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Track5 ライトアップ
Song.48 沈黙と緊張
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ついに開場の時間を迎えた。
扉が開けば、俺たちと変わらない歳の人が男女関係なくうじゃうじゃと会場の中に入って来る。先に会場内でそれを見ていれば、どの人もわくわくした顔だった。
その顔を俺は知っている。親父のライブの時に見たからだ。あの顔は、これから始まるライブに期待している、そんな顔だ。
親父たちのライブと違うのは、ライブをする人を知らないということだろう。いくらネットで一曲聞けたとしても、この人達は俺たちについてろくに知りもしない。生の演奏がどうなのか、素人に近い学生の演奏は大丈夫なのか。期待とともに不安も持っているはず。でも、そんな人たちを楽しませるんだ。親父たちみたいに、ステージに立って。
「えー……開始時刻となりましたので、これからバンドフェスティバル、東京第二会場、第三次選考を始めたいと思います」
菊井さんがステージの上でマイクを持つ。会場の前方には同年代の審査員兼客の人たち。そして後ろの方でステージに立つバンドメンバーたちが立って、その声を聞く。
顧問の先生たちは扉のすぐそこで、まるで授業参観日みたいに並んで立っていた。
「進行は私……菊井が務めます。まずは、特別審査員の方々、軽く挨拶をお願いします」
そう言うと、会場内は一気にざわついた。そしてちらほらと後ろを確認する人があらわれると、多くの人が振り返った。
それにつられて俺たちも会場の後ろを見れば、にこやかに手を振りながら歩いてきた男が四人。一人はリハの時にもいた樋口さんだ。
残りの三人、顔を見ればすぐわかる。
「エソラゴト、全員来たっ……やばい、泣きそう」
どこかの誰かがそう言った。
四人はエソラゴトのフルメンバーだ。リハは樋口さんだけだったけど、審査は全員でやる。樋口さん以外は手を振ることで、歓声にこたえている。
「あ、あー……どうもー、エソラゴトのボーカル金井《かない》遙人《はると》でーす。どんなライブなのか、楽しみにしてまっす。そしてそして」
スタッフの一人からマイクを受け取り、一人ひとり自己紹介をしていくらしい。
赤みがかった髪がトレードマークの金井さんは、一番最初に明るい声を出した。その声を聞くなり、会場は一層ざわついた。
「ギター、樋口隆太です」
金井さんから次にマイクを受け取った樋口さんは相変わらず平坦で、短い自己紹介をし、さらに隣へとマイクを渡す。
「ベースの藤原《ふじわら》晶《あきら》です。みなさんが磨いてきた技術を、自分たちにも見せてください」
糸目の藤原さんは、同じベーシストとして尊敬している。
エソラゴトの曲自体、激しいものは多くない。だが、強固なリズム感と歌に寄り添った音を作り出す。それがまた、優しい曲にマッチする。
「ドラムの小谷《こたに》瀬那《せな》でーす。俺らもここでやったとき、めちゃくちゃ緊張したけど、すんげー楽しいから、みんなも楽しんでやってください!」
一番奇抜な紫色の髪をした小谷さんは、意気揚々と話した。
そうだ、エソラゴトもバンフェス出身。今の俺たちとおんなじように、こういうステージに立っている。だから気持ちもわかるのだろう。
「……はい、ありがとうございました。エソラゴトの皆さん、そして審査に参加する皆さんは、どのバンドが一番よかったのか、上から三つまでをご自身のスマートフォンを使って点数として入れてください。集計結果は後日、バンフェスサイト上で発表いたします。では、五分後に開始いたしますので、各バンドの方は準備をお願いします」
菊井さんはつらつらと手元の紙を見ながら説明し終えると、そそくさとステージを下りる。
「やべー、俺、緊張してきたっ……」
会場内のざわつき中、大輝の目が下へと向けられる。今までの威勢はどこへ行ったのだろうか。
がちがちで唄われても響かない。いつもの大輝であるからこそ、曲にマッチする。
「やれっるってーの。いつもの感じでやりゃあ、問題ねえ」
「キョウちゃぁーん」
「くっつくんじゃねぇ!」
