真っ白のバンドスコア

夏木

文字の大きさ
上 下
50 / 76
Track5 ライトアップ

Song.48 沈黙と緊張

しおりを挟む
 ついに開場の時間を迎えた。
 扉が開けば、俺たちと変わらない歳の人が男女関係なくうじゃうじゃと会場の中に入って来る。先に会場内でそれを見ていれば、どの人もわくわくした顔だった。

 その顔を俺は知っている。親父のライブの時に見たからだ。あの顔は、これから始まるライブに期待している、そんな顔だ。
 親父たちのライブと違うのは、ライブをする人を知らないということだろう。いくらネットで一曲聞けたとしても、この人達は俺たちについてろくに知りもしない。生の演奏がどうなのか、素人に近い学生の演奏は大丈夫なのか。期待とともに不安も持っているはず。でも、そんな人たちを楽しませるんだ。親父たちみたいに、ステージに立って。

「えー……開始時刻となりましたので、これからバンドフェスティバル、東京第二会場、第三次選考を始めたいと思います」

 菊井さんがステージの上でマイクを持つ。会場の前方には同年代の審査員兼客の人たち。そして後ろの方でステージに立つバンドメンバーたちが立って、その声を聞く。
 顧問の先生たちは扉のすぐそこで、まるで授業参観日みたいに並んで立っていた。

「進行は私……菊井が務めます。まずは、特別審査員の方々、軽く挨拶をお願いします」

 そう言うと、会場内は一気にざわついた。そしてちらほらと後ろを確認する人があらわれると、多くの人が振り返った。
 それにつられて俺たちも会場の後ろを見れば、にこやかに手を振りながら歩いてきた男が四人。一人はリハの時にもいた樋口さんだ。
 残りの三人、顔を見ればすぐわかる。

「エソラゴト、全員来たっ……やばい、泣きそう」

 どこかの誰かがそう言った。
 四人はエソラゴトのフルメンバーだ。リハは樋口さんだけだったけど、審査は全員でやる。樋口さん以外は手を振ることで、歓声にこたえている。

「あ、あー……どうもー、エソラゴトのボーカル金井《かない》遙人《はると》でーす。どんなライブなのか、楽しみにしてまっす。そしてそして」

 スタッフの一人からマイクを受け取り、一人ひとり自己紹介をしていくらしい。
 赤みがかった髪がトレードマークの金井さんは、一番最初に明るい声を出した。その声を聞くなり、会場は一層ざわついた。

「ギター、樋口隆太です」

 金井さんから次にマイクを受け取った樋口さんは相変わらず平坦で、短い自己紹介をし、さらに隣へとマイクを渡す。

「ベースの藤原《ふじわら》晶《あきら》です。みなさんが磨いてきた技術を、自分たちにも見せてください」

 糸目の藤原さんは、同じベーシストとして尊敬している。
 エソラゴトの曲自体、激しいものは多くない。だが、強固なリズム感と歌に寄り添った音を作り出す。それがまた、優しい曲にマッチする。

「ドラムの小谷《こたに》瀬那《せな》でーす。俺らもここでやったとき、めちゃくちゃ緊張したけど、すんげー楽しいから、みんなも楽しんでやってください!」

 一番奇抜な紫色の髪をした小谷さんは、意気揚々と話した。
 そうだ、エソラゴトもバンフェス出身。今の俺たちとおんなじように、こういうステージに立っている。だから気持ちもわかるのだろう。

「……はい、ありがとうございました。エソラゴトの皆さん、そして審査に参加する皆さんは、どのバンドが一番よかったのか、上から三つまでをご自身のスマートフォンを使って点数として入れてください。集計結果は後日、バンフェスサイト上で発表いたします。では、五分後に開始いたしますので、各バンドの方は準備をお願いします」

 菊井さんはつらつらと手元の紙を見ながら説明し終えると、そそくさとステージを下りる。

「やべー、俺、緊張してきたっ……」

 会場内のざわつき中、大輝の目が下へと向けられる。今までの威勢はどこへ行ったのだろうか。
 がちがちで唄われても響かない。いつもの大輝であるからこそ、曲にマッチする。

「やれっるってーの。いつもの感じでやりゃあ、問題ねえ」
「キョウちゃぁーん」
「くっつくんじゃねぇ!」

 大輝がベタベタしてくる。それをシッシッと払えば、今度は鋼太郎にくっつく。

「ほら、僕らの出番、次だから準備しなきゃ駄目でしょ。ふざけてないでいくよ」

 ステージ上にはトップバッターのバンドが準備している。トップは男女が混じったバンドだ。
 そのステージを俺たちは舞台袖から見ることになる。
 盛り上がりがない会場をどれだけ盛り上げられるのか、気になるところだ。

「キョウちゃん、早く行くよ」
「……おう」

 瑞樹に引っ張られるようにして、俺たちはそこから離れた。
 向かうのはステージにつながる控室。
 壁中にここでライブを行ったバンドが、サインを残している部屋だ。
 狭い部屋だけど、ソファーとテーブルぐらいはある。
 それに、ステージの様子を部屋の隅に置かれた小さなモニターで確認できる。

 俺と瑞樹はそれぞれチューニングをしながら、鋼太郎はスティックをまわしながら、悠真と大輝はじっとモニターを見る。
 ボーカルの女子が高校名、バンド名を言ってから曲が始まった。
 女子にしては、芯のある強い声だ。モニターを介しているから音がガサガサに聞こえるけど、生で聞いたらいい音だと思う。
 曲の作りもよくある形だ。徐々に盛り上がっていくよくあるタイプ。
 演奏技術は申し分ないだろう。しいて言えば、見ていてつまらない、といったところか。
 みんながみんな手元を見すぎている。間違えないように気を張っているのだろう。
 ボーカルはどこを見ているかわからないけど、フロアの奥を見ていそうだ。誰に向けて唄っているのかわからない。
 トップバッターというだけあって、そこまでの盛り上がりはないようにも見えた。

「ふぅ……円陣しよーぜー」

 シンと、モニターに集中していたが大輝が全員に声をかければ、すんなりと集まる。あの悠真だってスッと手を出した。
 全員が円になり、手を中心に出して重ねる。

「いくぜ、Walker!」
「おー」

 何回かやっていれば、円陣もしまりがよくなってくる。
 気合を入れるのにも充分だ。結成一年未満でも、これだけできるんだってところを見せつけてやる。
 このメンバーならできるし、やれる。
 見に来た人も、弾いてる俺たちも楽しいものにしてやる。

 トップバッターと入れ替わりに、少しだけ空気が温まったステージに上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

処理中です...