真っ白のバンドスコア

夏木

文字の大きさ
上 下
48 / 76
Track5 ライトアップ

Song.46 フリータイム

しおりを挟む
「お疲れ様でしたー。これにてリハ終了です。時間までは自由にしていてください」

 慣れない機材に戸惑いながらも、リハは終わって、後は本番を待つだけとなった。
 開場するまで待合い室兼休憩所になっている開けたロビーで待ちぼうけ。
 念入りに練習をする人もいれば、緊張を緩和するために談笑する人、気合を入れて打ち合わせをする人……各々好きなこと、やるべきことをしている。
 俺たちも、打ち合わせしながら談笑するっていういつも通りの過ごし方だった。

 自由にしていていいというから、ソファーと自動販売機があるロビーでスマートフォンをいじる。見ているのはバンフェスのホームページ。
 そこからさっきの腹立たしい男のバンドを探す。

 画面をスクロールして、この会場に来ているバンドの写真に目を通す。
 たった五組のバンドしかここにいない。
 一組はガールズバンド。
 残りは男女混合バンド一組、その他三組は男だらけのバンド。
 うち一組が俺たち。となれば残りの二組のどちらかがあの男たちだ。

「こんなところで何してんだ?」
「あ、鋼太郎。お前こそ何してんだよ」

 声をかけられて顔を上げれば、鋼太郎がいた。
 後ろから覗くように俺を見ては、自販機を指さす。

「何って、飲み物買いに来た」

 鋼太郎はポケットから財布を取り出して、自動販売機に小銭を入れる。ガタンと音を立てて出てきたものを持って、俺の隣に座った。

「今更そんなの見てどうすんだよ」

 画面を覗かれ、やっていたことがばれる。
 確かに今からライバルについて調べたところでどうにもならない。
 でも知りたい。俺たちを馬鹿にしてくるのだから、何か言い返せないかとネタを探しているあたり、性格がねじ曲がっているな、なんて思った。

「なんとなくだよ。なんかあいつ、むかつくから」
「お前……とんでもないくらい馬鹿だな……」
「は? うるせえ」

 鋼太郎が缶コーヒーを飲みながら、俺の行動を馬鹿にしているが、それでも画面を覗いてくる。口下手な鋼太郎だ。おそらくライバルバンドのことが気になっているのだろう。

「あ、いた」

 男四人のバンドは一組。
 バンド名は『 |Log|《ログ》』。都内の私立、 すめらぎ学院数学科三年のバンドらしい。
 大嫌いな数学。Logも数学で出てくる内容だっていうことくらい俺でもわかる。
 嫌いなものと嫌いなものが混ざったバンド。俺の中で教頭と同じぐらい大嫌いな人の分類へ、このバンドが入った。

「あー……確かによく見れば、この写真。悠真の兄貴だな」
「確かに。よく見れば、だな」

 アーティスト写真のように表示されているバンドの写真を拡大してみれば、確かに悠真の兄貴である。
 他のバンドと違って、同じ弦楽器でもヴァイオリンをチョイスしている。ギターやベースみたいな電気信号を増強させるような楽器じゃなくて、クラシックな楽器。
 それだけでも他のバンドとは明らかに違う曲になる。
 激しいロック調より、なめらかな曲だろうか。

「ほんと、やめてほしいよね」
「うお、びっくりした……急に現れんなよ」
「いつ出てきたっていいでしょ、別に」

 スマホに集中していたら、悠真が背後から声をかけてきて心臓がどきっとした。
 どうしてこうも、うちのメンバーは急に現れるのだか。
 前みたいに兄貴を見てミスするようなことになるのは最悪の展開だが、今度はカバー法も考えてある。同じ失敗は二度としない。

「今度は僕だってヘマしないよ。最初からあの人がいるってわかっていればどうってことない」
「何だよ。悠真は俺の心を見透かす天才か」
「君の顔がわかりやすいだけ。馬鹿は顔に出るし」

 悠真はいつも通り、ただ俺に呆れた顔を見せる。
 小馬鹿にしてくるのは相変わらずだし、この調子なら本当に大丈夫なのだろう。
 知り合いがいるからド緊張してしまうようなタイプでもなさそうだし、むしろ悠真は兄貴を嫌いだからこそ、ボコボコにしたいと思うタイプだと思う。

「馬鹿にされたんだけど、助けて鋼太郎モン」
「どこの猫型ロボットだ」

 鋼太郎へふざけた声を向ければ、変わらず突っ込まれた。
 どっしりと構える鋼太郎も、緊張しているようには見えない。調子は変わらないだろう。

「んあ? そうだ、悠真、大輝たちはどうしたんだ? 一緒じゃねぇの?」

 ソファーの背もたれに頭を付けて、後方を逆さに見れば悠真が自販機で水を買って飲んでいた。
 ダラダラしている俺に目をくれずに、悠真は答える。

「……さっきあっちで、あいつに絡んでいたよ」
「あいつって?」
「察して」
「あー……」

 新底嫌そうな顔をした悠真。それで『あいつ』が誰をさしているのかわかった。
 そこに絡んでいるのなら、俺が関わりにはいかない。俺もあのバンドに関わりたくない。

「んじゃ、瑞樹は?」
「彼も一緒にいた」

 大輝のリードを握っているのは瑞樹。自由奔放に動く大輝の行動を制限しているわけだが、そりゃもう大仕事だろう。でもまあ、瑞樹がいれば安心だ。迷子になることも、遅刻することもない。

 開場するまであと三十分。
 適度に話を切り上げてこっちにくるだろう。
 ライブ前にもっと緊張すると思っていたけど、思っていたよりもここにいる三人は落ち着いている。全員集まったら、円陣でも組むかーなんてのんきに考えていたら、ドタバタとうるさい足音が聞こえてきた。

「キョウちゃーん!」
「んあ? うるせえよ」

 離れていても通る声。もちろん大輝のものだ。
 声の聞こえた方を見れば、半泣きで大輝が駆けてきた。その後ろには瑞樹がひょこひょこと申し訳なさそうな顔をしてついてきている。
 大輝はスピードを保ったまま、突進してきたから、移動して鋼太郎を盾にすることで衝突の衝撃をゼロにした。その時、鋼太郎はコーヒーをこぼしそうになって不満げな顔をした。けど、実際はこぼしていないからいいだろう。
 座ったままの鋼太郎の首に後ろからしめあげるようにくっついている大輝。今までこんな様子を見たことないから、何が起きているかさっぱりわからない。

「コウちゃーん。俺、唄うのこええよー!」

 大輝の口から出たのは、もうちょっとで始まるライブに不安を残す言葉だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

処理中です...