大輝がベタベタしてくる。それをシッシッと払えば、今度は鋼太郎にくっつく。
「ほら、僕らの出番、次だから準備しなきゃ駄目でしょ。ふざけてないでいくよ」
ステージ上にはトップバッターのバンドが準備している。トップは男女が混じったバンドだ。
そのステージを俺たちは舞台袖から見ることになる。
盛り上がりがない会場をどれだけ盛り上げられるのか、気になるところだ。
「キョウちゃん、早く行くよ」
「……おう」
瑞樹に引っ張られるようにして、俺たちはそこから離れた。
向かうのはステージにつながる控室。
壁中にここでライブを行ったバンドが、サインを残している部屋だ。
狭い部屋だけど、ソファーとテーブルぐらいはある。
それに、ステージの様子を部屋の隅に置かれた小さなモニターで確認できる。
俺と瑞樹はそれぞれチューニングをしながら、鋼太郎はスティックをまわしながら、悠真と大輝はじっとモニターを見る。
ボーカルの女子が高校名、バンド名を言ってから曲が始まった。
女子にしては、芯のある強い声だ。モニターを介しているから音がガサガサに聞こえるけど、生で聞いたらいい音だと思う。
曲の作りもよくある形だ。徐々に盛り上がっていくよくあるタイプ。
演奏技術は申し分ないだろう。しいて言えば、見ていてつまらない、といったところか。
みんながみんな手元を見すぎている。間違えないように気を張っているのだろう。
ボーカルはどこを見ているかわからないけど、フロアの奥を見ていそうだ。誰に向けて唄っているのかわからない。
トップバッターというだけあって、そこまでの盛り上がりはないようにも見えた。
「ふぅ……円陣しよーぜー」
シンと、モニターに集中していたが大輝が全員に声をかければ、すんなりと集まる。あの悠真だってスッと手を出した。
全員が円になり、手を中心に出して重ねる。
「いくぜ、Walker!」
「おー」
何回かやっていれば、円陣もしまりがよくなってくる。
気合を入れるのにも充分だ。結成一年未満でも、これだけできるんだってところを見せつけてやる。
このメンバーならできるし、やれる。
見に来た人も、弾いてる俺たちも楽しいものにしてやる。
トップバッターと入れ替わりに、少しだけ空気が温まったステージに上がった。
扉が開けば、俺たちと変わらない歳の人が男女関係なくうじゃうじゃと会場の中に入って来る。先に会場内でそれを見ていれば、どの人もわくわくした顔だった。
その顔を俺は知っている。親父のライブの時に見たからだ。あの顔は、これから始まるライブに期待している、そんな顔だ。
親父たちのライブと違うのは、ライブをする人を知らないということだろう。いくらネットで一曲聞けたとしても、この人達は俺たちについてろくに知りもしない。生の演奏がどうなのか、素人に近い学生の演奏は大丈夫なのか。期待とともに不安も持っているはず。でも、そんな人たちを楽しませるんだ。親父たちみたいに、ステージに立って。
「えー……開始時刻となりましたので、これからバンドフェスティバル、東京第二会場、第三次選考を始めたいと思います」
菊井さんがステージの上でマイクを持つ。会場の前方には同年代の審査員兼客の人たち。そして後ろの方でステージに立つバンドメンバーたちが立って、その声を聞く。
顧問の先生たちは扉のすぐそこで、まるで授業参観日みたいに並んで立っていた。
「進行は私……菊井が務めます。まずは、特別審査員の方々、軽く挨拶をお願いします」
そう言うと、会場内は一気にざわついた。そしてちらほらと後ろを確認する人があらわれると、多くの人が振り返った。
それにつられて俺たちも会場の後ろを見れば、にこやかに手を振りながら歩いてきた男が四人。一人はリハの時にもいた樋口さんだ。
残りの三人、顔を見ればすぐわかる。
「エソラゴト、全員来たっ……やばい、泣きそう」
どこかの誰かがそう言った。
四人はエソラゴトのフルメンバーだ。リハは樋口さんだけだったけど、審査は全員でやる。樋口さん以外は手を振ることで、歓声にこたえている。
「あ、あー……どうもー、エソラゴトのボーカル金井《かない》遙人《はると》でーす。どんなライブなのか、楽しみにしてまっす。そしてそして」
スタッフの一人からマイクを受け取り、一人ひとり自己紹介をしていくらしい。
