52 / 76
Track5 ライトアップ
Song.50 世界の違う音楽
しおりを挟むライブは盛況……だろう。少なくとも、フロアからはそう見えていたはず。
だけど、俺にはわかる。盛況だったとは受け入れられない奴がいる。だって、前を歩く大輝の背中から、重い空気をひしひしと感じているから。
俺的には満足したステージだったけど、大輝は出だしでミスしたことを相当悔やんでいるのだろう。
落ち込む背中を前にしてステージを下りて移動していたら、次の出番を待っていたバンド――Logとすれ違った。
「おっ疲れ様、可愛い弟ちゃん」
「気持ち悪い、近づかないで」
「つれないこと言うなよ、悠真。お兄ちゃん、寂しいんだぞ?」
「知らない、そんなこと」
奏真が茶化すように悠真へ声をかければ、新底嫌そうな顔をしながら奏真から距離をとって逃げた。大輝が駆けよることが多いと思っていたが、そこまでの余裕が大輝にはないらしく、すれ違いざまに奏真へ小さく頭を下げただけで奏真はステージへと向かって行った。
「奏真も絶好調みたいやし、俺らも頑張らなきゃな。なあ、翼」
「うん、そうだよね。いつも通りに頑張ろう」
「せやな」
奏真に続いて祐輔そして翼と、足取り軽くステージに向かう。
「……見てなよ」
「は?」
一番最後を歩いていた、Logのメンバーであるあの腹立たしい尚人がつぶやく。
立ち止まって苛立った声で聞き返せば、尚人が足を止めて俺を指さした。
「だから見ていなよ。君たちとは違う世界を見せてあげる」
そう言って、彼らはサッと姿を消した。
宣戦布告。そうとしか受け取れない。
「喧嘩売ってねぇで、とっと進め」
「ちっ……」
俺の後ろを歩く鋼太郎に早く歩けと背中を押される。
楽しかったはずなのに、あいつらと言葉を交わすだけでストレスがぐんっとたまる。
「ぐふっ」
首をひねってあいつらの背中をにらみつけて歩いていたから、前を全然見てなかった。おかげで止まっていた大輝に衝突して、変な声が俺の口から出た。
「おい、大輝止まってんじゃ……」
名前を呼べば、大輝の肩がびっくりしたように動いた。
「ん、なに?」
うつむきながら振り返ったときの大輝の顔が暗かった。
瑞樹が勧誘してきたときとは違う、今までで一番落ち込んでいて暗い表情。無理をして笑ってみせているけど、いつもと違う様子に気づかないわけがない。
「いや、何でも、ない」
「……そっか」
何て声をかけたらいいかわからなかった。
心配するなとでも言えばよかったのか。それとも、大丈夫とかそう言えばいいのか。
大輝はそれだけ言って、また正面を向いて歩く。
どうしたものか。
いつもと違う雰囲気だから、こっちの調子も狂う。
「だからとっとと進めってぇの」
「いでっ」
あっけに取られて足を止めたせいで、鋼太郎に頭を叩かれた。
ムッとした顔を返せば、進めと言わんばかりに顎を前に出す。
「わかってるってば。今はとりあえず移動しろ」
「……うーい」
鋼太郎には俺が何を考えているのかわかっているのか、ぐいぐいと背中を押すので、しぶしぶ控室に戻った。
控室で各々楽器をしまい、水分を摂る。
ちらちら大輝を見ていたが、ペットボトルを手に持って座ったまま、微動だにしない。
それに対して、誰も何も言わない。
沈黙のまま、次に弾くLogの準備が整ったようで照明がパッと明るくなった映像がモニターに映った。
「僕、見てくる」
そう言って悠真は急ぎ足で控室を出る。
「俺らも行こうぜ」
このまま控室にとどまると、次の出番を待つバンドに迷惑がかかる。
早々にここを出ておくのが無難だ。
だから俺がそう言って大輝の肩を叩けば、大輝は「そうだな」と小さな声を出した。
先に出た悠真を追うように、急いでフロアに向かう。
そして各学校の先生たちが並んで立っていたフロアの後方に紛れ込む。
ステージ全体を見ることができるこの場所。
Logの盛り上がりが、ひしひしと伝わる位置だ。
ギターボーカルの尚人がセンター。
無難なレスポールギターの色が、照明を反射させる。
レスポールギターの特徴である太くあたたかい音で奏でられる曲は、ロックでありながら新鮮だ。
それに加えて、奏真のヴァイオリンがアクセントになっている。
歌詞がない場所では、力強いヴァイオリンが唄う。
ギターボーカルだから、尚人は激しく動くことはできない。その代わりに、両サイドに立つベース、ヴァイオリンが激しく動いて盛り上げていく。
