。
十人十色。色々な反応があっていい。
俺が望むのは、親父が守ったあの人に届くこと。
そして親父を超えること。
「やっときたんだ……」
いくらAiSを使って、NoK名義で曲を作っても、あの人は変わらなかった。少しでも動いてくれればよかったのに、何も動いてくれなかったのだから。
あの人だけじゃない。親父の仲間――Mapが誰一人、活動に向けて何も動きを見せなかった。
でも、今は。
Mapのファンクラブのお知らせが久しぶりに更新されて、俺たちが出るバンフェスに参加すると発表された。
ならば、Mapが会場にくるはず。
今までNoKの曲が届いていなかったが、同じ会場にいるなら確実にあいつらの耳に入るんだ。
親父が死んでも守った柊木が変われば、Mapが動き出す。
「やってやる。届けてやるよ、俺たちの曲を。そんでもって変えてやる……必ずだ」
そう、親父のベースに誓った。
――コンコン。
「恭弥。ちょっといいかい?」
「ん? 何、ばあちゃっ……!」
廊下からばあちゃんが呼ぶので、立ち上がろうとした。が、思っていた以上に足がしびれていたせいで、顔面から床に挨拶した。
「あらあら。大丈夫かい?」
「うん。何とか。いてぇけど」
ドンという音を聞いたばあちゃんが、扉を開けて床に落ちている俺を見るなり心配してくれた。
俺も鼻をさすりながら体を起こし、足を伸ばして座る。しびれが治らないから、しばらくこの体勢でいないとかもしれない。
「おやおや。しびれたのかい?」
「そう。で、なんか用事? 俺、明日出かけちゃうけど」
「知っているよ。だから、恭弥に渡そうと思ってねぇ」
「渡す? 何を?」
ばあちゃんはゆっくりと俺の隣に座ると、ポケットの中から何かを取り出す。
「これ? ピック?」
ばあちゃんの手には、いびつになった真っ黒のピック。かなり使いこまれているようだ。
「これはね、恵太が使っていたものを、手先の器用なお前の母さんが手を加えたものなんだよ。いつもキーホルダーにしていてねぇ。それで穴が空いてるんだい。ずっとしまってあってねぇ。すっかり出しそびれたけど、この機会にお守りとして持って行ったらどうかい?」
「お守り……」
親父が使っていたから、こんなに削れているのか。そのピックに穴をあけて金具を付けてある。
ばあちゃんの手からそれをもらって手に取れば、使用感がよくわかる。
母さんの記憶はあまりない。だから、どんな人だったとかはわからない。
けれど、一緒に親父のライブ映像を見ていたときは、とても楽しそうで嬉しそうだったのだけは覚えている。
母さんが好きなら俺も好き。音楽を聴くようになったきっかけはそれだったと思う。
「……ありがとう。持ってくよ」
「ああ。そうせんしゃい」
顔をしわくちゃにして、ばあちゃんは一階へ降りて行く。
親父の形見はいくつかあるけど、母さんの形見はほとんどなかった。自分に母親の存在があったのか疑問に思うぐらいに。
「ピックホルダーはーっと……」
サブのピックはいくつも持っている。
演奏中にピックを落としたり、割れたときに使うためのピックをマイクやベースに装備しておかねばならない。
俺はベースのヘッドに挟む形のピックホルダーを使っている。音にも影響を与えず、マックス4枚セットできるこれは、ボディカラーと合わせた黒色が溶け込んでくれて目立たないのに便利だ。
演奏時間が多くないから、予備のピックの数も少なくていい。明日もやれる曲はひとつだけだとすると、このホルダーで事足りる。
「うっし。これでいいだろ」
ホルダーもピックもベースに馴染む。使うことはなくても、手元にあるだけでお守りになる。
もうこの世にはいないけど、傍にいるような気になるはずだ。
「あ、スマホスマホ……さすがに持ってかねぇと怒られる」
しばらく放置していたスマートフォン。画面を明るくさせれば、残りの電池残量は一桁になっている。
充電をしつつ、送られてきていたメッセージに目を通す。
『明日は頑張ろうな!』
グループメッセージで来ていたのは、明日に向けた意気込み。
大輝の声から始まって次々に『頑張る』という内容が続く。そして最後には、悠真の『遅刻したら首絞めるから』と物騒な内容が送られてきている。
「こえぇな。さすがに俺も遅刻しねえよ……多分」
俺も『絶対負けねぇ』とみんなの最後にメッセージを送った。
あと、念のために瑞樹に個人メッセージで朝、起こしてくれと送っておいた。ばあちゃんたちよりも早く起きなきゃいけないだろうから、自分で起きないといけない。俺だって馬鹿だけど馬鹿じゃないから、アラームぐらいセットしておく。それでも不安が残るから、念のためだ。
「うし。これでいいだろ。寝よ」
必要なものは全部用意した。
大舞台に立てるのが楽しみで眠れなかったらどうしようという不安はなかった。
もちろん、ミスしたらどうしようっていう不安も。
ベッドに入るなり、俺はすぐに夢の中に落ちたと思う。
部屋で静かにたたずむ親父のベースの前で、俺は正座している。
練習にも使ったことのない親父の形見。今ではインテリアになっているこれを前に、そっと目を閉じる。
明日。
親父が立ったステージに俺も上がる。
体育館とライブハウスにしか立ったことのない俺たちが、いきなり広くて大きいステージに立つのだ。
見に来るのは俺たちのことを知らない人たちばかり。
そんな人たちに、俺の曲を届ける。それでその人がどう反応するかはわからない。
嫌いと言う人も、好きだといる人もいるだろう。
十人十色。色々な反応があっていい。
俺が望むのは、親父が守ったあの人に届くこと。
そして親父を超えること。
「やっときたんだ……」
いくらAiSを使って、NoK名義で曲を作っても、あの人は変わらなかった。少しでも動いてくれればよかったのに、何も動いてくれなかったのだから。
あの人だけじゃない。親父の仲間――Mapが誰一人、活動に向けて何も動きを見せなかった。
でも、今は。
Mapのファンクラブのお知らせが久しぶりに更新されて、俺たちが出るバンフェスに参加すると発表された。
ならば、Mapが会場にくるはず。
今までNoKの曲が届いていなかったが、同じ会場にいるなら確実にあいつらの耳に入るんだ。
親父が死んでも守った柊木が変われば、Mapが動き出す。
「やってやる。届けてやるよ、俺たちの曲を。そんでもって変えてやる……必ずだ」
そう、親父のベースに誓った。
――コンコン。
「恭弥。ちょっといいかい?」
「ん? 何、ばあちゃっ……!」
廊下からばあちゃんが呼ぶので、立ち上がろうとした。が、思っていた以上に足がしびれていたせいで、顔面から床に挨拶した。
「あらあら。大丈夫かい?」
「うん。何とか。いてぇけど」
ドンという音を聞いたばあちゃんが、扉を開けて床に落ちている俺を見るなり心配してくれた。
俺も鼻をさすりながら体を起こし、足を伸ばして座る。しびれが治らないから、しばらくこの体勢でいないとかもしれない。
「おやおや。しびれたのかい?」
「そう。で、なんか用事? 俺、明日出かけちゃうけど」
「知っているよ。だから、恭弥に渡そうと思ってねぇ」
「渡す? 何を?」
ばあちゃんはゆっくりと俺の隣に座ると、ポケットの中から何かを取り出す。
「これ? ピック?」
ばあちゃんの手には、いびつになった真っ黒のピック。かなり使いこまれているようだ。
「これはね、恵太が使っていたものを、手先の器用なお前の母さんが手を加えたものなんだよ。いつもキーホルダーにしていてねぇ。それで穴が空いてるんだい。ずっとしまってあってねぇ。すっかり出しそびれたけど、この機会にお守りとして持って行ったらどうかい?」
「お守り……」
親父が使っていたから、こんなに削れているのか。そのピックに穴をあけて金具を付けてある。
ばあちゃんの手からそれをもらって手に取れば、使用感がよくわかる。
母さんの記憶はあまりない。だから、どんな人だったとかはわからない。
けれど、一緒に親父のライブ映像を見ていたときは、とても楽しそうで嬉しそうだったのだけは覚えている。
母さんが好きなら俺も好き。音楽を聴くようになったきっかけはそれだったと思う。
「……ありがとう。持ってくよ」
「ああ。そうせんしゃい」
顔をしわくちゃにして、ばあちゃんは一階へ降りて行く。
親父の形見はいくつかあるけど、母さんの形見はほとんどなかった。自分に母親の存在があったのか疑問に思うぐらいに。
「ピックホルダーはーっと……」
サブのピックはいくつも持っている。
演奏中にピックを落としたり、割れたときに使うためのピックをマイクやベースに装備しておかねばならない。
俺はベースのヘッドに挟む形のピックホルダーを使っている。音にも影響を与えず、マックス4枚セットできるこれは、ボディカラーと合わせた黒色が溶け込んでくれて目立たないのに便利だ。
演奏時間が多くないから、予備のピックの数も少なくていい。明日もやれる曲はひとつだけだとすると、このホルダーで事足りる。
「うっし。これでいいだろ」
ホルダーもピックもベースに馴染む。使うことはなくても、手元にあるだけでお守りになる。
もうこの世にはいないけど、傍にいるような気になるはずだ。
「あ、スマホスマホ……さすがに持ってかねぇと怒られる」
しばらく放置していたスマートフォン。画面を明るくさせれば、残りの電池残量は一桁になっている。
充電をしつつ、送られてきていたメッセージに目を通す。
『明日は頑張ろうな!』
グループメッセージで来ていたのは、明日に向けた意気込み。
大輝の声から始まって次々に『頑張る』という内容が続く。そして最後には、悠真の『遅刻したら首絞めるから』と物騒な内容が送られてきている。
「こえぇな。さすがに俺も遅刻しねえよ……多分」
俺も『絶対負けねぇ』とみんなの最後にメッセージを送った。
あと、念のために瑞樹に個人メッセージで朝、起こしてくれと送っておいた。ばあちゃんたちよりも早く起きなきゃいけないだろうから、自分で起きないといけない。俺だって馬鹿だけど馬鹿じゃないから、アラームぐらいセットしておく。それでも不安が残るから、念のためだ。
「うし。これでいいだろ。寝よ」
必要なものは全部用意した。
大舞台に立てるのが楽しみで眠れなかったらどうしようという不安はなかった。
もちろん、ミスしたらどうしようっていう不安も。
ベッドに入るなり、俺はすぐに夢の中に落ちたと思う。
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