赤みがかった髪がトレードマークの金井さんは、一番最初に明るい声を出した。その声を聞くなり、会場は一層ざわついた。
「ギター、樋口隆太です」
金井さんから次にマイクを受け取った樋口さんは相変わらず平坦で、短い自己紹介をし、さらに隣へとマイクを渡す。
「ベースの藤原《ふじわら》晶《あきら》です。みなさんが磨いてきた技術を、自分たちにも見せてください」
糸目の藤原さんは、同じベーシストとして尊敬している。
エソラゴトの曲自体、激しいものは多くない。だが、強固なリズム感と歌に寄り添った音を作り出す。それがまた、優しい曲にマッチする。
「ドラムの小谷《こたに》瀬那《せな》でーす。俺らもここでやったとき、めちゃくちゃ緊張したけど、すんげー楽しいから、みんなも楽しんでやってください!」
一番奇抜な紫色の髪をした小谷さんは、意気揚々と話した。
そうだ、エソラゴトもバンフェス出身。今の俺たちとおんなじように、こういうステージに立っている。だから気持ちもわかるのだろう。
「……はい、ありがとうございました。エソラゴトの皆さん、そして審査に参加する皆さんは、どのバンドが一番よかったのか、上から三つまでをご自身のスマートフォンを使って点数として入れてください。集計結果は後日、バンフェスサイト上で発表いたします。では、五分後に開始いたしますので、各バンドの方は準備をお願いします」
菊井さんはつらつらと手元の紙を見ながら説明し終えると、そそくさとステージを下りる。
「やべー、俺、緊張してきたっ……」
会場内のざわつき中、大輝の目が下へと向けられる。今までの威勢はどこへ行ったのだろうか。
がちがちで唄われても響かない。いつもの大輝であるからこそ、曲にマッチする。
「やれっるってーの。いつもの感じでやりゃあ、問題ねえ」
「キョウちゃぁーん」
「くっつくんじゃねぇ!」
大輝がベタベタしてくる。それをシッシッと払えば、今度は鋼太郎にくっつく。
「ほら、僕らの出番、次だから準備しなきゃ駄目でしょ。ふざけてないでいくよ」
ステージ上にはトップバッターのバンドが準備している。トップは男女が混じったバンドだ。
そのステージを俺たちは舞台袖から見ることになる。
盛り上がりがない会場をどれだけ盛り上げられるのか、気になるところだ。
「キョウちゃん、早く行くよ」
「……おう」
瑞樹に引っ張られるようにして、俺たちはそこから離れた。
向かうのはステージにつながる控室。
壁中にここでライブを行ったバンドが、サインを残している部屋だ。
狭い部屋だけど、ソファーとテーブルぐらいはある。
それに、ステージの様子を部屋の隅に置かれた小さなモニターで確認できる。
俺と瑞樹はそれぞれチューニングをしながら、鋼太郎はスティックをまわしながら、悠真と大輝はじっとモニターを見る。
ボーカルの女子が高校名、バンド名を言ってから曲が始まった。
女子にしては、芯のある強い声だ。モニターを介しているから音がガサガサに聞こえるけど、生で聞いたらいい音だと思う。
曲の作りもよくある形だ。徐々に盛り上がっていくよくあるタイプ。
演奏技術は申し分ないだろう。しいて言えば、見ていてつまらない、といったところか。
みんながみんな手元を見すぎている。間違えないように気を張っているのだろう。
ボーカルはどこを見ているかわからないけど、フロアの奥を見ていそうだ。誰に向けて唄っているのかわからない。
トップバッターというだけあって、そこまでの盛り上がりはないようにも見えた。
「ふぅ……円陣しよーぜー」
シンと、モニターに集中していたが大輝が全員に声をかければ、すんなりと集まる。あの悠真だってスッと手を出した。
全員が円になり、手を中心に出して重ねる。
「いくぜ、Walker!」
「おー」
何回かやっていれば、円陣もしまりがよくなってくる。
気合を入れるのにも充分だ。結成一年未満でも、これだけできるんだってところを見せつけてやる。
このメンバーならできるし、やれる。
見に来た人も、弾いてる俺たちも楽しいものにしてやる。
トップバッターと入れ替わりに、少しだけ空気が温まったステージに上がった。
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