ハードなロックではない。幻想的な曲だ。
そんな曲の中で、紡がれる歌詞は悲し気なものだがまっすぐな芯がある。
あんな腹立たしいくらい冷たい態度だった尚人が、まるで別人みたいに弾いて唄う。その声が切ないから、これがまた曲に合っている。
下手に立つベース、祐輔が軽快なステップを踏みながら弾く。
白のジャズベースが似合……わない。なんか胡散臭い感じがするし。
見た目はあれでも、音はいい。俺みたいにゴリゴリな音じゃなくて、丸い音。曲に合わせた作りにちゃんとなっている。
時折、ドラムの翼へ顔を向けて弾いている。
瑞樹ぐらい小柄なのに、強い音が曲を支えている。
上手で唄う奏真のヴァイオリンには、フロアの視線が集まる。
ソロになればなおさらだ。
注目を浴びても、奏真は臆さない。見ていろといわんばかりに見せつけて奏でる。
「……まじかよっ」
ステージを見て、思わずその言葉が俺の口から出た。
大音量のおかげで、周りには聞こえていないと思う。
俺たちとは違う音楽。
新しい音楽。
それでもフロアは盛り上がる。
これが尚人が言っていた音楽か。
そりゃ今までにない音楽だ。
「……ありがとうございました」
スンと曲が終わると、今までの熱量が一気に消えたかのように尚人はそう言って頭を下げた。
すると照明が落ち、惜しみない拍手が送られる。
代わりにフロアの照明がつけられ、小休止を迎える。
「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう」
大輝が引きつった笑顔を作って、その場から離れる。
俺も行こうかと思ったけど、ツンとした顔の悠真に腕を掴まれた。
「馬鹿」
「は?」
「今は一人にさせておきなよ。大輝だって馬鹿だけど、一人になりたいときだってあるでしょ。馬鹿だけど」
「……それって悪口?」
「さあね。腹が立つけど、僕らとの違いを見せつけられたんだ。思うことだっていっぱいあるはず……いや、もしかしたら過去と重ねているかもしれないけど」
「過去?」
「知らない? 大輝がサッカー辞めたきっかけ。それとちょっと似てる、のかもね。今の状況が」
「はぁ? 全く読めねえんだけど……」
今の俺たちにとってはベストなライブができたと思うし、後悔は微塵もない。俺はLogの新しいスタイルを見せられたことによる、未知な音楽の可能性にビビっただけだ。
俺らとLogとはジャンルが違う。
それはそれでいいと思う。
大輝が唄い出しで詰まったことで気が滅入っているのはわかる。それとサッカーにどんな関係があるのか、俺が知る由もない。
「どうせ僕のこと、大輝がべらべらしゃべったんだろうし、仕返しに僕が大輝のこと教えてあげるよ」
相変わらずの言い方だけど、悠真と俺はこっそりとフロアから出て、静かなロビーに移動した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活
雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。
2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。
しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。
そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。
蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ルピナス
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。
そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。
物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。
※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。
※1日3話ずつ更新する予定です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる